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第68話

 常盤市の地下に広がる繫華街。そこは有名な百貨店もあれば衣類や靴、鞄と言ったファッション系の店もあり、子どもが大好きな玩具やゲームと言った様々な店が入っている。もちろん飲食店やカフェなどもあるため、休日、特に夏休みに入った常盤市の学生たちの憩いの場となっている。


 ゆえに右を見ても左を見ても学生だらけであり、部活帰りなのか体操服を着た者までいた。学校にバレればただでは済まない、という訳もなく、高校生なら問題さえ起こさなければ体操服のままでも買い食いやら買い物なんかは普通にしている。


 強いて注意されるであろう学校を挙げるなら、それはおそらく常盤桜花学園のような身分や品性を重んじるお金持ち学校くらいだろう。


 綾斗はそんなことを思いつつ休日らしい休日を過ごせていることに歓喜に打ち震えていた。


「あの先輩、デパ地下に買い物ってもしかして伏見先輩達に何かプレゼントでも買うつもりですか?」

「まさか、そんな訳ないだろ。妹が欲しいって言ってた物があるから、それを買いに来たんだよ。それと……」


 綾斗は自身の私服を見て重い溜息をつく。


 茶色のチノパンに赤いチェック柄の半袖シャツという色の統一感もなければ、取り敢えずズボンと服を着ました感が否めないそんな服装だ。


「そうでしたね。単なる口実かと思っていました」


 琥珀は苦笑しながら言う。


「『ついに妹にダサいと言われた』って急にメッセージが来た時はびっくりしましたよ。確かに奇抜なファッションセンスをお持ちなようですが、私は好きですよ」

「お世辞でも嬉しいよ」

「そんなお世辞なんてとんでもないですよ。本当に好きですよ、谷坂先輩のファンションセンスとか私服姿とか。元々容姿淡麗なんですからどんな服も似合っていて当然です」


 綾斗は困ったように頭を掻く。


 なぜ琥珀と一緒に地下街へ買い物に来たのか。それは綾斗のファッションセンスに問題があったからだ。伏見家の養子としてだけでなく、実の妹の羞恥を晒してしまうまではいかないものの、それに相応しいまでの高校二年生男児にそぐわぬ服装をしていた。簡単に言ってしまうととてつもなくダサいのだ。そのため琥珀が言ったように昨晩綾斗が琥珀に送ったメッセージから一緒に買い物に出掛けることになったのだ。


 綾斗が知る中でファッションセンスがあり、尚且つ、普通に話せて庶民的な価値観が通じるのが琥珀しかいなかったのだ。もしも伏見家の人間に自身の壊滅的なファッションセンスの話をしようものなら、すぐに高級ブランドを買わされたり、面白がって意味の分からない服を着させられたりするに決まっている。


「あの……今日は誘って頂きありがとうございます」

「礼を言わなきゃならないのは俺の方だよ。ありがとうな」


 二人の周りに淡い桃色の空気が流れる。


 これが充実というものなのだろうか、と綾斗は幸せそうな笑みを浮かべる。


 二人でプレゼントを買いに行き、二人で似合いそうな服を探す。


 綾斗が求めていた普通の時間。そして、それはまるで男子高校生が求める可愛い女子高校生とのデートのようだった。


 ドスッ!


 まただ。綾斗は余所見をして前を歩く人にぶつかってしまった。今日は本当に気配を感じ取ることが出来ない日だ、と思い綾斗は申し訳ない気持ちでぶつかってしまった人に謝る。


「すいませ……ん?」

「こちらこそ、急に止まってしまって……?」


 綾斗はぶつかってしまった人を見て驚き目を見開いてしまう。


「夏目!」

「綾斗くん!」


 綾斗とぶつかったのは夏目、ではなく、秋蘭だった。


 秋蘭は琥珀の存在に気付き軽く会釈する。


 琥珀も会釈をしてから綾斗の袖を掴んで言う。


「谷坂先輩、夏目先輩じゃなくて秋蘭先輩ですよ?」


 その瞬間、綾斗の目に琥珀と誰かの姿が重なった。一年や二年前ではない。もっと昔に同じように袖を掴んで綾斗に何かをした、あるいは綾斗に何かをしてもらった少女の影がちらついた。


