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2-2【粘土と燃料】

「……いくつか、質問していいか」

 少なくとも、会話が通じる。ならば、情報を引き出すべきか。

「いいよ。なんだい」

「俺は、とある流民を探しているんだ。地上から連れ去られた流民がどこに行くか、知らないか?」

「んー。知らないけど……」

 少年はくるりと椅子を回転させて、机上の端末に片手をかざした。浮かんできたホロディスプレイをすいすいと操作して。

「ほら、周辺マップ。流民集積場ってのがあるし、ここじゃない?」

「ま、マップ!?」

 身を乗り出してそれを覗く――が、エレンは読み書きが不得意だ。ゆっくり時間をかければ読めないこともないけれど、細かく並んだ文字から目当てのものを探し出すのは相当に難しい。

 一人のときはそれで多少の苦労があったが、しかし、今は一人でない。

 代わりに、アデルがその細い指を伸ばした。

「ここ。数区画離れているが、近い」

「んん……?」

 四角形ばかりが並んだ地図は非常に見にくい。エレンは目を細め、ルートをどうにか確認する。

 その様子を、少年は不思議そうに眺めていた。

「でも、流民なんてどうするのさ? 近づいたら噛まれたりしないのかい」

「いや、そんな犬の変異生物モンスターじゃねえんだから……」

「へえ。でも、怪物モンスターみたいなものなんだろう? 言葉も通じないって、基礎教育プログラムで習った。凶暴で凶悪だって」

「いやいや」

 何を言っているんだ、とエレンはかぶりを振る。

 エレンも流民だ。エレンの知り合いも、レイヴンたるアデルやベルを除けば全員流民だ。とんだ風評被害と言わざるを得ない。

 余計なことは話さないほうがいいのでは、というアデルの視線を薄っすら感じつつも、

「人なんだから、会話くらいできるに決まってるだろ。凶暴なのもたまにはいるけど、大半はフツーの人間だ、人間」

「あっはは」

 真面目極まりない抗議だったのだけれど、少年はひどくおかしそうに笑った。

「流民が、人間? エレン、面白い冗談を言うなあ。まあ、人型らしいけどさ。流民が会話……いいね、それができたら一頭貰ってきて喋り相手になってもらうのになあ。AIよりよさそうだ」

「……RaSSにおいて、流民は人もどきの凶暴な怪物であるとされている」

 そっと、アデルが耳打ちをしてきた。

「自分のデータベースにもそう記載されている……彼の持つ情報の修正は困難である、と推測される」

「……まあ、こっちも天人を散々言ってるんだからお互い様、か……?」

 しかしそうなると、その集積場なる場所にいる流民は果たしてどのような扱いを受けているのか。そもそも名前からして、人を集めておく場所だとは思えない。

 けれど、とにかく目的地は決まった。

「じゃあ、そこを目指せばいいんだな。よし、行こうぜアデル」

「……推奨できない」

「え」

 だというのに、なぜかアデルが首を横に振る。

「な、なんでだよ。調子でも悪いのか?」

「否定する……むしろエレン、あなたのコンディションのこと。食事と休息が必要なはず」

「? 別に、まだ余裕で体は動くぞ」

「それは極度の緊張によって疲労が麻痺しているだけだ、と推測される。慣れない環境において戦闘まで発生したのだから、安全が確保されている今、休息を確保するべき……あなたの許可が貰えるならば、だが」

