「あの遊郭が今日の昼間に壊滅したって話!知ってるか?!」
マンションの玄関扉が開いたのと同時に、シオンへ向かって両腕を伸ばす。
両肩を掴んで揺さぶるように尋ねれば、驚いたような表情で頷かれた。
「は、はい、知ってます」
「まさか……」
一瞬浮かんだ可能性に息を呑んで、ゆっくりと両肩から手を離す。
今朝話をした時に戦う目をしたシオンの表情を思い出して、恐る恐る問いかけた。
「お前が、壊滅させたのか…?」
「えっ?!」
「どうやって壊滅させた?!あんな規模のでけェとこ警察なしでどうやって……」
「た、橘さん!落ち着いてください、とりあえず中に…」
俺が外で騒いでいた所為で、隣の部屋の住民が玄関扉を開けて顔を出す。
体格の良いボディガード職についているだろう隣人と目が合って、シオンが慌てた様子で俺の背中側に回り体当たりをしてきた。
火傷で両手が使えないシオンが俺を玄関へ入れた後、扉を閉めて下さい!と指示を出す。
素直に従って扉を閉め施錠した途端、一体何があったんですか?今の橘さんは冷静じゃないです!と注意された。
「私が遊郭を壊滅させられるなら、遊女脱走計画なんて練らずに最初からやってます!」
「……。」
ごもっとも…
ガキでもわかるような説明に恥ずかしくなって、その場に頭を抱えて蹲る。
どれだけ冷静さを欠いていたんだと自分に呆れて、深く深く溜息をついた。
第24話『告白』
「悪い…藤が今あの遊郭を1人で調べに行ってて、気が動転して……冷静じゃなかった、ごめん」
「藤さん…楼主から鍵を掏って下さった方ですね」
「1回ベランダの外にも来てただろ?お前がゴミ袋投げつけようとして、俺が止めに入った……あの時いた色白の奴だよ」
「なるほど、あの方が藤さん………え?」
1人で行ったんですか?!あの方があの遊郭に?!
そう大声を上げて両目を開ききったシオンが、俺以上に取り乱してあわあわと震えだす。
俺が冷静でいられなくなるのも無理はないと表情で示してから、何とか平常心を取り戻そうと自分自身に言い聞かせ始めた。
「で、でも!遊郭が壊滅したことも事実ですし!妓夫達に捕まったり危険な目に合うことはきっともうないはずです!」
「ッ、本当か?どこからその情報…」
「こっちです!こっち!今もニュースやってますから!全チャンネルにネット記事、一般の口コミ情報まで載ってますから、おそらく遊郭壊滅は間違いないです!」
リビングまで誘導されて、スマホ画面でニュース報道を見せられる。
遊郭で起こったことを耳にした瞬間、更に疑問ばかりが頭の中を埋め尽くした。
「あの違法だらけの地下牢が明るみに出て、関係者は全員逮捕……?」
「楼主だけでなく働いていた従業員も全員です。遊女たちはおそらく今頃別の遊郭に引き渡された後かと…」
「……こんな情報だけじゃ信じられねェ話だな。そもそも何で警察がまともに動いたんだ?」
「私も疑問に思って調べたんですが、どうやら地下牢の証拠動画をマスコミに送った人がいるようです」
「動画?!」
「どうやってって感じですよね…侵入して撮影したとしか思えない。それにこの方は証拠を警察に送らず複数のマスコミに送ったんです。警察が証拠を揉み消さず本格的に動いてくれるよう、出来るだけ世間から圧力がかかるように仕向けた。警察がまともに機能していないことを深く理解している人ってことですね」
俺が手に持って見ていたスマホをシオンに返し、代わりに胸ポケットから証拠映像が残っている小型カメラを取り出す。
もしかしたら…と浮かんだ案をそのまま包み隠さずシオンへ尋ねた。
「なあ、その方法で逮捕出来るなら、俺たちが奪ったカメラの動画もマスコミに送れば…」
「いえ、おそらくそれは悪手です。ただの悪戯…フェイクと判断されて終わると思います」
「…?じゃあ何で今回は上手くいって…」
「私たちのような何者かわからない人物ではなく、動画を送って来た相手が信用に値する人物だったら…?」
「信用に値する人物…」
「…おそらくこの証拠を送った方は、上流階級の人間か、それに相当する地位の人間かのどちらかです」
ソファに腰を下ろしたシオンが、少し口角を上げてこちらを見つめてくる。
考えていることを何となく察してしまって、若干眉を寄せてしまった。
「橘さん…希望の光が少し見えてきましたね」
「……どうだかな」
「この方を見つけて、私たちの持っている証拠を託せば、今回みたいに壊滅させられるかもしれませんよ」
「……。」
それはそいつが正義感で動く善人だったらの話じゃねェのか…?
