「空間を切り取って別の空間と繋ぐ。もしくは別の場所と場所を繋ぐ魔法だとするなら、どこかに境目があるはず。そして、おそらくその境目は魔力を帯びた武器なら破壊できるはず」
綾斗は今までの戦いから得た知識を総動員して現状の打開策を練る。タロットの魔獣を倒すこともそうだが、秋蘭と琥珀が心配だ。二人と合流することを優先したい思いもあるため、いかんせん方法が思いつかない。
矢を放ち境目を見つけることが出来たとして、その矢が二人を襲うかもしれない。だからといって武器をやたら目ったらに振るう訳にもいかない。手持ちのカードを使おうにも数秒発動しただけで身体が駄目になってしまう。使えるのはフールの魔法と付け焼き刃程度の魔法に関する知識だけだ。
そこで綾斗はふと我に返った。
今まで漫画やアニメだけの話だと思っていたことが現実になったのだ。ならばそのサブカルチャーから得た知識も戦いの役に立つんじゃないのか、と。
以前読んだ漫画で主人公が巨大迷路に入ってしまうという話があった。しかもその迷路の正体が同じ空間を繋ぎ合わせたものという、今の綾斗の状況と一致するところがある。
「たしか迷路の正体に気付いたのは……壁に印を付けてたんだっけか。けど、今回はもう迷路の正体に気付いているから、迷わない方法を使うか」
綾斗はそう言ってフールの魔法効果を帯びていない物を錬成する『
少年は意を決したようにクラウチングスタートの体勢を取り、一息にタイル張りの通路を駆け抜ける。
残像こそ現れないものの、常人ではありえない程の速度で駆ける。
空間の境目を通過すれば、すぐに命綱が目に付くはずだ。仮に境目の先をタロットの魔獣が操作できたとしても、今の綾斗の速度なら追いつけない。確信は無いが、現段階で一番の突破口である。
「見つけた!」
視線の先に不自然にロープが浮いている。
通路の真ん中、いや、空間の真ん中と言うべきか、文字通りにロープが浮いている。試しに引っ張ってみると自身に結んでおいたロープが締め付けられる。このことから目の前に浮いているロープが自身のものだと分かる。
「ここだな」
目を凝らすと赤い線が通路の壁と天井に境界線の如く描かれていた。そして、それより先に腕を伸ばすと、そこには綾斗の腕は無かった。痛みは無い。だが、本当に腕が無くなってしまったと思い尻もちをついてしまった。
「この線さえ切れば二人のところに行けるはずだ。――『
綾斗は両掌に莫大な魔力を集中させ赤黒い稲妻となって迸る。それらは瞬く間に収束されエネルギー体の二振りの大剣を作り出す。さらにそこから圧縮、いや、縮小させることで双剣へと姿を変える。自身が最も使い慣れている魔剣にして双剣――『
反撃開始だ。
☆☆☆☆☆☆
おそらく、いや、確実にタロットの本体は異常に首の長い狼のような見た目をしている魔獣だ。
その魔獣が今、秋蘭と琥珀の目の前にいる。不用意に近づけば綾斗の二の舞になってしまうため、接近戦特化型の秋蘭は攻めあぐねているのだ。ただじりじりと距離を詰められる一方で後退しようにも、いつどのタイミングでどのように魔獣の魔法が発動するか分からないため身動きが取れないのだ。
琥珀は唯一タロットの魔獣がホイール・オブ・フォーチュンだと知っているため、それだけでも言いたいところだが、生憎、少女は今の状況を少しだけ楽しんでいる。タロットの魔獣との戦いは片手で数える程度しかしていないため、どうしても狂気が勝りそうになってしまう。
もう猫を被るのを止めて戦いたい、そう思った矢先、背後から聞き慣れた少年の声が聞こえた。
振り返るとそこには双剣を持った綾斗が血相をかいて走ってきていた。
「秋蘭、駿河、伏せろ!」
少年は叫ぶや否や両足を滑らせるように急制動を掛ける。さらに右手に持った双剣にして魔剣――バルムンクを大きく振りかぶり、走ってきた勢いを全て乗せつつ、魔力を纏ったことで上がった筋力から生み出される膂力を付与し、力いっぱい投擲する。
超高速で回転するそれはあまりの速さに白い円盤に見えてしまうほどだが、投げる際に魔力を注がれていることもあり、人体が触れれば紙の如く両断されるだろう。
秋蘭はいち早くバルムンクの凶暴な殺傷力に気付き、琥珀に飛び掛かるように覆いかぶさり自身の身と琥珀の身を守る。
間が合った。
空気を切り裂く鋭い音が急に消えたと思えば、生々しい音が通路に響き渡る。
まさか、と思い秋蘭は勢いよく身を起こし綾斗を見やる。
そこには「やってやったぜ」と今にも笑みを浮かべそうな五体満足、傷一つない少年が空いた右手を力強く握り歓喜を露にしていた。
秋蘭はてっきり投げたバルムンクが綾斗に刺さってしまったと思ったのだ。しかし、現実はそうではなく、少年はむしろ戦いが始まった時よりも元気になっていた。
「あ、秋蘭先輩……あれを……」
覆いかぶさるように守っていた琥珀の言葉に我に返った秋蘭は魔獣を見やる。
なんと魔獣の
正面から投げたのだから頭部に、もしくは背面に刺さる、あるいは切断するはずだ。それがどうして真横にある横腹に刺さっているのか。
答えは簡単だ。
綾斗は秋蘭と琥珀の背後に空間と空間を繋ぐ境目があることに気付いていたのだ。
「綾斗くん、凄い!」
「でも、あれって一歩間違えれば私たちに刺さってたってことですよね?」
「ん?」
「いや、だって丁度魔獣がT字の通路にいたから良かったものの、もしそうでなかったら、私たちの正面、もしくは背後からあの剣? が襲ってきてたと……思いますよ……?」
秋蘭は琥珀に言われて初めて先程の攻撃の危険性に気付き、綾斗に怒りをぶつけようとするが、すでに少年が目の前まで歩み寄っていたため、ただ睨むだけにした。
綾斗も綾斗で琥珀の言葉が聞こえていたらしく、とてつもなく申し訳なさそうな表情を浮かべるのだった。