揃って足を踏み入れたそこは、細長い通路だった。
相も変わらず目の痛くなるくらいの真っ白で、左右には扉が点在している。
「ここは……?」
「天人の居住区画……つまり、家。自分にも、詳細は分からな……っ、伏せて!」
「!」
理由も問わず、どころかアデルが放った言葉の意味をしっかり認識するよりも早く、エレンは反射的に腹ばいになった。アデルも同じ姿勢を取る。
程なくして、前方で垂直に交わっている通路を、ふよふよ浮かぶ球状のものが横切っていくのが見えた。それは交差する場所でくるりと一回転し、またふよふよと飛び去って行く。
「……あれは」
立ち上がりながら訊ねる。
「警備用小型ドローン。侵入者対策ではなく、天人がイレギュラーな行動をとらないか監視するためのものだろうが……発見された場合、戦闘用のロボットを要請する機能がある、はず」
「そりゃ、見つかったら――」
ビーッ。
耳をつんざくような電子音が、背後から聞こえた。
振り向く。そこにはどこから出没したというのか、先ほど横切っていった球状機械――警備用小型ドローンが、モノアイのようなカメラでしっかりエレンとアデルのことを捉えていた。
「――マズい、な」
『不審人物を発見。不審人物を発見。至急、応援を要請します。不審人物を発見。不審人物を発見。至急、応援を』
「っ、逃げるぞ、アデル!」
大急ぎでアデルの細い腕をひっつかみ、エレンは遮二無二走り出す。行くアテがあるわけではないが、あの開閉に時間がかかる壁に戻るわけにはいかない。
すぐに、アデルの言う通りになった。各所の壁がゴゴゴと開いて、中から物々しい機械が姿を現したのだ。
背丈はエレンの半分程度。周囲の壁と同じように、白くつるりとした材質。脚は太いのが四本で、その上にある丸っこい本体も合わせてずんぐりむっくりしたフォルムは一見可愛らしいものの、一番上から伸びたケーブルの先端がばちばちとあからさまに不穏なスパークを散らしている。
「コマンド:【
白い嚆矢が飛翔する。
轟音。
「ヒット。破壊完了」
エレンが反応するよりも早く飛び出したアデルの拳はたった一撃で、頑丈そうなロボットを原形がなくなるほど徹底的に粉砕していた。
続けて、アデルの右腕が融解する。【
が。
「っ、ヒットならず!」
光の雨は、ロボットの群れを飛びこして遥か後方へと殺到していた。
すぐに、エレンはその理由を悟る。アデルは左目がなく、隻眼なのだ。そのせいで、距離感が上手く掴めない。近接でぶん殴るならばまだしも、銃の照準を瞬間的に合わせるのは荷が重い。
ぐ、と先頭のロボットが足を縮めるのが見えた。
とっさに、エレンは腰のワイヤーガンを抜くと、それをロボットの足元めがけ発砲する。鋭いアンカーがロボットの脚部を掠め、破壊音と共にその一部をもぎ取っていった。
ロボットはそれでも構わず足を伸ばし、跳躍した――が、激しくバランスを崩した。ワイヤーに引っかかったのだ。無防備にひっくり返ったその腹へと、アデルがいつの間にかエーテルブレードへと変えていた右腕を振りぬく。激しいスパーク音。
これで、二機を破壊した。しかし、前方には十を下らないだろうロボットがまだぞろぞろと殺到してきている。
けれどエレンに焦りはなかった。
(いける)
片目であろうとも万全にエーテルを補給したアデルはまさしく兵器然とした強さだし、エレンのほうの戦闘勘も健在だ。それに何より、互いの呼吸が上手くかみ合っている。アデルの隙をエレンが埋められるし、エレンの火力不足をアデルが埋めてくれている。
対して、ロボットの動きは単純極まりない。随分とチープなAIで動いているようだった。まっすぐ跳び掛かってスパークするケーブルを押し付けてくるばかり、装備も貧弱極まりない。
「――確認だが、あのばちばち言ってるやつに触ったらどうなる!?」
「あれは【
「なるほど……そもそも侵入者の撃退用じゃないんだな」
そもそも、上空二千キロに浮かんでいる上に、きちんと手順を踏まなければ液体になりかねないのだ。侵入者というものは想定していないのだろう。恐らく、住民である天人が悪事を働いた際に気絶させる治安防衛ロボットのようなもの。
それならば、いくらぞろぞろ群れてこようとも、
また一機、アデルのブレードによって真っ二つになる。が、踏み込み過ぎだ。間合いが維持できていない。すかさず跳び掛かってきた別の一機のカメラ部分へと、エレンは閃光弾を投げつけて「目を閉じろ!」と叫んだ。
瞼も貫通する、強烈なフラッシュ。
じわりと涙の滲む目を開けてみれば、アデルは指示に従ってくれたらしい。落ち着き払った動作で、目の前の一機をまた両断した。
閃光は通路いっぱいに広がったようで、どのロボットもカメラの動作不良を起こして停止していた。ひっくり返っているものもある。
エレンはふう、と息を吐いてワイヤーガンを握る手を下ろした。アデルも微かに肩の力を抜いている。
「よし、これなら後はトドメを」
刺せばいいだけだな、と言いかけた瞬間。
つっぷすように停止していた一機が、機敏な動作で立ち上がった。
「カメラを床に押し付けてたのか!? あの一瞬で……!」
エレンは慌ててワイヤーガンを上げる。ロボットは脚を縮め、跳躍の前準備をしていた。なので、照準は今いるよりも高めの位置に。
しかし。
「っ、フェイント!?」
ロボットは跳ぶことなく、足を縮めたまま地を舐めるように突進してきた。明らかに、他の機体よりも複雑な判断能力をしている。
そのままロボットは、アデルの左側――目が欠損しているために視野が狭いほうへと回り込み、ブレードを紙一重で回避する。遠近が捉えられていないのを理解しているようだった。
一対のカメラが、真っ直ぐにエレンのことを見据える。
(…………?)
その奥で、見たことのあるような青い光が微かに揺れ動いている、気がした。
「コマンド、【