今回のことだって、何かしらそいつにとって都合が良かったから遊郭を潰しただけかもしれねェだろ…
否定したくなる気持ちはぐっと抑え込んで、あるかもしれない可能性に賭けて、そうだな…と一言返す。
シオンに倣ってソファに座れば、それにしても意外です!と突然叫ばれた。
「橘さんの母性溢れる性格…じゃなくて、お母さん気質…じゃなくて、心配性な性格…これも怒られるな。……あ!橘さんの面倒見の良い性格なら、藤さんを追いかけて遊郭へ行くと思ったんですが、どうしてこちらに…?」
「全部口から1回出てんだよ。ぶっ飛ばすぞ」
言い直せばセーフだと思ってんのか?と眉を寄せて表情で示せば、母性溢れる性格素敵だと思うんですけどねーと誤魔化しながら目線を逸らされる。
わざとらしく口笛を吹こうとして全然吹けてない面を見て、変なシオンの癖にはあっと溜息をつき本題に話を戻した。
「もし情報通り遊郭が壊滅してなかったとしたら、俺が同行すれば藤の危険が増すだろ。全く面の割れてない藤単独の方がまだマシだ」
「なるほど…1人で行くのを止めなかったんですか?」
「止めても聞かねェんだよ。死ぬほど弱ェくせに」
「あー……私のような方なんですね、藤さんは。危なっかしい感じの無鉄砲」
「……。」
自覚あんのかよ…
内心そう思いながら、さっきよりも眉間に皺を寄せてシオンを見つめる。
呆れた眼差しを向けられていることに気付いたのか、えへっと舌を出してまた視線を逸らされた。
「あと、奴らに吐かせた情報をお前に早く伝えたかった。それとは別に今朝からあった下流階級エリアの異変も相談したいし、話したいことが山積みなんだよ。全部緊急」
「全部緊急ですか…うーん。少しは橘さんに寝てもらいたかったんですが…難しそうですね。仕方ない!」
倒れないように、せめて体力だけは付くよう、たくさん食べながら話して下さい!
そう目をキラキラさせながらソファから立ち上がり、台所へ付いてこいと手で招いて示される。
言われるがまま向かった先には多種多様の果物と弁当が並べられていた。
果物は今朝一で取り寄せました!御弁当もたくさん配達してもらったので好きなだけ食べて下さい!と、胸を張って披露される。
俺のことを想ってやってくれたことだから、ありがたいと心から嬉しく思う反面、こんだけ食ったら眠気に抗えねェだろ…何日もまともに寝てねェんだぞ…と頭を抱えたくなった。
「……弁当はここで食わずに施設へ持ち帰ってみんなと食べて良いか?……ミカンは今食べる。俺の1番の好物。ありがとう」
「…?!!」
ミカンを手に持って礼を言った途端、急にシオンが顏を赤らめて照れ始める。
何に照れているのかがさっぱりわからず不思議に思っていたら、小さな声で独り言のように囁かれた。
「…1番ですか…そうですか……」
嬉しそうに照れ笑いをして俯くシオンの顏がどこか一瞬懐かしく思えて……覚えのない感覚に、少しだけ首を傾げた。