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No.69 第22話『献花』-5



『橘さんが仰る通り、これは小型カメラで間違いありません』


静止画面を見つめながら、シオンが深刻な表情で両目から一筋涙を零す。

今は感情的になっている場合ではないと自分へ言い聞かせるように歯を食い縛り、震える身体を抑え込もうとしているようだった。


シオンが真剣な表情を崩さず、涙を勢いよく腕で拭い俺へ目線を向けてくる。

隣り合わせで座っていた状態から身体ごと俺の方へ向けて、ひとつ深呼吸をした後に話を続け出した。


『警察官を含む中流階級の人間…複数人が、下流階級の施設へ侵入し銃を発砲。それを橘さん達が取り押さえた時に、男の1人がこれを落とした。現在は男たちを気絶させゴミ収集車近くの倉庫に捕らえている。…以上で合ってますか?』

『ああ、間違ってない。つーか、んなことわざわざ聞き返さなくてもお前は今正常に頭働いてる。大丈夫だ』

『……でも冷静じゃありません』

『だろうな…けど安心しろ。今んとこ俺がお前より冷静だから』


ストッパーにはなってやる。


そうはっきり伝えながら、強い力でシオンの右肩へ触れる。

ぐっと握るように真正面から支えた瞬間、また一筋だけ涙が流れ落ちた。


決して表情は崩さず、真剣な顔のまま俺へ視線を合わせてくる。

頬を伝った涙がソファへ落ちたのと同時に、シオンの眼差しが戦うものへと変化した。


『下流階級施設に侵入した件と八さんの件を同じ目的と仮定して考えると、快楽殺人だけではなく営利目的の可能性もあります。その場合、組織的な犯罪で、犯人たちは捕らえている男たちだけではないかもしれません』

『ああ、俺もそう思う』

『……男たちが目覚めたらまずこのカメラの持ち主を特定しましょう。動画を見るためのロック解除方法…パスワードが必要になってきます』


包帯でぐるぐる巻きの手を必死に動かして、右手の人差し指だけで画面を操作する。

真っ直ぐと指差された先にパスワードを入れるのだと教わり、ある程度の操作方法も予め伝えられた。


『パスワードを入力後、この画面の左上……八さんが映っている画面へ触れれば、おそらく再生されます。このデータがまだカメラに残っているということは、まだ編集は済んでいない可能性が高いです』

『編集…?』

『撮影者が意図的に動画を改変していない…つまり起こった出来事がそのまま撮影され残っているということです。編集は声を消したり、場面を切ったり出来てしまうんです』

『なるほど』


教わる知識を零すことなく頭へ叩き入れて、実際に画面へ触れてみる。

使い方がある程度掴めてきたと思ったところで、シオンから改めて指示を受けた。


『今回の件も、八さんの件も、営利目的ならば確実に動画を売る相手がいたはずです。どういう形で売買が行われていたのか、相手は誰なのか、仲間の情報と、それから…』

『全部だな』


息継ぎもせず早口で続けるシオンを遮って、ソファから立ち上がる。

目の前で見せていた小型カメラを胸ポケットに仕舞い、パジャマ姿の相手へ向かって再度言い放った。


『吐かせる情報は全部だ。そうだろ?』


任せろ。


そう呟き部屋を出て、玄関の方へと向かう。

後ろから慌てたように追いかけてきたシオンが、火傷している手で俺のパーカーを掴んで痛みに呻いていた。


『い゛ッた!』

『おい!何やって』

『私も行きます!!』

『倉庫があんのも下流階級のエリアだ。他の階級が入れねェのも知ってんだろ。無理だ』

『それでも!』

『また法律違反で捕まりてェのか?昨日の今日で…いい加減懲りろ』

『……。』


俺の説教を聞いてすぐに大人しくなり表情が曇る。

何も行動を起こせない現状が悔しいのか、堪えるように再び歯を食い縛っていた。


『……全く危険を冒すなとは言わねェよ。俺たちの夢は本気で叶えようとすれば必ず危険が伴ってくる』

『…!』

『けどな、遊郭に侵入してた時とは状況が違うだろ。入れねェ所にわざわざお前が侵入しなくても…今は俺がいる』

『え…?』


シオンが驚いてパーカーから手を離した隙に靴を履く。

玄関扉に目線を向ければ、夜に訪ねてきた俺によっぽど驚いたのか、先ほど招き入れた状態のまま施錠されていなかった。


はあっと溜息をつき、やっぱりどこか抜けてんなとシオンの危うさを痛感する。

後ろ頭を乱暴に掻いて、柄にもないことをわざわざ伝えた。


『今はお前1人じゃないって言ったんだ。下流階級のエリア内で起こってることに関しては、俺がお前より自由に動けんだろ?』

『……橘さん』

『俺がこれ持ってお前に聞きに来たのと同じだ……俺に出来ないことはお前に任せる。だからお前が出来ないことは俺に任せろ』


胸ポケットに入れている小型カメラへ一瞬触れて、シオンの方へ身体を向け直す。

これだけ伝えれば納得するかと期待したが、まだまだ全然甘かった。


『わかりました。私は橘さんが困った時にすぐ尋ねられるよう、下流階級エリアの外ギリギリの所で待ちます』

『いや、お前はここで』

『いいえ!!待ちます!!私が自宅なんかに居たら橘さん往復何分かかるんですか?!私がエリア外ギリギリの所で待てばかなり負担が減るはずです!!』

『いやだから、朝までかかるかもしれねェだろ。その間お前1人で夜中に危な…』

『これは!!必要な危険行為です!これ以上は譲れません!!』

『……。』


言い出したらマジで聞かねェなこいつ……

俺よりも数倍頑固な奴がいますよと、この時だけは谷さんに紹介したくなった。


『下流階級エリアを出たすぐの所!百日紅の木がある公園ありますよね!百日紅わかりますか?白い花がたくさん咲いている木の公園です!』

『……場所はわかる』

『その木の下で!!待ってますから!!困ったことがあったらすぐ相談しに来て下さい!』


くれぐれも無理せず、お気をつけて…犯人の聴取は頼みます。


そう力強い目で託されたあの時の……シオンの部屋での出来事を思い出す。

とっくに日が昇っている時刻のはずが、雨雲で光が遮断されていて外は薄暗かった。


シオンが待つと言っていた公園へ向かおうとした途端、ポツポツと雨が降り始める。

初めてシオンの部屋へ行ったあの日から借りっぱなしだった傘を、倉庫の隅の隠していた所から取り出して丁寧に開いた。


あいつのことだから、傘が無くても雨の中、あの場所で待ってるんだろう。

急いで下流階級エリアを走り抜け門を潜り、白い花が咲き誇る公園へと向かった。

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