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第64話

 未だ乱気流に呑まれたように空中を縦横無尽に乱舞している春菜はその時が来るのをジッと待っていた。


 新葉は必死に手足から炎を噴射させて春菜の安全を確保しようとしているが、やはり炎が上手く灯ってくれない。少女はここに来てようやく自身の魔力が枯渇してしまっていることに気付いた。エンペラーの顎を跳ね上げた『超新星爆発スーパーノヴァ』は少女が思っていた以上に魔力の消費が激しかったのだ。それでも『超新星爆発』がサンの『真名解放』でないことに驚きを隠せない。


 二人が自由落下している今でも『最強の一撃』と深緑色の巨人となった『王都不滅の城跡』の掌底がぶつかっている。


 巨人の能力は考えずとも分かる。


 おそらくハイプリエステスとタワーを同時に発動したのだろうが、ただ同時に発動した訳ではないことは見れば分かる。


 新葉が思考を巡らせているとサンが深緑色の巨人を見て高らか笑い始める。


『あれは「重複解放じゅうふくかいほう」やな。久しぶりに見たわ。あ、封印されてたから当たり前か。あはははははは!』

「重複解放?」


 新葉は聞き慣れない単語に復唱する。


『まあ簡単な話、二枚のタロットカードを同時に発動する。けどな、ただ二枚同時に発動してもそれは二枚のタロットカードが一枚ずつ発動されるだけやねん。重複解放はな、発動した者同士が上手く同調せなできんのや。ああ、でもアレやで、一人が二枚発動すればできるけどな。それ相応に魔力は必要になるけど』

「二枚のタロットが合体するとどこまで強力な魔法になるの?」

『そりゃあ見てたら分かると思うけど、強いて言うなら最高峰の二枚掛けやな。タロットはそれぞれ突出した「最高峰」を持っとる。それらを掛け合わせてさらなる魔法に昇華する。今回のタワーとハイプリエステスの重複解放は差し詰め「王都不敗の腐浄明王」と言ったところやな。あの巨人が触れたもんはその瞬間から腐敗する。その侵食スピードは普通のハイプリエステスの比やないで。そして、タワーの性質も持っとるから防御力が怪力の役目を果たすからエンペラーの「最強の一撃」も押し返すことは可能や。押し返すことはな……』


 そう言ってサンは何が面白いのか爆笑する。その笑い声はどんどん遠のいていく。


 どうやら重複解放について新葉に教えてあげたかっただけのようだ。


 話の通りなら発動者同士が同調する。いわゆる、心と心を通わせるということなのだろう。


 タワーとハイプリエステス。その所有者は綾斗と冬香。


 また冬香がどこかへ行ってしまう気がした。


 新葉は首を横に振り戦況を確認するため思考を巡らせる。


 サンの言う通りなら押し切ることができるだろう。ただ、あくまでもタワーは守りのタロットカードであり、テンパラスは腐食させるカードだ。封印できるまでのダメージを与えられるとは思えない。そもそも『最強の一撃』が連射できないとは誰も言っていない。仮にこの一撃を押し返せたとしても次があるかもしれない。


 そうなれば誰もエンペラーを止められない。


――誰か誰でもいい。決定打を与えて!


 新葉が心の中で叫んだ瞬間、ついにその時が来た。


「……隙あり……」


 春菜は静かに呟くと鯉口を切る。今までにない綺麗で見事な抜刀術に春菜は確実に仕留められると思った。なにせ放たれた居合いの斬撃はハングドマンの魔法により変幻自在となる。軌跡そのものを数十キロまで伸長させることができ、真っ直ぐではなく螺旋のように渦を描くことができる。


 エンペラーが尚も放ち続けている一条の閃光。それに添えるように螺旋を描きながら瞬く間に斬撃は伸びていき、正確にエンペラーの口内にあるコアを両断する。




『しまっ……た……』




 エンペラーはコアを失い、放たれていた魔力砲弾は魔力の供給が途切れたことにより、明王の腐食の効果によって完全に打ち消された。そして、龍の姿をしたエンペラー本体は内側から激しい閃光とともに光の粒子となって消滅した。




☆☆☆☆☆☆




 先程までの死闘が嘘ように海は元に戻り、暴風もその姿を潜めてしまった。


 綾斗と冬香は安堵の息を漏らすとその場に座り込んでしまう。綾斗に至っては大の字になって砂浜に寝転んでしまう始末だった。それほどまでに二人は心身ともに疲弊していたのだ。