 最後の一言はエレンではなく、家主の少年へと宛てられたものだ。

 にこにこと微笑を浮かべながらやり取りを聞いていた彼は、

「うん。構わないよ、ぼくももっとお喋りしたいし」

 と快諾した。

「ちょうど晩ご飯の時間だし。生体チップ使えばきみたちの分も申請できると思うけど、どうする?」

「チップは……諸事情で、喪失ロストしている」

「ええ、そりゃ大変じゃないか。一応予備申請権あるけど、ひとり分だよ」

「それで構わない。一応、持ち合わせもあるゆえ」

「そう?」

 なんだか分からない会話の後、少年が壁のパネルに片手をかざす。ぴろん、と電子音。

 少しして、少年がパネル横の小窓らしき蓋を開くと、そこから四角形のプレートらしきものを二つ取り出した。

「はい。これ、きみたちの分ね。今日はオムライスフレーバーだって……あ、スプーンも、ほら」

 手渡されたそれにぎっしりと詰まっていたのは、

「……黄色の、粘土?」

「推測……恐らく、複数の成分を混ぜ合わせた合成食。地上のフル・ペーストの発展形」

「ああ、あのパッサパサで味のない……」

 しかし、それにしてはほんのりと良い匂いがする。肉のものと似た、しかしそれよりも優しい匂いだ。

 椅子は部屋に一つしかないので、エレンとアデルは床に座って、とにかく食事にすることにした。

 確かに、ここからどれだけ行動するかも分からないのだ。常にロボットに追われるようなら食事をする暇もないはずで、ならば時間のある今あらかじめ備えておいた方がいい。

 アデルは燃料であるエーテルを補給したから食事の必要はない、とのことだったので、エレンはスプーンでひとすくいしたそれを恐る恐る口に運ぶ。

 ねちゃねちゃ、とあまり上品でない咀嚼音を響かせて、飲み込んで。

「ん……う、美味…………い……?」

 疑問符が付いた。

「そう? ぼくはエビフライフレーバーのほうが好きだなあ」

「いや……なんつーか、もっとパサパサしてるのかと思ったが、しっとりなんだな」

 確かに、ペーストはペーストだ。

 しかし、あの砂漠を食べるようなフル・ペーストとは違って、口内の水分を根こそぎ奪っていく凶悪な乾燥具合をしていない。

 それに、きちんと旨味や塩味がある。それもただぶち込んだだけのような雑然とした味ではなくって、少々の酸味に柔らかい旨味が混じりあい、複雑な味わいを奏でていた。そこだけ取り上げれば、間違いなく美味い。

 けれど、舌触りも食感も、どうしようもなくペーストなのである。

 料理の味がする粘土というべきか。決してマズくはないのだけれど、美味しいとまでは言いにくい。味がよければいい、という話ではないのだ。

 ついでに言えば、温かい料理を好むエレンにとっては常温なのもマイナスポイント。

 アデルにもひと口食べさせてみるが、顔を顰めて「自分は経口補給が必要ない」とそっぽを向いた。イマイチらしい。

「きみたちの区画だと、違うのが配給されてたの?」

 二人の反応を見て、少年はぱちくりと瞬きをする。しまった、不自然だったか――と一瞬身構えたが、この白く清浄な部屋において、薄汚れた地上の装備をしているのだからそもそもからして不自然だ。

「ああ……ええと、俺、この前まで地上にいたんだ」

 ひとまずの言い訳をすると、アデルもそこに乗った。

「補足。自分も同じ……探索と、資源の獲得を使命としていた」

「地上! へえ、お役目でそんなところにまで行くんだ。すごいなあ」

 どこまで正直に話しても大丈夫か、と悩みながらの言葉だったが、少年が疑わなかったようで内心ほっとする。

「地上って、汚染生物がたくさんいて、流民に襲われたりするんだろ? それに……そっか、配給パイプも繋がってないんだ! 想像つかないな。何を食べてたの?」

「ええと――これとか」

 取り出したのは、あの悪名高き人間用燃料のエナジー・バー。

「すっげえマズいけどな。ギトギトしてて苦い」

「マズい? マズいって、食べ物なのに?」

「ああ。試しに食べてみるか?」

 半ば冗談のつもりで提案したのだが、少年は真面目極まりない顔つきでこくりと頷いた。

「気になる。残りの配給食はあげるから、交換しない?」

 どころか、半分ほどのこった料理粘土を差し出してまでくる。

「え……いや、ホントにマズいぞ? マズ過ぎて、食いモンじゃなくって燃料だとか言われてる」

「ますます気になる。だってさ、食べ物は食べられるのが役目なんだから、マズいことなんてないだろう? そういうのは、誤飲したらいけない小さなパーツの味だよ」

「まあ、そこまで言うんならいいけどさ……」

 うしろめたさに襲われつつも交換を受領し、包装をべりべりと剥いでからエナジー・バーを渡す。熱量の効率だけしか考えていない、苦くてギトギトした油脂のかたまり。

 少年は白っぽいそれを「おお」と感慨深そうにそれをじっくり眺めまわしたあと、躊躇いなく大きくひと口かじり取った。

「ど……どうだ?」

 ごくり、と飲み込んで。

「うわあ、本当にマズい! すごい……!」

「なんで嬉しそうなんだよ」

 ぱあっと顔を輝かせた少年は、ぱくぱくとあっという間に半分ほどを腹に収めてしまう。

「だって、信じられない。食べ物なのにマズいんだよ!? 配給食だって三十フレーバーあるけど、こんなのは今まで食べたことない。すごい!」

「……あんた、変わってるな」

 初対面で仏頂面のアデルでさえ、エナジー・バーよりも美味しい料理のほうを好んでいた。マズくて嬉しい、という感情の動線はエレンに理解できないものだ。

 でも、嬉しいならまあいいか、ということにしておいた。

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