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第63話

 砂浜でも負けず劣らずの死闘を繰り広げている。


 半歩引けば跡形もなく消し飛ばされる。


 互いに真名解放をしたタロットカードの衝突は初めてだ。


 サンとの戦いではただの超高熱と太陽の如き炎を纏った突進攻撃だった。上陸前のエンペラーとの戦闘では様子見と言わんばかりの欠片ほどの魔力砲弾に過ぎなかった。だが、今行われているのは正真正銘本気のぶつかり合い。


 綾斗の背中を支えている冬香は綾斗の魔力神経を傷つけないように莫大な魔力を注ぎ込んでいる。注ぎ続けている。それを示すかのように紫色の魔力を纏った『王都不滅の城壁』は未だ消滅せず、綾斗が一人で展開するよりも凄まじい耐久性を見せている。それでもエンペラーの『最強の一撃』を防ぐには足りない。徐々にだが確実に押されている。


――せめてあと二人分の魔力が欲しい。でも、アヤトとの共同作業を誰にも邪魔されたくない。


 冬香はこんな状況で何を考えているんだと思い自身を呪った。


『冬香ちゃん! このままだと負けるのは目に見えている。タロットの同時解放で打ち勝つしかない。今それができるのは君だけだ!』


 突然、冬香の頭に直接子どもの声が響いた。聞き覚えのあるその声の主はタワー本体だ。焦燥感を帯びた声が現状の不利を物語っている。この場を切り抜けるにはタワーの提案を受け入れるしかない。


「ごめん、アヤト。やっぱり私一人じゃ駄目みたい」


 悲し気な少女の声は今まさに行われている矛盾の余波で少年の耳に届く前に荒れ狂う空に舞ってしまう。


「――『女教皇ハイプリエステス』――発動」


 綾斗は背後で何が起こっているのか分からない。気に掛ける余裕がない。この一瞬でさらに魔力の出力を上げてきたエンペラーの攻撃に今は耐えるしかない。


――前言撤回。


 綾斗は冬香に全て任せた自分を殴り飛ばしてやりたいと思った。


 踏ん張るのも魔力供給も一緒だ。冬香と一緒にこのエンペラーの攻撃を受け止めて五つ子と一緒にエンペラーを封印する。


 綾斗の魔力は心臓であるコアから生み出されるため、ほとんど上限というものはなく、無限大に等しい。しかし、それを全力で振るうためには全身をめぐる魔力神経が普通の魔法使いの倍以上の強度が必要になる。魔法に対する訓練を始めたばかりの頃の綾斗には、タロットの魔法を操ること自体が不可能だった。


 だが、タロットの魔獣との死闘を繰り広げ、数々の死線を潜り抜けてきたことでその成長速度は並みの魔法使いを遥かに超えていた。すなわち、魔力の放出量の限界値は五つ子には及ばないものの、それに近いものに成長を遂げている。


 もう二度と自分の魔力に負けることがないように。次に自分が壊れるような事態になればその時は独力で立ち上がり戦い続けられるように。


 自らに課した呪いとも言える戦いへの執念。いや、ヒーローとして誰かを守るために必要な力を渇望する少年の願い。今まさに内なる本能がその望みを叶えようと莫大、かつ、強大な魔力を生み出す。


「うおおおぉぉぉおおおおおおっ!」


 綾斗は雄叫びを上げ、満足に動かないはずの左腕を勢いよく突き出し、心臓となったコアから生成される無限大の魔力を一気に放出する。放出された魔力は城壁に直接影響を与えるため本来可視化されない。


 しかし、綾斗の特異体質は違った。


 赤黒く染まった魔力は綾斗の両掌から稲妻のように迸る。完全に魔力をコントロールできていない証拠でもあるが、魔力の生成方法が異端であるため仕方がない。それでも目まぐるしい光とともに『王都不滅の城壁』が一回りも二回りも大きくなり、壁も倍以上に分厚くなる。


 次の瞬間、背後から六本の緑色の竜巻が立ち上り、暴風を巻き起こしながら『王都不滅の城壁』の内側に接触する。


 綾斗がはっとした表情を浮かべると、紫色と赤黒い魔力を纏った光り輝く城壁は腐敗するのではなく、緑色の竜巻と重なり深緑へと色を変える。さらに城壁は大きな渦に呑み込まれその姿を消滅させてしまう。だが、本当に消滅した訳ではない。この変化の間も凄まじい余波によって『最強の一撃』を受け止め続けている。城壁を呑み込んだ渦は瞬く間に内側から破裂し、新たな姿となった城壁が顕現する。


 壁という概念を一新する姿。


 例えるなら巨人。


 城壁は岩のような筋肉を纏った緑色の巨人へと姿を変えて出てきたのだ。


 この瞬間、最高峰の魔法が込められたタロットカードが融合する。


「アヤト、行くよ」


 背後で踏ん張っていた冬香が静かに綾斗と並び立ち両手を突き出す。


 冬香は身体の内からあふれ出てくる力に嬉々とした感情を覚えるが、表情は緩むことを知らず、一層引き締まり勝つために少年と意識を同調させる。


「「重複解放じゅうふくかいほう――『王都不敗の腐浄明王ジャイアント・ディケイダム』――ッ!」」


 二人は同時に魔法名を叫び、全く同じタイミングで右腕を振り被る。


 すると『王都不敗の腐浄明王』も二人と全く同じ動作を行う。


「「はあああぁぁぁああああああああっ!」」


 二人は渾身の力を込めて勢いよく右手の掌底を突き出す。それに呼応するかのように明王も鬼の形相を浮かべて右手の掌底を勢いよく突き出す。


 明王の掌底が『最強の一撃』を正面から受け止める。凄まじい轟音と爆音に加えて激しいスパークを纏った閃光が入り乱れる中、明王は確実に押し返していく。明王の能力はタワーの防御力に加えて、ハイプリエステスの腐敗させる力を有している。つまり、明王が受け止めたその瞬間から『最強の一撃』は腐敗し続け、威力と破壊力を失い続けているのだ。そこへタワーの防御力が加われば押し返せないものはない。


 エンペラーは驚愕を露わにしながらも、口をさらに大きく開けて破壊の閃光の出力をさらに上げて強く放出する。


 この瞬間、エンペラーはある人物の存在を忘れていた。

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