「死んだのではないですか」
至極冷静な声音で、ウェンズがそう言った。
「だいたい、エレンが集積場に来たというのに、どうして別行動だったんですか。一人で天をうろつけばそりゃあ死ぬでしょう」
レイヴンである、という部分は説明せずに、ただ別の場所で情報収集をしているとだけ話してある。ウェンズの発言は最もであった。
「いや、それは……実はアイツ、天人にツテがあるんだよ」
「そうですか。なら、天人の側に寝返ったのかも――」
説明をしきっていない、ウェンズはアデルのことを知らない、そういういくつかの前提をすっ飛ばして。
思考が、沸騰した。
考えるよりも先に叫んでいた。
「――そんなワケがあるか!!」
叫んでからはっと我に返ったが、もう遅い。
当然、ウェンズはむっとした顔をする。
「どうして言い切れるんですか? 天人の実在すらここに来るまでは不確かだったのに、ツテがあるなんて虚言の可能性が高いでしょう。少なくとも、戻ってこないのは事実なんですから」
「……何かトラブルに巻き込まれて遅れてるだけだろ」
「トラブルに遭ったなら死んでる可能性が高い。思考を止めて現実を軽視する悪い癖、変わってないですね」
「そんなこと言うんなら、ウェンズだってすぐに悪いほうに考える癖、そのまんまじゃねえか」
売り言葉に買い言葉。だんだんと語気が荒くなっていくのは自覚するところだったが、うまくブレーキを掛けられない。
ウェンズのほうも、どんどん声音が冷たく硬くなっていく。それがますます癪に障る。
「リスクヘッジも知らないんですか」
「今それは関係ねえだろ? 話をずらすなよ」
「先にずらしてきたのはエレンです」
「それはそっちが――いでえ!?」
「あだあ!?」
ごちん、ごちん。
きっかり二発分の打撃音に、二人分の悲鳴。
「頭を冷やせ、わっぱども」
ガロウがこちらを一瞥し、ふんと鼻を鳴らした。
「なんだよ、殴ることないだろ!」
「エレンは説明が不足している。ウェンズは思慮が不足している。喝を入れてやったまでだ」
「う……そ、それは……そうかもだけど……」
「雇うならば雇用条件をはっきりしろ。そしてウェンズ、仲間を悪しく言われる不快は知るところだろう」
目を逸らし、軽く咳き込むウェンズ。
「いや、悪く言おうとしたつもりでは……」
もごもご、きまり悪く言い訳をする二人へと、ガロウがかっと目を見開く。
「喧嘩をしたならば、そこに己の非を認めるならば――『ごめんなさい』であろうが!」
愕然とした。
あまりにもきっぱりとした物言いだった。
「そ、そんなガキの小競り合いみたいな解決法を!?」
「諦めてください。ガロさんはあれで微妙に面倒見がいいんです。背が大きいせいか、自分以外の全員を五歳児だと思ってる節もあります」
そういえばそうだった、とエレンは懐かしいキャラバンでの記憶を掘り起こす。
「ああっと……ごめんなさい?」
「語尾はあげんでいい!」
「……ごめんなさい」
渋々と謝罪をすると、ガロウは「ウム」と満足そうに頷いた。完全に、幼年院の引率の態度だった。
「よし、ウェンズも『ごめんなさい』だ」
「それは……少し、焦りすぎたかもしれませんが……なにせ、時間がもうない」
「時間?」
訊ねたところで、食事の時間を知らせるブザーが鳴り響いた。
ウェンズは曖昧に笑う。
「いや……後で話します。とりあえず、食べないと」
「ああ、じゃあ後で」
それぞれ自分のベッドの位置に戻ってチューブを咥える。
それでもウェンズの様子が気になるエレンはそちらを見たまま、味気のないペーストを機械的に飲み込んでいった。そのときだった、ウェンズの顔が酷く青ざめたのは。
どうしたのだろう、と飲みおわって近づくと、ウェンズは力ない笑みを浮かべる。
「そういえば、エレンが声を荒げるのを聞いたのは二回目ですね」
「……? いきなり何の話だ?」
「キャラバンにいたとき、目的を笑われても言い任されても、君は不機嫌になりはすれど怒るということはなかった。ただ一度、妹さんについてを揶揄われたときだけに怒っていた。……大切な人なんですね」
「妹のことなら、そりゃもちろん――」
「いいえ。協力者、という方のことが」
ぽかんとする。
「君の穏やかさは、その実あらゆるへの無関心です。みなに分け隔てなく優しくとも、核にあたるのは妹さんだけ……だったと思っていましたが、どうやら協力者さんはエレンにとって怒りを燃やすだけの価値ある存在のようです。……大切な人ですか」
アデルの顔を思い浮かべる。
自然、頷いていた。
「……ああ。大切、だと思う」
ウェンズはふっと微笑んだ。
「ふふ。それはきっと、素敵なことで――」
声は、半ばで途切れて濁った呻きに代わった。
いつの間にかウェンズの背後まで迫ってきていた白ロボットが、その背に電撃を押し付けたためであった。
どさり、と人の倒れる重い音と、それを別のロボットが引き摺っていく湿った音。
追いかけようとした。けれど、いつかと同じだった。エレンが抵抗するそぶりを見せた瞬間に、ロボットはその意識までもを刈り取った。
ここではたびたびそういうことがある。
【労役】で命を落とさずとも、もたないだろうと判断されるくらいに弱った者は、生きたままどこかに連れていかれる。ウェンズは肉体労働に向いた性分ではなく、同時期に連れてこられたガロウよりもよほど体調を悪そうにしていた。
ここは天で、地の生き物である流民はただの家畜だった。だから多分、卵を産まなくなった砂蜥蜴が〆られるようなものだろう。
ウェンズはそれを知っていたのだろう。自分の体調のことも。