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第68話 ナーマ復活!

 枢機卿が実は大司教であるシド・ティアヌスの兄という事実をミカエルから告げられた。

 家族の居ないアルにとって、肉親同士で争うのが不思議でならなかった。

 だからこそ、何故この兄弟が争う事になったのかが気になった。


「兄弟で争う理由はなんなんだ?」

「それは私を排除する者と崇め続ける者の違いです」

「そういえばそうだったな。でも、何で枢機卿はミカエルを排除しようとするんだ?」

「わかりません。教皇という立場に魅かれたか、あるいは金銭が目的か……」

「そうか……」


 ミカエルでも枢機卿が裏切った原因はハッキリしていなかった。だが、問題なのは反ミカエル派が枢機卿だけでなく、ダルク教内に数多く居るという事だ。枢機卿をどうにかしても、その他の教徒が納得するかは分からない。

 考え事をしながら窓の外を見ると、ダルクの街が良く見えた。特に高く真っ白な塔が等間隔で街を囲んでいるのは見応えがある。しかし、その塔には窓が一切無い。一体何のための塔なのか気になり、ミカエルにたずねる。


「街の周囲に建っている塔は何なんだ?」

「あぁ、あれは大罪の塔と言いまして、全部で7棟あります」

「大罪の塔?」

「はい。目の前に見える塔から順に、傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲となっています。それらの塔には塔を管理する大罪司教が毎日祈りを捧げています」


 会議室の窓から顔を出してアルは大罪の塔をグルっと見渡した。そして元の場所に戻ってくると、再び疑問を投げかける。


「窓が無いのは何でなんだ?」

「大罪の塔は元々大罪を犯した罪人を収容していました。なので窓が無いのです」

「もしかして、今も罪人を収容してるのか?」

「いえ、今は懺悔室のようになっています。己が犯した過ちの種類によっておもむく塔が違ってくるのです」

「そうなのか、色々あるんだな」


 アルはミカエルの言っている事の半分も理解できなかった。なので、ありきたりな言葉でこの話題を終わらせる。

 今はどうやって枢機卿率いる反ミカエル派を追い詰めるかの方が重要だ。


「そういえば、ミカエルが張った結界で反ミカエル派が分かったりしないのか? 悪だくみしてるなら邪な気持ちが結界に反応したりしないか?」

「残念ながら、私の結界はそこまで万能ではありません。アルファード様の影に潜んでいる悪魔を入れてしまうくらいですから」

「やっぱりバレてたか」


 ナーマが体調不良になったのは結界内に入ってからだったので、結界を張った者にナーマの存在は知られただろうとは思っていた。だが、影の中に潜んでいることすら看破されていたのにはアルも驚いた。


「ナーマの事は見逃してくれるのか?」

「見逃すも何も、同じ神界の民ですから。ジルから聞いたと思いますが、我々天使も悪魔も元はルシフェル様──大魔王サタンに作られた存在です。人間で言えば姉妹のような感じですね」


 とミカエルがサラッと大事な事を言う。ジブリールから聞いたかもしれませんがと言っているが、アルはこんな事実を聞いたことが無いし、神界についても話してくれたのはナーマだった。

 アルがジブリールの方へ向くと、ジブリールは気まずそうに視線を逸らした。


「悪い、ミカエル。それ、初耳なんだ」

「え? ジルは何も話さなかったのですか?」

「天使や悪魔が神界の民っていうのはナーマから聞いた。でも、悪魔と天使が同じ存在から生まれたっていうのは初耳だ」

「そうだったのですか」


 ミカエルもまたジブリールの方を向き、何かを言おうとしたが、ジブリールが顔の前で両手を合わせて必死に謝っている姿を見て、「はぁ、まったく」と一言こぼすだけに終わった。

 アルに向き直ったミカエルが丁寧に説明を始める。


「まず、大天使ルシフェル様と大魔王サタンが同一人物だという事は聞きましたか?」

「ああ、それなら聞いた」

「今から1000年以上前、神界で一際ひときわ大きな魔力を持って生まれた者が居ました。その者は聖魔力と闇魔力の両方を併せ持ち、その膨大な聖魔力を有している事から、天使の間では天使の長に任命されました。それが大天使ルシフェル様なのです。対して、ルシフェル様は闇魔力も持っていました。現在悪魔と呼ばれている民の間では、膨大な闇魔力を持つ者を歴代の大魔王サタンと崇めてきました。悪魔達の間ではルシフェル様は大魔王サタンとして悪魔達の長となったのです」


 ミカエルから語られた大天使ルシフェルと大魔王サタンの成り立ちを聞いたアルだが、話を聞くだけで精一杯だった。ただ、天使と悪魔が崇拝する存在が同一人物だという事は理解できた。そしてもう一つ────


