綾斗、冬香、龍鬼の三人が向かったのは常盤ショッピングモール。常盤桜花学園という超金持ち学校がある常盤市の中では、最も庶民的で老若男女問わず集客率の高いショッピングモールだ。
綾斗と龍鬼はそこへお嬢様でもある冬香を誘うという愚行を何も
しかし、冬香もゲームソフトを買いに行くのはいつも行きつけのおもちゃ屋さんか家電量販店のため、特に嫌がる様子もなければ、珍しがる様子もなかった。
だが、そのお陰で二人の男子高校生は、初めてと言っても過言ではない常盤桜花学園で出来た友達三人でショッピングモールを訪れることができた。
「なあ、お腹空いてないか?」
「そうだな。フードコートでも行くか?」
綾斗と龍鬼は満面の笑みで言い合いながら浮足立っていた。と言うより小さくスキップをして冬香の前を進んでいた。
冬香はと言うと二人の会話を聞いて腹部をさすって頷く。冬香は五つ子と一緒に買い物へ行く時もヘッドホンを持って行っている。そして、話し掛けられない限りはヘッドホンで耳を塞いでいる。そんな彼女がヘッドホンを首に掛けたまま男二人組の話を無表情で聞いている。
綾斗は振り返り背後の冬香に向き直る。
「冬香、何か食べたいものとかあるか?」
「……特にない」
「んーそうだなあ。ここは無難にハンバーガーとかにするか?」
綾斗は龍鬼に問う。
龍鬼は「俺はいいけど」と言ってから冬香に「本当にいいのか?」と問い掛けるような視線を送る。
その視線の意味がなんとなく分かった綾斗は、そこでようやくこんな庶民的なショッピングモールにお嬢様である冬香を連れてきてしまったことを後悔した。綾斗は慌てて冬香を見ると、少女はきょとんとした表情を浮かべていた。
「どうして、私が決めるの?」
「え、いや、なあ。俺や綾斗は兎も角、冬香さんは、その……ここらでは五本指に入る富豪だろ? だから、その、ハンバーガーとか口に合うかなって……気を悪くしたら、ごめん」
「ああ、そういうこと。大丈夫。ゲームとか服を買ったあとはよくジャンクフードとかファミレスで食事を済ませてるから。夏目は『伏見家の人間としてあまりお勧めはしません』て言ってるけどね」
その話を聞いて綾斗はクスッと笑ってしまった。
「夏目が言いそうなことだな」
「うん。トトは好きな物を食べるといいって言ってくれてるから誰も気にせず食べてるけどね。あ、タツキ、トトは私のお父さんね」
そんな他愛もない会話をして昼食がハンバーガーに決定した。
三人はフードコートに入るや夏休み中ということもあり、人で溢れかえっているその場所に思わず溜め息をついてしまった。
これは席を探すのも一苦労だな、と綾斗が言い掛けたところで、同い年くらいの男女の視線が急に集まってくるのを感じた。
無理もない。
龍鬼は見てくれは輩そのものだが、綾斗と冬香がいることで美男美女の三人組となっている。そんな三人の姿が青春真っ盛りの高校生の目に止まれば、必然的に注目の的になってしまう。
「うわー食いにくいなあ」
「そう言うなって。自分で言うの悲しくなるが、俺が強面だからすぐに席が空いただろ? 悲しくなるけど」
そう。三人は割と早い段階から席とハンバーガーを手に入れ昼食を取ることができていた。
注目の的になってしまった三人はフードコートの奥まで進んだが、なかなか席を見つけることができなかった。落胆し諦めかけたその時、フードコートの端の席で何も注文しておらず、ただ喋っているだけの見るからに素行の悪そうな男四人組が目に付いたのだ。フードコートを利用する上でマナーの悪さが伺える。
龍鬼はそんな男四人組が気になり鋭い眼光を閃かせて席に歩み寄った。ただそれだけで男四人組は龍鬼の存在に気付き、恐れをなしてそそくさとフードコートを後にしたのだ。
「この後どうする? せっかくショッピングモールに来たんだし何か買い物とかするか?」
綾斗の提案に龍鬼は顎に手を当て深々と考える。
そんなに考え込むことなのか? と問うてみたい者もいるのだろうが仕方がない。なにせこの三人組の中に一人だって自主的に三人以上、いや、二人以上の友人とショッピングモールへ遊びに来たことが欠片ほどもないのだから。
