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第61話

 夏目の転移魔法によって先に消えたのは秋蘭だ。転移先は新葉のすぐ傍で左脚を目一杯踏み込んだ状態で現れる。右脚は大きく振り上げられ野太い風鳴りを響かせながら横薙ぎする。その直前に新葉は軽く跳躍し、横薙ぎされる秋蘭の右脚の上に飛び乗る。右脚が振り抜かれるのと同時に新葉はタイミングよく思い切り跳躍する。


 新葉の身体は秋蘭の超人離れした身体能力と身体強化魔法を施した蹴りによって人間砲弾と化す。さらにはサンによって生成された熱による身体能力の向上によってさらなる加速を生み出す。耳に叩き込まれる風の雄叫び。加えて目を開けていられないほどの風圧が襲い掛かる。


 これが秋蘭による姉妹砲。その名を『秋蘭の秋蘭による姉妹砲シスーターズキャノン』と冬香が命名し、今まで一度しか使われていない。最初の被害者は春菜だった。春菜は結局飛ばされた先の川に不時着していたが、今回は打ち上げ花火のようにエンペラーに向けて蹴り上げたのだ。不時着はしないと思いたい。


 蹴り飛ばされた、もとい、打ち上げられ新葉はエンペラーの顔面近くまで浮上し睨み合う。


「いくわよ! ――『超新星爆発スーパーノヴァ』――ッ!」


 新葉は身体を空中で一度縮こませると全身が燃え上がる。瞬く間に炎の勢いが増していき、太陽のコロナのような炎の弧を描き始める。そして、溜めに溜めた『熱』の奔流を全身全霊で解き放つため一気に身体を開き、体内に封じていた超高熱と太陽の如き爆炎を開放する。


 圧倒的な衝撃波によりジャングルの木々は根本から薙ぎ倒され、海上にもかかわらず大規模なクレーターが生じてしまうほどの大爆発を起こす。


 太陽のタロットカードは炎熱系統の魔法を全て扱うことができる能力を有している。魔法として炎を操るのではなく、ただ自分の意思のままに自由自在に炎を操ることができるのだ。もちろん操れるのは炎だけではない。炎熱系統、つまりありとあらゆる『熱』も操ることができる。


 新葉が両手を突き出し静かに集中していたのは、超高温になるまで熱せられた空気を手中におさめるためだ。


 空気中の水分をほとんど蒸発させた熱はまるで流水のように新葉の体内に吸収され、彼女自身が小さな太陽へと変貌する。しかし、そんな高熱を常時放っていては息をするように辺りを蝋燭ろうそくのように溶かしてしまうのは明白だ。なら一度封じ込めて一点に凝縮し解放すればいい。それこそが新葉が放った魔法――『超新星爆発スーパーノヴァ』――。


 だが、そんな超火力をもってしてもエンペラーには通用しないだろう。


 そこで新葉は思いついたのだ。一度空気を氷点下まで冷やしてから再度太陽の如く荒ぶる火炎で一息に熱せばいいと。そうすることで空気中の水分が膨張し、あっという間に甚大な被害をもたらす爆弾へと変貌する。


 エンペラーはそんなものが目の前で爆発したことにより、無理矢理に顎を打ち上げられてしまう。さらには爆炎によって人間で言う顎と喉にあたる部分を焼かれてしまう。


 初めてダメージと言えるダメージを与えられた。


 すかさず夏目が杖を振るい春菜の足元に展開した転移魔法を発動する。春菜が転移された先は喉を大っぴらに広げたエンペラーのすぐ傍である。


 春菜はエンペラーを目前にしながら狙いを定め鯉口を斬る。


 甲高い音と共に目にも止まらぬ速さで紅に染まった刀身を横薙ぎする。


 加えて今の春菜は吊られた男・ハングドマンを発動している。その魔法により斬撃の軌跡を自由自在に操作することができ、斬撃そのものを数十キロまで伸長させることも可能となっている。春菜の刀の刀身の長さと春菜の腕の長さを足せば二メートルはいかないもののそれに匹敵する間合いになる。そこにハングドマンの魔法が加わることによって間合いを無限に引き伸ばすことができる。


 つまり、エンペラーの首を切断するのに十分な長さを有しているということだ。


 直後、振り抜かれるはずの刀身が鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音を響かせて止まってしまった。


「……嘘ッ!」


 春菜は高層ビル三棟分まで伸びた紅色の刀身を見て驚愕する。次に起こったのは落下だ。エンペラーから何かしらの攻撃を受けたのではない。地球の重力によって自由落下し始めたのだ。その最中でも春菜は信じられない光景に目を見開いていた。


 当然のことだ。


 春菜の『時空間切断じくうかんせつだん』は原子レベルの隙間と空間に結界を割り込ませ切断するという攻撃に特化したものだ。それなのに断頭されるはずのエンペラーの首から弾かれてしまったのだ。


『その程度の魔法で我の首が斬れるとでも思ったか。この戯けどもが!』


 エンペラーは打ち上げられた首を正面に戻す。その瞳には憤怒の炎が灯り、肉食獣特有の牙を剝き出しにした口から稲妻が迸る。その口内には感知能力が著しく低い綾斗であっても莫大かつ強大な魔力が圧縮されていくのを感じた。


 そう。魔力を感じることができた。


 いつの間にか魔力を感じることができなくなる結界が消えていたのだ。


 そんなことよりも目の前の現実に全員の背中に悪寒が走る。


 夏目は転移魔法で春菜を呼び戻そうとするが、魔法陣の展開可能範囲外に夏目がいるせいで表情がどんどん青ざめていく。


 春菜も夏目の魔法陣の展開可能範囲外にいることに気付いたのか「いよいよやばいかも」と言いたげな表情を浮かべて最後の抵抗として刀を構える。今も自由落下は続いている。そのせいで短髪にもかかわらず髪が荒れ狂い、鬱陶しい限りだが今はそんなことどうでもいい。この場を切り抜けられる方法が思いつかない。


 そんな春菜の身体を真横から衝撃が走った。予期せぬ方向に加えて突然の衝撃に「ぐえっ」と痛々しい声を上げながら目を向けると、そこには足裏から炎を噴射して春菜の身体にしがみつく幼女になった新葉の姿があった。


 新葉はサンの炎で春菜を空中で捕まえてそのまま夏目の魔法陣の展開可能範囲に入るつもりなのだ。その証拠に炎の火力を上げるのと同時に収束させて青白い炎へと切り替えている。さらなる加速に磨きが掛かりエンペラーとの距離を広げていく。


 しかし、そんな抵抗も虚しくエンペラーは口を大きく開ける。


『消し飛べ。真名解放――「最強の一撃ビッグバン」――ッ!』


 轟音とともに超高密度に圧縮された魔力が砲弾となって放たれる。空気は圧殺され、空間は歪み、目まぐるしい光を帯びて二人に襲い掛かる。いや、島全体に襲い掛かる。


 この場にいる全ての者が危険に晒される中、一組の男女が立ち上がった。

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