「えっと、つまり大魔王サタンっていうのは、所謂いわゆる襲名制だったってことか?」

「簡単に言えばそうですね」

「じゃあ、また膨大な魔力の持ち主が現れたら、ソイツが新しい大魔王サタンになるって事か」

「その最有力候補がアルファード様ということになります」

「マジかぁ~」


 と言ってアルは頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。とはいえ、薄々は気付いていた。生まれ持った魔力が大きかったからこそ降魔の儀式の器にされ、その影響でアルの中には膨大な聖魔力と闇魔力を内包することになったのだ。

 だが、これは都合が良いとアルは考えた。アルの目的は人間も天使も悪魔も皆平等な世界を作ることだ。その世界が実現するとなれば、王は絶大な力が必要だろう。しかし、アルにはその魔力がある。ならば、その魔力を利用すればいいと考えた。


 しゃがみ込んでいるアルにミカエルが声を掛けようと近寄ると、勢いよく立ち上がった。


「今更悩んだって解決しない! それより反ミカエル派をどうするか考えよう!」

「は、はい!」


 アルの顔つきが何か吹っ切れたように晴れやかだったので、ミカエルは内心ホッとした。己の運命に絶望してしまっていたら、アルの中にある大魔王の魔力デザイアが覚醒する可能性があったが、杞憂に終わった。それは、アルファードという少年が強い心を持っていたからこそであり、だからこそ、ミカエルはアルを新しい主として傍で助力していくと決意が出来た。


「そうだ! ミカエルに頼みがあるんだけど」

「何でしょうか?」

「結界を弱めたりできないか?」

「結界を弱めてしまうと魔物が侵入する恐れがあります。ここダルクや大司教の居るアイアスならば対抗は出来るでしょうが、その他の小さな村に被害が出る可能性があります」

「やっぱりダメかぁ」

「なぜ結界を弱めて欲しいのですか?」


 そう問いかけられたアルが自分の影を指さす。


「ナーマの力を借りたいと思ったんだ。ナーマなら影に潜んで情報収集もできるし、色々役に立つと思うんだけど……ダメか?」

「そういう事でしたか……」


 ミカエルが顎に手をやり少しの間考える素振りをした後、アルの提案を呑んだ。


「分かりました。結界を弱める事は出来ませんが、アルファード様がナーマという悪魔の周囲に小さな結界を張れば普段通り活動できると思います」

「やった! といっても結界魔術なんて使えないんだけど?」

「それはナーマに直接教わってください」

「ナーマに? とりあえずナーマを呼び出すか。おーいナーマ、出てきてくれ」


 影に向かって呼びかけると、影がプクプクと膨れ上がり、やがて人型になると影が晴れ、ナーマが顕現した。

 久しぶりに姿を現したナーマだったが、アルが声を掛ける間もなくアルに口づけをする。

 その光景を見たジブリールとミカエルが同時に声を挙げたが、ナーマはそんなものは気にも留めずアルから離れなかった。


「ちょっと! 早く離れなさい!」

「私の前で堂々と、なんて羨ましい──いえ、なんて不届きな!」


 ナーマの急な口づけに戸惑っていたアルがナーマの背中をポンポンと叩く。すると、ナーマはあっさりとアルから離れた。


「サンキュー、ナーマ」


 アルがナーマにお礼を言うと、さっきまでだんまりだったジブリールが噛みつく。


「あ、アル! キスされてお礼を言うなんて! そんなにその女がいいんですか!」

「お、落ち着けよジル。ナーマは俺に結界魔術の術式を教えてくれてたんだ。ほら! ナーマをよく視ろ! 薄い結界に包まれてるだろ?」

「そんな言い訳は通じま──本当に結界が張られてますね」

「だろ?」


 アルの言う通り、ナーマの身体を覆う様に薄い結界が張られていた。それは魔力感知が優れているジブリールが目を凝らしてやっと視えるといった物で、この街の住民では気づくのは無理だろう。

 しかし、ナーマの突然のキスに納得がいかないジブリールがナーマに食って掛かる。


「貴方は久しぶりに姿を見せたと思ったら何をやってるんですか!」

「何ってナニよ。ふふ、羨ましいの?」

「そ、そんな事を言っているんじゃありません! 術式を教えるのにどうしてキスする必要があるんですか!」

「あら、キスで直接術式を流し込んだ方が手っ取り早いじゃない」

「ああ、もう! ああ言えばこう言うのは変わりませんね!」

「誉め言葉と受け取っておくわ」


 久しぶりのナーマの出現に早速振り回されるジブリール。

 アルとクレアは懐かしさすら感じていたが、初めてジブリールとナーマのやり取りを見たミカエルは口を半開きにして、まさに開いた口が塞がらないでいた。


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