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No.66 第22話『献花』-2



俺たちのいる2階の大部屋から出て階段を下り、銃声と悲鳴の聞こえた別の大部屋を入り口から覗き見る。

おおよそどういう状況かは予想がついていたものの、やっぱりか…と呆れた気持ちで眉間に皺を寄せた。


「おいおいおい反抗すんなよー。お前から頭撃ち抜かれてェのかー?」


警察官の服装をしている巨漢が1人、銃を見せびらかしながら下流階級の人間を脅している。

その隣には、おそらく中流階級の身分だろう男が笑いながら傍観していた。


床には1人、腹から血を流して倒れている下流階級の人間が見える。

さっきの銃声で撃たれたのはこいつで間違いないだろう。


ヒューヒューと虫の息になっている男の顔を遠くから眺めて、ああ面倒臭ェと舌打ちをする。

この大部屋で一番強い奴が、最初の一発で撃たれて再起不能にされていた。


たまたま背後から襲われでもしたんだろう。

そうでなきゃ、今頃とっくにこんな騒ぎの収拾はついている。一番に狙われたのがあいつなのは、非常に運が悪かった。


「……はあ」

「溜息ついてても仕方ねェぞ、橘」

「…ですね。行きますか、谷さん」


死にかけてるあいつの代わりに収拾をつけられるのは、この施設で一番強い谷さんか、場数を踏んでる俺だろう。


他の奴らに任せていたら、何人死人が出るかわからない。

施設内の子どもを可愛がってる谷さんが、こんなことを放っておくわけがなかった。


「橘は藤と南んとこ行ってやってくれ」

「いやたぶん…ここは俺が担当になると思いますよ」

「…?」


俺が面倒そうに呟いた直後、同じ階の別の大部屋から銃声が複数鳴り響く。

発砲音が連続で響いた間隔から察するに、おそらく別の部屋には銃を持った奴が1人ではなく複数人いる。


向こうの状況を目で確認出来たわけじゃないが、どう考えてもあっちの収拾を谷さんに任せた方が良いだろう。

同じことを瞬時に考えたのか、すまんがこっちは任せた…と俺の肩に触れて伝えてきた。


「お前はほんとに耳が良いのか勘が良いのか……すぐ戻るからな。無事でいろよ」

「昨日ほどの無茶はしないんで安心して行って下さい」


俺の冗談を聞いてフッと笑った谷さんが、すぐさま走って別の大部屋へと乗り込んでいく。

本当に秒殺で片づけて帰ってきそうだなと苦笑いしてから、自分が収拾をつけなくちゃいけない大部屋を再度覗き込んだ。


「反抗したら即射殺してやるからなー。んじゃお前とお前、全部服脱いで犯り合え」

「あ゛…?」

「どっちが掘られるかは勝手に決めろー。お、それかもう1人増やすか?ロケット鉛筆みたいにしてよ」


警察官がゲラゲラと笑いながら、下流階級の人間に指示を出す。

生まれてきてから何度も見かけたことのある、上の階級の虐げ行為に、心底呆れた気持ちと嫌悪感が膨らんでいく。


ああ、本当に…こういうクズがたまに湧くから嫌になる。


「おら!さっさと脱げ!もう1人くらい殺しとくか?」

「……。」


上流階級や中流階級では、下流階級のヤバさは習わないんだろうな…


「チッ、面倒臭ェ…半分くらい殺してから死体の上で犯り合わせるか?」

「ハハ!なんだその性癖、客じゃなくてお前の趣味なんじゃねェの…?」


俺たち下流階級の施設に入り込んで、粋がって命令したところで……


「俺は女のガキ殺す方が好きだな。花街に運ばれてくるガキとか殺して素っ裸にして泣かせんだよ。馬鹿みてェにマヌケで面白ェから、今度そっち撮るか?」

「……ああ。クライアントが欲したらな」


ルールさえ無ければ、お前たち育ちの良い人間は喰われるだけなのに。


誰かが廊下に捨てていた空瓶を拾い上げて、入り口から警察官の顏目掛けて投げつける。

それと同時に走り出し、顔面に瓶がぶつかりかけたのを避けた瞬間、隙が出来た相手の腕をとって関節とは真逆の方向に捻り銃を奪い取った。


「なっ…!!」

「おい、後ろ!うわっ!!」


俺の行動を皮切りに、その場にいた下流階級の人間が一斉に動き出す。

中流階級だろう身なりの2人を羽交い絞めにして、動けないように多数で縛り上げていた。


「テメー!!クソがッ!下流階級の癖に!死にてェのか?!」

「いーや?死ぬ気は更々ねェぜ?」

「テメーら!警察に逆らったな!!全員射殺してやるッ!!」