綾斗はその性格と運動神経から以前の高校では数多の部活に助っ人として出向いていた。そのため、それなりに知り合いはいる。それでも海へ遊びに行ったり、花火大会など友達同士で和気あいあいとしたりする時間が豊富にあったかと言うとそうでもない。心から信頼できる友達なんて片手の指で数えるほどしかいなかった。
「俺は特に買いたい物とかないしなあ。冬香さんは?」
「私も特にない」
「遊び始めていきなり詰みだな」
龍鬼はうなだれて俯く。
綾斗も困ったような表情を浮かべてバーガーを頬張る。そのせいでバーガーからはみ出たケチャップが唇の端についてしまった。それにいち早く気付いたのはまさかの龍鬼だった。
龍鬼はやれやれと言った面持ちで紙ナプキンで綾斗の唇の端についてしまったケチャップを拭う。
「お前、高校生なんだから綺麗に食えよ」
「す、すまん。なんかキュンとしてしまった」
「は?」
龍鬼は綾斗に言われて自分が何をしたのかようやく理解できたらしく、顔をリンゴのように真っ赤にさせてそっぽ向いてしまった。そして、その視線の先では、綾斗達――美男美女集団に釘付けになっていた女子高校生や女子大学生くらいの女性たちが顔を赤くして黄色い悲鳴をあげそうになっていた。
冬香はそんな二人のやりとりを一番近くで見ていたため訝し気な視線を送っていた。
「二人は付き合ってるの?」
「ンな訳……ッ!」
龍鬼は冬香のまさかの言葉に思わず立ち上がりそうになってしまう。
綾斗に至っては今の状況が理解できず「お前ら何言ってんだ?」と龍鬼と冬香の顔を交互に見ていた。
そんなこんなで昼食を終えた三人の次なる目的地はゲームセンターとなった。と言ってもショッピングモール内のゲームセンターではなく、本当にゲームしかないゲームセンターに行こうとしている。そのためショッピングモールを後にした。
そこには町でもそれなりに大きい規模のショッピングモールを、ただ昼食だけ済ませるという強者の如き三人組がいた。
☆☆☆☆☆☆
綾斗と龍鬼が意気揚々と冬香の前を歩く。歩道を歩いてはいるが、ちゃんと後ろの冬香が車道側にならないように配慮している。友達と遊ぶ経験が浅くとも、紳士的な対応は綾斗も龍鬼もお手の物だ。
三人はゲームセンターへ行くために必ず通らなければならない曲がり角に差し掛かる。
そこへ龍鬼が張り切って一歩踏み出した瞬間、目の前に黒塗りのリムジンが前輪と後輪のタイヤを滑らせ、甲高い音を立てながら突っ込んできたのだ。
慌てて綾斗が龍鬼の首根っこを掴み後ろに引くが、足が絡まってしまい、綾斗の上に龍鬼がのしかかるように転げてしまった。二人とも呻きながら起き上がろうとする背後で冬香は無表情のままリムジンの窓を見ていた。
「ったく誰だよ。危ねェ運転しやがって。左腕は大丈夫か? 綾斗」
「うん。そっちは? 怪我ないか?」
「ああ。サンキューな。お前がいなかったら車に弾き飛ばされてた」
二人は制服についた汚れをはたきながらぼやくように言うと、リムジンの後部座席のドアが開かれる。そこから出てきた人物たちに二人は唖然とする。
「いやー、ごめん、ごめん。急いでて」
ライトグレーの短髪をした美少女が申し訳なさそうに言う。伏見家の長女――春菜だ。
次に降りてきたライトグレーのポニーテールが特徴的な美少女――夏目も全く同じ顔で綾斗の前に立つ。
「すみませんが、谷坂さんと冬香をお借りしてもよろしいでしょうか? 二人に急用ができてしまいまして……」
綾斗と冬香に急用。
これだけで名を呼ばれた二人は察しがついた。
しかし、一般人である龍鬼には見当もつかず困惑しながら了承する他なかった。
二人は夏目に早く乗るように促され、足早に乗車する。中にはもちろん秋蘭と新葉もいる。
綾斗は乗車する直前に龍鬼と連絡先を交換してから「ごめん」と言って乗車した。
一人取り残された龍鬼は、二人が乗るや急発進したリムジンをただ見送ることしかできなかった。