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第60話

 太陽のタロットカードを発動した伏見新葉。


 しかし、箱を開ければなんとやら。


 幼女の姿になってしまった新葉を姉妹と綾斗が笑いの宝庫と言わんばかりに涙を流して腹を抱えている。


 もちろんそれを許せるほど新葉は大人ではない。


「アンタたち燃やすわよ!」


 憤りを露わにした瞬間、新葉の全身から炎が噴火の如く燃え盛る。


 まさに炎の化身となった新葉が鬼の形相で綾斗の胸倉を掴もうと肉薄する。すかさずそれを防ぐため冬香が間に割って入る。額には新葉から発せられている高熱で汗がにじみ出てくる。真夏の孤島の気温も合わせれば猛暑の中の猛暑とも言えるだろう。


 そんな冬香を他所に新葉は鋭い眼光を閃かせて睨みを利かせる。


「邪魔よ。どきなさい!」

「駄目。アヤトが焦げちゃう」

「焦がす訳ないでしょ」

「え?」

「消し炭にするのよ」

「もっと駄目!」


 冬香は慌ててスカートのポケットから水鉄砲を取り出し、その銃口を新葉に向けて引き金を引く。発射された水は風の魔法で圧力が増し、水の魔法で少量でも絶大な威力を誇る言うなれば高圧洗浄機並みの勢いを持っている水鉄砲だ。そんな水圧をまともに受けた新葉の身体はたまらず吹っ飛んでしまう。


 すっかり鎮火してしまった新葉はずぶ濡れになりながら立ち上がる。


「アンタ馬鹿なの! 人に向けていい代物じゃないわよ!」

「わ、新葉がアヤトを消し炭にするって言うから……」

「じ、冗談に決まってるでしょ!」

「でも、目が本気だった」

「それは否めない」


 そこは否定しろよ、と言いたげな表情を浮かべた綾斗は両目を閉じて呼吸を整え、あぐらをかいてから体力と魔力の回復に勤しむ。


 新葉はそんな綾斗を見て仕切り直しとばかりに咳払いすると右手を突き出す。深呼吸の後、掌を中心に五つの赤い魔法陣が展開する。その一つ一つから小さな炎が灯り、次第に勢いを増して回転し、収束して一つの大きな炎の渦となる。


「はっ!」


 新葉は自身に喝を入れ、勢いよく右手を握る。


 魔法陣に固定された一つの大きな炎の渦は鎖を解かれた猛獣の如くエンペラーを滅却するため空気を焼き、真っ直ぐエンペラーに向かって突っ込んでいく。


 熱風。


 滲み出る汗。


 肌はすぐに乾燥し、唇はひび割れる。


 新葉の身体からは自然と炎が溢れ、放たれた炎の渦と共鳴するかのように勢いよく燃え盛る。それから発せられる高熱が周りのあるありとあらゆる水を蒸発させていく。


 姉妹と綾斗が異変に気づいたのは海から湯気が出てきた頃だ。


「炎が効いていない」


 春菜が呟く。


 新葉も気付いたのか舌打ちをすると炎の噴射を止める。すかさず次の手と言わんばかりに空いた左手を突き出し、今度は両手を揃えて炎で巨大な魔法陣を描く。


「今のはあくまでも小手調べよ。今度のは正真正銘サンの炎熱系魔法をお披露目してあげるわ」


 新葉は不敵な笑みを浮かべるや両目を静かに閉じる。


 瞬間、先程まで水を蒸発させていた熱気が消失し、綾斗たちが涼しさすら感じられるほど熱というものが消えていった。煮えたぎっていた海水もいつしか穏やかになり、新葉の全身から溢れ出ていた炎も鎮火していた。いや、消えた訳ではない。その証拠に新葉から吹き抜ける風には焼けるような熱気を帯びており頬や腕を薙いでいく。


 いったいどこへ『熱』はいってしまったのか。


「新葉には何か考えがあるのかもしれません。私たちも動きましょう」


 夏目はそう言って杖を振りかざす。


「秋蘭、アナタにはやってもらいたいことがあります。そのためにも春菜は吊られた男・ハングドマンの準備をお願いします」

「大丈夫。もうハングドマンは発動してるから」


 冷静に呟いた春菜の身にはハングドマンの本体だった白い狩衣が纏われていた。少女はその状態で刀を鞘に納め抜刀術の構えをとる。


 夏目はその姿を見て目を見開きすぐさま秋蘭を呼び寄せる。


「あれを使います。新葉、エンペラーの頭を打ち上げて下さい!」


 新葉は夏目の指示を受けると同時に目を見開く。


「冬香、氷の弾丸をエンペラーの顔面に撃ち込んで! 最悪、顔面近くの空間を冷やせればいい」

「分かった。夏目も手伝って」


 冬香は二丁拳銃――グロック18Cの銃口をエンペラーの顔面に向けて引き金を引く。それも一発や二発ではない。装填された弾丸が尽きるまで連続して乾いた音が響き渡った。発射された弾丸は空を切りエンペラーの顔面に直撃する。はずだったが、直撃寸前にエンペラーの息吹によって不自然に爆散してしまった。それでも冬香はすぐにリロードを終え新葉の要求通りに撃ち続ける。


 夏目も青白い魔法陣をいくつも展開して単純な氷属性を帯びた魔力砲弾を放ち続ける。弾丸と砲弾を合わせた高火力だ。普通の魔獣なら跡形もなく吹き飛んでいるだろうが、エンペラーには一切の効果も見られない。


 数秒撃ち続けたところでエンペラーの吐息が白く濁る。


「今よ!」


 新葉が怒鳴るように合図を出すと銃撃と砲撃が収まり二人の姉妹が動き出す。


 夏目は杖を大きく横薙ぎし、抜刀術の構えをとっていた春菜の足元と秋蘭の足元に魔法陣が展開する。

 転移魔法。魔法陣に入った対象物を瞬間移動させる魔法。


 夏目の十八番にしてエンペラーの虚を突き、絶大なダメージを与えるための布石となる。


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