「へー、射殺する弾は?どこにあんの?」

「~ッ!!」


警察官から奪った銃を目の前で見せつけながら、首を傾げて問いかける。

悔しそうに表情を歪ませた男が暴れるように藻掻いた瞬間、近くにいた下流階級の人間が蹴りを入れて静かにさせた。


「ぐッ…う」

「あのな。そもそも先にルール破ってんのはそっちだろ?下流階級の施設に他の階級は入っちゃいけねェんだよ。習わなかったか?学校で」

「うるせェ!!拘束して!テメーら全員死刑にしてやるからなッ!!」

「へー、拘束されてんのはお前に見えんだけどな、俺には」


紐で縛られ、複数から抑えつけられている警察官の前に至近距離で立つ。

目線が合うように屈んで、女のガキを殺すことが面白いと言ってのけたクズを睨みつけた。


「どうやって俺ら拘束すんだよお前。やってみろ」


ガンを飛ばした直後に、後ろの廊下付近からズルズルと引き摺ったような音が聞こえてくる。

ああもう終わったのかと振り返れば、部屋の入り口から谷さんが姿を現した。


悪い、遅くなったな…と優し気に微笑んだ谷さんが、引き摺ってたものを中流階級2人の前に放り投げる。


ピクリとも動かなくなっている、別の大部屋で暴れていただろう中流階級の人間。

警察官ではない方の男が、ヒッ…と怯えたような声を発して、その人間が知り合いだったのか名前を口にしていた。


「ジュウ、ベエ……」


横たわっている男が問いかけに答えることはなく、血塗れの状態で両目を見開いて動く気配はない。

部屋にいる下流階級の人間が足でそれを反対へ転がせば、頭がパックリ割れて死んでいる姿が目に入った。


「ひっ」

「若い警察の兄ちゃんよ」


谷さんが表情を変えて、凍てつくような声で話しかける。

藤や南へは決して見せたことのないような雰囲気で、場を一気に静まり返らせた。


「…お前らが遺体も見つからず死んで、お仲間の警察官たちは必死になって証拠探ししてくれんのか?」

「ッ…?!」

「そういうことだよ。現行犯じゃなけりゃ射殺も出来ねェし、ろくに証拠集めも拘束もやんねェよ。面倒臭ェからな警察官様は」


……自分たちがこれからどうなるか、わかるか?


低く低く、そう男たちに問いかけながら、鋭い目で睨みつける。

この死んだ男は幼い遊女をたくさん殺したそうだな。笑いながら自慢げに話していたぞ。お前たちはどうだ?と、続け様に責め立てていた。


「…た、助けて…くれ」

「いーや、もう逃がせねェんだよ。兄ちゃんたちが証拠になっちまうからな。俺らも拘束死刑はされたくねェんだ」


悪いな兄ちゃんたち、死んでくれ。


そう谷さんが最後に呟いて、警察官ともう一人の首根っこを引っ掴む。

ああ跡形もなく処分する気だなと…そう思い見送っていたら、ふと床に落ちていた小型の機械が目に入った。


男の1人が落とした物だろうか。

訝し気に拾い上げて、中のモニターになっている部分を視界に入れた瞬間……


見たことのある光景が、左上の静止画面に映し出されていた。



『……おそらく彼女は、八さんは……私が気絶した後に、彼のところへ向かったのではないかと思います』



裸の女が、あの折檻部屋で首を吊られている映像。

その情報を目で確認した瞬間、シオンが言っていたことも頭の中に響いてきて、点と点を繋ぐように脳が考え始める。



『向かった先で何があったのかはわかりません。でもきっと、彼女なら彼のところへ向かって、一緒に逃げてほしいと伝えるんじゃないかと思ったんです』



映像として残っているはずのない、八という遊女の無残な光景…



『警備の男たちに暴行を受けて死んだことは間違いありません。でもそれはただ、警備に見つかったから…という理由だけでしょうか』



俺とシオンと、警備の男3人しか知り得ない、最期の八の光景…



『どうしても何かが…引っ掛かるんです』



この5人ではない誰かが、この存在してはいけない映像を所有して、残しているのだとしたら……



『彼女が好いていた彼は、結婚をする、一生傍にいる、愛していると言葉巧みに伝えて、裸の動画を撮っていたそうです』



八という女を殺したのは…

あそこまで惨たらしく、地獄へ落として殺したのは…




「……お前か」



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