目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第62話

 上空を舞う新葉と春菜。その二人に目掛けて放たれた『最強の一撃』を前に成す術を持つ者は一人しかいない。


 綾斗は瞬時に理解した。


 エンペラーが放った渾身の一撃は二人を呑み込み、そのまま島そのものを跡形もなく消し飛ばすほどの破壊力を有していることを。そして、それを止められるのはこの場で絶対守護の城壁を発動できる自分しかいないということを。


 肝心な魔力は不足しているが、それを解決してくれる頼もしい姉が少年の背中に手を当ててくれている。


「左腕はまだ動かないが、まあ、なんとかなるか。冬香、頼んだぞ!」


 冬香は綾斗の背中に当てていた右手に加えて空いていた左手も当て力を込める。今の綾斗は立っているだけでやっとの状態なのだ。そんな少年の身体を支えるように両手を当て冬香は準備ができたことを伝え頷く。その顔には今までにない覇気を感じる。


 初めて会った時は覇気の無い無表情でゲームと家族以外に興味も関心も無かった少女とは思えないその姿に綾斗だけでなく、二人の隣に立っている夏目も頼もしさを感じていた。


 綾斗は微笑むとすでに発動していたタワーの盾を前方に射出し空中に固定するように浮遊させる。冬香から供給される底なしの魔力をふんだんに注ぎ込むため、突き出した右手に魔力を集中させ収束させる。動かない左腕はだらりと垂れているだけだが、邪魔にならないのならそれでいい。


――俺はただ発動するだけでいい。


 そう。踏ん張るのも魔力の供給も全て冬香に任せている。と言うのも綾斗が空元気で立ち上がったことはすでにバレてしまっている。また、綾斗自身も隠す気がないようでどんどん顔色が悪くなっていく。


 綾斗の背中を両手で支えている冬香からは見えないが、血の気すらなくなってきている。


 しかし、もうそんなことは言っていられない。


 最強の一撃はすでに放たれている。


「真名解放――『王都不滅の城壁キャメロット・キングダム』――ッ!」


 円盤状の盾が光り輝き内側から弾け、目を空けていられないほどの閃光を放つ。その閃光は独自の意思を持っているかのようにみるみるその形を変貌させていく。冬香から供給された莫大な魔力で象られたからか、淡い紫色の魔力を纏った半透明の巨大な難攻不落の城壁が顕現する。


 今ここに最強の一撃対絶対守護城壁の戦いが再戦する。


 再び衝突する矛盾の代名詞。


 最強の一撃と城壁の境目にある空気は弾け飛び、海は分断され、城壁の防御範囲外に広がるジャングルはあまりの衝撃で木々が根こそぎ剥ぎ取られ、大地はめくり上がり荒野へとその姿を変える。秋蘭と夏目が打ち上げられていた岩場は岩石そのものがどこかへ吹っ飛ばされてしまい、砂浜は瞬く間に原型を失い砂嵐を巻き起こす。暴風荒れ狂う砂浜は足場はおろか視界すら危うい状態になってしまう。


 もちろん綾斗と冬香が立っている場所も例外ではない。城壁の防御範囲内であっても、範囲外から流れ込んでくる衝撃の奔流が砂嵐を巻き起こし、地響き起こし足場をより一層悪くする。


 今綾斗と冬香がタワーの魔法を解除してしまえば間違いなくエンペラーの『最強の一撃』の餌食になってしまう。


 夏目は二人を守るために足場替わりの魔法陣を足元に展開し、同時に砂嵐と暴風から守るために魔力防壁を張る。


 上空では二人の姉妹が奮闘していた。




☆☆☆☆☆☆




 矛盾の衝突に一番近かった新葉と春菜はタワーの城壁によって傷一つ追うことはなかった。


 しかし、衝突の余波によって生じた暴風により二人は身体の自由を失い、完全に鉛色の空へと投げ出されてしまった。


 新葉はなんとか炎を噴射して体勢を整えようとするが、いかんせん空間が歪むほどの魔力の奔流に炎が灯ったそばからすぐに消え失せてしまう。さらには春菜と空中で離れ離れになってしまった。浮遊魔法を使えない二人にとって今まさにスカイダイビング真っ最中なのだ。


「早くなんとかしないと」


――口を動かすより頭を動かせ! 


 新葉はそう自分に言い聞かせながら必死に手足から炎を噴射させる。その時、突風に流され自由落下している春菜の姿を捉えた。


 このまま勢いで砂浜に落下すればいくら身体能力強化の魔法や魔力防壁を展開していたとしてもただでは済まないだろう。


 そんな状態にも関わらず春菜は薄っすらと笑みを浮かべていた。


 刀は鞘に納め、その時が来るのを待っているのだ。


 春菜はまだこの戦いに置いて自身の役目を見失っていないのだ。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?