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第58話

 無事に合流することができた五つ子と綾斗。


 新葉は足をくじいたことで綾斗に背負われていた。そんな姿を最初に合流した春菜と冬香に見られてしまい、新葉は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして暴れに暴れた。背負っている綾斗は五女を落とすまいと必死に静止を促すが、新葉は聞く耳を持たず慌てふためき、最終的に綾斗の後頭部に新葉の頭突きが炸裂してしまった。


 綾斗は目玉が飛び出るのではないか、と思うほどの衝撃を受けその場に崩れるようにこけてしまった。


 そこへ丁度夏目をお姫様抱っこした秋蘭が目にも映らぬ超加速を持って姿を現し、直後巻き起こった突風によってその場の姉妹たちの髪を薙いでいく。


「なぜ谷坂さんの上に新葉が乗っているのですか? 詳しく教えていただきたいのですが……大丈夫ですか? 谷坂さん」


 夏目は言いながら秋蘭に降ろしてもらう。そして、何を思ったのか身の丈ほどある杖の先で砂浜に横たわり新葉の下敷きになっている綾斗の身体を突く。


 たまらず綾斗が立ち上がろうとしたところに、頬を膨らませた紫色の短髪を両サイドだけ伸ばした四女――冬香が割って入る。


「夏目、アヤトを突くのやめて。かわいそう」

「あ、そ、そうですね。すいません。つい、いつもの癖で……」

「いつもの……? それはどういう――」


 冬香が訝し気な視線を送ろうとしたところで綾斗が勢いよく立ち上がる。少年の上に乗っていた新葉もその勢いを利用して立ち上がる。いや、途中で綾斗が身体を反転させ、さながら騎士の如く姫の身体をソッと優しく抱きかかえ立ち上がらせる。


 新葉は瞬間的に体温の上昇と心臓が早鐘を打つのを感じ綾斗を両手で突き飛ばす。


 綾斗はどこか痛めてしまったのかと思い申し訳なさそうにするが、そんな態度も新葉の癪に触ってしまい遂にそっぽ向かれてしまった。


「なんか谷坂くんと新葉仲良くなってない? 春菜お姉さん嬉しいなあ。いったいどんなことがあったのかな?」


 春菜がからかうように綾斗に聞く。すると少年は真剣な面持ちで真面目に浜辺に打ち上げられたこと。魔力探知が出来なかったこと。そんな状態でジャングルに挑んだこと。新たな矢を生成したことを端的にされど正確に話した。


 その話を聞いて秋蘭と夏目は、蛸の魔獣から救ってくれた赤黒い一条の閃光を放ったのが綾斗だと分かった。正確には新葉が放ったのだが、そこは綾斗が割愛したため二人が知ることはなかった。


「二人が仲良くなったのはいい。いや、良くはない、けど……私が気になるのは、さっきの夏目のいつもの癖ってどう言うこと?」


 冬香は言いながら無表情で綾斗ににじり寄る。


 その目の向こうには確かな怒りの炎が垣間見えた。


「あーえっと……それは、その……」

「冬香、何か勘違いしていますね。谷坂さんはいつも私との訓練でばてて倒れるんです。と言うよりも魔力の流れを掴む訓練なのになぜか余分な力が入って魔法が発動してしまうのでいつも疲れて倒れるんです」

「そうそう。それで夏目のドS心に火をつけてしまっていつも突かれてるんだ」

「そういうことです……って誰がドSですか!」


 いつも冷静沈着でリーダー役の夏目が珍しく感情を荒げている。しかし、そこにはほんの少しの怒りと楽しさと嬉しさが感じられた。そう。夏目は今まで五つ子には見せなかった姿を綾斗にだけ見せていたのだ。いや、綾斗が夏目に新しい感情の表現方法を見つけさせたのだ。


 冬香がどこか羨ましそうにしているのを横目に春菜も心の奥底で靄が掛かったような感覚を覚えた。


 全員が揃ったことで訪れた束の間の休息。


 しかし、すぐに事態が動き出した。


 まるで全員が揃ったのを見計らったように、島の上空を包んでいた雲の色が瞬く間に鉛色に変わっていく。


 六人は固唾を呑み空から現れるであろう敵を待ち構える。


 次の瞬間、ジャングルから地響きと共に数多の魔獣の鳴き声が轟いた。しかもそれは段々と六人に近付いてきている。次第に魔獣の猛威が具現化されたように木々が薙ぎ倒されいき、さらには海も不自然な波を立てて荒れ始める。


 六人は森と海の中間の位置まで移動し、互いの背中を合わせて全方位からの攻撃に備える。


「てっきり空から来ると思ったんだけどな」


 綾斗が言うと夏目の顔が青ざめる。


「左右の岩場からも押し寄せているようですね」

「ついでに空からも来るみたいだよ」


 秋蘭が言うと五人は絶望したように空を見上げる。


 しかし、そこには思っていた魔獣の姿はなかった。それでも良い状況とは言えない。上空から鳥型の魔獣が群れを成して迫ってきていたのだ。


「ムカつくわね。エンペラーは最強の一撃を持っているのに姿を現さないなんて。こちらの消耗を狙っているのかしら」


 新葉が心底苛立ちを覚えながら言うと冬香が不安そうな面持ちで口を開ける。


「これ、ちょっとまずくない? 私拳銃しか武器ないよ」

「それを言ったら私だって刀一振りだよ?」


 春菜の表情にはいつもの余裕の笑みではなく、自信のない弱り切った表情を浮かべている。


「海からの魔獣は私が雷属性の魔法で対応します。冬香と新葉は空からの敵を。春菜と秋蘭は向かってくる敵をお願いします」


 夏目の指示に全員が位置につく。


 しかし、一人だけ何の指示も得られず困惑していた。


 綾斗はたまらず「あ、あの俺は?」と気難しい顔をした夏目に問う。


「あなたは体力と魔力が回復してから迎撃に参加してください。それとその左腕はまだ戦える状態ではありません。ゆえにアナタは見学です」


 そう言って夏目は踵を返すと杖を突き出す。その表情には不安の色が伺えた。


 それもそのはず。海からくる魔獣の全てを彼女一人で討伐しなければならないのだ。本人は「広範囲の魔法を使えばなんとかなる」と言っているが、他の姉妹と綾斗からすればそんな芸当ができたとしても続かないのは分かりきっている。明らかに無理をしているのだ。


 地理が悪過ぎる。


 全方位から押し寄せてくる魔獣に対して総合的な火力が足りない。


「それでもここで私たちがやられる訳にはいきません。必ずこの場を凌ぎ、エンペラーを封印しましょう!」


 夏目は宣言すると途端に表情が明るくなり魔法陣を海上に展開する。


 それに合わせて姉妹たちも動き出す。


 迎撃開始だ。


「……」


 間があった。


 これからだ! と意気込んだ姉妹たちを他所に綾斗はとあるタロットカードを発動していた。それによって海中の魔獣はおろか地を這う魔獣、空を舞う魔獣のほとんどを薙ぎ払っていた。


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