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No.73 第23話『異変』-1



「絶対絶対絶対ッ!もう橘とは口利いてやんないんだからね?!」


百日紅の花が咲いている木の下で、寝惚けながら目を覚まして数分後のこと。

シオンと分かれて急いで施設に戻った瞬間、両目の吊り上がった藤にギャンギャンと吠えられる。


こっちはまだシオンの膝枕で寝てたことに動揺してんだよ。今は話しかけんな。

一言も発さずにそう態度で表現した途端、ただでも吊り上がっていた目が鬼のように鋭くなっていく。


「僕たちに何も説明しないどころかッ!谷さんにも事情言わないってどういうこと?!意味わかんないんだけど!!」

「……俺とは口利かねェんだろ」


帰って早々に俺の後を付け回して怒鳴りつけてくる藤へ、目線を合わさずに小さく言い返す。

他の2人の姿が見当たらないってことは、おそらくもう谷さんが南を仕事場に送り届けているんだろう。


仕事の開始時間までに目が覚めて良かったとほっと胸を撫で下ろした瞬間、思い切り横から体当たりされて壁に背中を打ち付けた。


「花街で起こったことも!今までどこに行ってたのかも!全部僕たちに説明してくれるまで許さないからね?!」

「痛ッて…」

「適当に嘘ついて谷さんのことは言い包めたみたいだけどッ!僕は谷さんみたいに!許してなんかやらないんだからねッ!!」


ちゃんと話してくれるまで!!橘とは絶交だからッ!!


そう言い切った藤が背中を向けて、施設の部屋からよろよろとした足取りで飛び出していく。

あそこまで怒ったあいつを初めて見たな…っていう罪悪感と、俺に体当たりした時派手に足挫いてなかったか…?っていう呆れで複雑な気持ちになった。




第23話『異変』




シオンの前で気を失うように眠っていたのはおそらく短時間。

起床時刻を知らせるサイレンが遠くの下流階級エリアから小さく響いてきて、薄っすらと目蓋を持ち上げる。

至近距離にシオンの目を閉じた顔があって、頭で考えるよりも先に飛び起きた。


俺を膝枕で寝かせた状態で、自分自身も眠気に襲われてコクリコクリと首をもたげていたんだろう。

瞬時に俺が動いた所為で、驚いたシオンが完全に覚醒出来てないままベンチからずり落ちそうになっていた。


「た、橘さんって目覚め方、激しいですよね……おはようございます」

「……ごめん………おはようゴザイマス」


真っ直ぐシオンへ左手を伸ばして、腕を掴んで軽く支える。

フッと息を出して微笑んだシオンが、ありがとうございますとお礼を述べてベンチから立ち上がり姿勢を正した。


「お仕事は間に合いそうですか?」

「たぶん走れば間に合う。さっき起床のサイレン聞こえたから、今頃全員起き出してる頃だろ」

「連日…睡眠不足ですよね。お身体の調子は…」

「問題ない。仮眠とれたからなんとかなる」

「……。」


ふわあ…とでかい欠伸を1つした後、肩を回して無理やり目を覚まさせるよう身体を動かす。

広げたまま落としていた傘を素早く畳んで、施設に戻るか…と足を踏み出した途端、後ろからトントンと肘で背中を突かれて歩みを止めた。


「お仕事が終わったら…ゆっくり休んで下さい。私のところへ来るのは数日後でも構いませんから」

「正直休みたいってか寝たいけど、そうも言ってらんねェだろ?まだ急いで説明しなくちゃいけねェこともあるし、気にかかることも尋ねたいことも山ほどある」


悪いけど、今日の晩もそっち行くからそのつもりで。傘は今持てねェだろうから、また家まで持っていく。


そう俺が伝えた直後、シオンが目を見開いて嬉しそうに口角を上げ始める。

わかりました!お待ちしています!と満面の笑みで叫ばれて、思い切り口をへの字に歪めてしまった。


何でこいつはこんなに喜んでんの…?

意味がわからないシオンの態度に困惑して、訝し気に眉を寄せる。


俺は仕事戻るけど、お前は出来るだけ安静に寝とけよ。と伝えれば、素直に勢いよく首を縦へ振って、包帯でぐるぐる巻きの手を大きく横へ振られた。


「家で待ってますから!お気をつけて!行ってらっしゃい!!」



嬉しそうに微笑みながら見送られた数分前のことを思い出して、はあっと深く深く溜息をつく。

目の前でキレ散らかしながら収集車の準備をしている藤を見て、更にどうしたもんかと頭を抱えて2度目の溜息が漏れた。


この様子だと、俺が夜に出て行けば絶対に藤が止めに入ってくる。

止めに入るだけならまだしも、付いて来られでもしたら本当に厄介だ。


ここは谷さんに相談して、藤を見張っててもらえるように頼むしかないか…

シオンの家へ行くと言えば嫌な冷やかしを受けるのは目に見えてるが、背に腹は代えられねェよな…


目を閉じて、はあっと3度目の溜息が出たのとほぼ同時に、バンッと勢いよく車のドアを閉められた音が鳴り響く。

眉間に皺を寄せて音の発生源を確認すれば、俺と同じくらい眉間に皺を寄せた藤がこっちを睨んでいた。


「溜息つきたいのはこっちなんだけど」

「……。」

「橘と口利かないって言ったのは僕の方なんだけど?!」

「……。」


何も言い返さず、黙ったまま収集車の後方へと歩く。

俺へ体当たりする際に左足を捻っていたから、藤が収集車の後ろで掴んで立つのは難しいだろう。


今日は藤の方が運転になると予想して黙ったまま行動したことが、余計に怒りを増幅させたようだった。

大股で近づいてきて、勢いよく俺の胸倉を掴んでくる。


「何で説明してくんないんだよ?!南には言い辛い内容でも、僕にくらいは説明出来るだろッ!僕たち…ッ、南まで!橘の所為で危険な目に合ったんだよ?!」

「……ごめん」

「……。」


小さく零した謝罪に、胸倉を掴んでいた手が僅かに震え始める。

俺をじっと睨みつけていた視線が下へと逸らされて、悔しそうに表情を歪ませながら囁かれた。


「……だから、そのごめんの意味を教えてって、何度も言ってんのに」


橘の身に何が起こってんのか、全然わかんないよ…


そう微かに聞こえた悲しそうな声に、罪悪感と申し訳なさでいっぱいになる。

説明してやりたくても、危険な目に合う可能性がある以上、今回の件について事情を話してやることは出来ない。


ジュンイチという男の話が本当だとすれば、今回起こった件よりもヤバイことに巻き込む可能性だってある。

藤たちに話してしまえば俺がシオンのところへ行くのを止められるとか……もうそれどころの話じゃなくなってきてる。


俺が何をやって何をしようとしているのか、藤たちに知られるわけにはいかない。

むしろ口を利かず関わらないようにしてくれた方がお前たちは安全になる。そっちの方が好都合だ。


「……頼りになる谷さんにも言わなかったから、もしかしたら谷さんに知られたくない内容なのかもって思って、僕になら言えるのかもしれないって思って、ッ…期待、してみたけど……ほんと、橘って頑固だよね」


掴んでいた胸倉を離されて、ゆっくりと藤の腕が遠ざかっていく。

少し涙ぐんでいる目がキッと吊り上がって、決心したように囁かれた。


「もういい。知らない。勝手にしろよ……僕だって勝手にする」


運転席に向かった藤が勢いよくドアを閉めて、エンジンをかけた音が聞こえる。

ずっと響いてくる蝉の音が俺を非難しているように感じて、収集車が動いている間も耳を塞ぎたくて堪らなかった。

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