 エンペラーの『最強の一撃』を受け止め続けた『王都不敗の腐浄明王』は維持するだけでも相当な魔力を消費してしまう。加えて押し負けないように常に出力を上げ続けないといけなかったため、底なしの魔力総量を誇る冬香ですら座り込んでしまっていた。


「おーい! 皆、大丈夫だった?」


 頭上から春菜の呑気な声が聞こえてくる。


 空中に放り出された春菜と新葉が額に汗を流しながら舞い降りてくる。


 新葉は魔力を使い切ったことでサンが解除され幼女の姿から元の女子高校生の姿に戻っていた。


 天空より舞い降りし二人の天使は心身ともに疲れ切っていたのだろう。足が砂浜に着くなりへたり込んでいた。特に新葉は『超新星爆発』を発動した影響で綾斗と同様、砂浜に大の字になって寝転がっていた。


 春菜は春菜で右手に持つエンペラーのカードを凝視しながら胡坐をかく。


 とても女子高校生が座る姿勢ではないが、この場に注意できる人間は――


「春菜、座り方に気をつけて下さい」


夏目がちゃんと春菜に注意してくれた。


 春菜は「ごめんごめん」と言ってすぐに足を伸ばす。


「これで皇帝のタロット確保っと」

「その様子ですと所有権は春菜にあるようですね」

「そうみたいだね。多分、私が止めを刺したからだと思うけど。相性で言うなら冬香の方がいいよね?」

「魔力総量で言えば確かに冬香が一番です。しかし、春菜の『時空間切断』を纏わせればこの中で一番の威力を発揮できるでしょう。どれだけ疲弊していてもエンペラーで放つ斬撃ならかなりの威力になるはずです。それに冬香は一撃よりも圧倒的な火力が売りですので」


「んー。分かった。夏目が言うならそうする」


 春菜は懐にタロットカードを納める。


 冬香はぼうっとした表情を浮かべながら春菜を見つめる。


 その視線に気付いた春菜が小首を傾げる。


「多分だけどエンペラーは最初から春菜を狙ってたと思う」

「え、どうして?」

「ここに来てから春菜の調子が良すぎたから、エンペラーと共鳴してたのかなって。それにエンペラーの所有権を得てから春菜の魔力の質が上がってる気がする」

「確かに言われてみればそうかも」


 春菜は納得したのか手をぽんと叩く。全身にみなぎる魔力の流れがいつもより緩やかだが力強さも感じる。相性のいいタロットの所有権を得たことで春菜自身にも変化が起きたということだ。少女は新たな力を手にガッツポーズを取る。


 その喜びも束の間、島を大地震が襲った。いや、地震にしては何かが違う。


「地震は地底のプレートのずれによるものです。これは島そのものが揺れています」

「夏目、説明はいいからどうすればいいの? 船はエンペラーに壊されちゃったし。そもそもここは元々地球にあった島だよね? それなのにどうして……」

「おそらく、この島は崩壊寸前の島だった可能性があります。そこへ偶然にもエンペラーが住み着き、その強大な力が加わったことで『島』として機能していたのかもしれません」

「ってことは、エンペラーがいなくなったら……」


 秋蘭が結論に至る頃には揺れはさらに強くなり、島の中心から莫大な魔力が柱のように一条の閃光となって天を穿つ。


 エンペラーとの戦闘で姉妹たちはほとんどの魔力を失っていた。ゆえにこの場を切り抜けようと模索しようにも魔法が使えないのではどうしようもない。少女たちが諦めかけた時、唯一少年だけは冷静に海の状態を把握していた。


「島が崩壊寸前で荒れているが何とかなるか。――『錬成始動オープン・ワークス』――」


 綾斗は心の底から自身と融合したタロットカードがフールで良かったと思った。


右手を海に向け巨大な木製の船を錬成したのだ。その船は簡素な出来前であり、湖や池などで釣り人や観光客が貸し出しに使うようなものをこの場にいる全員が乗れるようにしただけだ。


 少年は笑みを浮かべるや身体の異変に気付いた。


「そうか……魔力、切、れ……か……」


 数秒してすぐに綾斗の意識は完全にシャットダウンしてしまった。



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