 綾斗が思い出すために深く考え込んでしまったせいで静かな間ができてしまった。


「……」

「どうしました?」

「え、あ……悪い。何でもない」


 誰だか分からない。ただ思い出せたのは綾斗がまだ小学生だった頃に出会った誰かだというところまでだ。


「そんなに見つめて……さては綾斗くん、琥珀ちゃんのこと……」


 秋蘭は悪戯っ子のような笑みを浮かべて綾斗ににじり寄る。


 綾斗は急に顔を近づけられたせいで後退ってしまう。


「ち、ちょっ近いぞ」

「ええーいいじゃないですか。もう家族なんだし」

「そう言う問題なのか?」

「もちろんです!」

「なら、どうして俺と話す時だけ敬語なんだ?」

「え、いや……それは、その……ノーコメントで!」

「なんだよ、それ」


 そんな他愛もない会話をしている二人の姿を羨ましそうに見ていた琥珀は、面白くなさそうにそっぽ向く。しかし、その動作が幸いした。視線の先には得体の知れない何かが不穏な気配を纏って静かに近づいていた。そして、気付けば今まで賑わっていたはずの地下街の通路には三人と異形の存在以外誰もいなくなり、不気味な静けさだけが広がっていた。


 琥珀は思わず息を呑む。


 異形の存在。動物と言うにはあまりにもかけ離れた姿形をしているそれは四本の足を動かし、静かに、されど確実に三人のいる所まで歩を進めている。


 最初に気付いたのが琥珀と言うこともあり、あまりの衝撃で絶句していたため、綾斗と秋蘭は一歩遅れて異変に気づき、琥珀の盾になるように前に立つ。


二人は自身の感知能力の無さに嫌気がさしてしまうが、目の前に魔獣が現れたことで全身に魔力を纏う。


「魔獣と戦う時の基本その一魔力で身体を覆う。身体能力強化には及ばないけど攻撃力、防御力が素の状態の倍近く変わるから常日頃から意識して行うようにして下さい。最終的には無意識でも魔力で身体を覆える状態に持っていきたいと思ってますから」

「それ冗談だよな?」

「もちろん冗談です」


 秋蘭は微笑みながら言うと、すぐに表情が一転して真剣な面持ちになる。


「でも魔力を使って戦うなら最低でも五時間から六時間は魔力を纏えるようにならないと本当に死んでしまいますよ」


 少年はこれまでのタロットの魔獣との戦いを思い出す。戦いの度に何度も死の淵を彷徨った。そして、その度に身体が魔力に順応していった。


 綾斗は呼吸をするが如くフールの魔法を発動する。


「――『贋作鋳造・可変カウンターフェイト・サードオープン』――」


 綾斗の両掌から莫大な魔力が赤黒い稲妻となって迸り、一度身の丈ほどの大剣を象ったエネルギー体になったかと思えば収縮していき内側から弾ける。生成された得物は幅広の刀身と黄金の柄に青い宝石が埋め込まれた双剣へと変貌する。それは北欧神話に出てくる魔龍を倒したとされる魔剣を綾斗が魔改造し、量産したものだ。


「――『贋・魔龍殺しの怒りの双魔剣バルムンク・グラム』――」


 綾斗が双魔剣の真名を唱えたことでその性能が発揮される。


 直後、綾斗の耳に怯えて息が絶え絶えの呼吸音が聞こえた。振り返るとそこには琥珀が生まれたての小鹿のように足を振るわせてへたり込んでいた。


「あ、あの……せ、先、輩……」


 二人は失念していた。


 魔法の存在は公にされていない。それにはそれ相応の理由がある。本来なら二人のどちらかが琥珀を安全な場所に隠れさせてから魔獣と戦うべきだった。それを二人はただ守るという選択肢のみで行動してしまったのだ。脳筋二人組なら仕方のないことなのだろうが、ある人物に知られたらと思うと二人は背中に悪寒のようなものを感じる。


「夏目にバレたら怒られそう」


 秋蘭はげんなりしながら再び魔獣と向き合う。


 綾斗も重い溜息をつき双剣を交差させて構える。


『なかなかの名演技だね、琥珀たん』


 琥珀の頭の中にまるで漫画やアニメに出てくる太ったキャラクターが発するような野太い声が直接響く。


 琥珀は不意に相棒の爆笑を誘う声を聞いてしまったせいで吹き出しそうになるも、寸でのところで止めて心の中で不敵な笑みを浮かべる。


「先輩たちのお手並み拝見といきますか」


 二人に聞こえるか聞こえないかの声で琥珀は呟くのだった。

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