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第67話 ペトロ・ティアヌス

 怒りでミカエルの魔力が溢れだしたことにより、聖騎士やシスター、大司教であるシド、そして、反ミカエル派である枢機卿までもが会議室になだれ込んできた。

 そして、シドが代表してミカエルに質問する。


「ミカエル様、先程の魔力は一体……?」

「すまぬ、少し昔の事を思い出してな」

「左様でございますか」

「しかし、あの程度の魔力の放出で身体が重くなるとは、私も先が短いかもしれんな」

「そ、そんな事はっ!?」


 ミカエルがわざとらしくテーブルに肘をつき、右手で顔を覆う。

 そんなミカエルに枢機卿がワザとらしく心配する様な声を掛ける。


「ミカエル様が弱気になってどうなさるのですか!」

「……そうだな。私にはまだやらなければならない事がある」

「その通りですぞ!」


 ミカエルが姿勢を元に戻すと、再び枢機卿が質問する。


「ところで、この者達は何者なのですか?」


 と言って俺達を睨む。

 俺がどう答えようかと考えていると、先にミカエルが答えた。


「その者達はニブルヘイムからの使者だ。なんでもニブルヘイムに司祭を招き、もう一度ダルク教を広めたいという申し出があってな。だろう? クラウディア王女」


 と、クレアに視線を送る。

 クレアも咄嗟に口裏を合わせる。


「はい、その通りでございます」


 クレアが前に一歩出て答えると、枢機卿は今度はクレアに疑問をぶつける。


「本当に貴女がニブルヘイムの王女という証拠はありますかな? よく居るんですよ、身分を偽ってミカエル様に取り入ろうとするやからが。なので気分を害されるでしょうが、身分を証明できる物はおありですかな?」

「ミカエル様の事を思えば当然の事だと思いますので、それで気分を害するなんて事はありませんよ。そして……」


 クレアが胸元からペンダントを取り出す。

 そのペンダントはかつて村で冒険者に見せていたペンダントだった。

 冒険者は偽物と言って信じなかったが、枢機卿は信じてくれるだろうか。


「これが王家に代々伝わるペンダントです」

「ふむ、どれどれ……」


 枢機卿がペンダントを手に取り、まじまじと見ると、ペンダントをクレアに返した。


「本物ですな。数々の無礼お許しください」

「いえいえ、ミカエル様を想っての事ですから」

「ありがとうございます。すると、後ろの人物達は?」

「私の家臣です。此処までの旅ですから少数精鋭で来ました」

「左様でございますか」


 そう言って枢機卿は俺達を一瞥すると、きびすを返してミカエルの横に戻っていく。

 一部始終を見ていたミカエルが言葉を発する。


「すまないな。用心深いところがあるんだ」

「いいえ、用心するに越したことはありません」

「寛大な心遣い感謝する」


 これで一件落着かと思っていると、ミカエルが会議室に押しかけて来た面々に言葉を掛ける。


「皆、騒がせてすまなかった。それぞれの持ち場に戻ってくれ」


 その一言で皆がぞろぞろと会議室から出ていく。シドと枢機卿もミカエルに一言挨拶し、会議室を後にした。

 全員が居なくなったのを確認すると、ミカエルが「はぁ~、つかれた」とさっきまでの威厳たっぷりな態度から一転いってんして、だらけた姿勢で声を漏らした。

 かくいうアル達も、急な出来事だった為、張り詰めていた緊張がようやくほぐれた。


「一時はどうなるかと思ったよ」

「申し訳ありません、私が未熟なばかりに」

「まぁ、ルシフェルを殺された時を思い出させたのは俺だし気にするな」

「はい、ありがとうございます」


 お互いに緊張が取れたのを確認したアルが、先程のやり取りで疑問に思った事を質問する。


「というか、俺達──いや、クレアがここに来た目的をよく知ってたな」


 そうなのだ。ニブルヘイムに再びダルク教を広める為にやってきた事はまだミカエルには話していない。

 それに、この事はアルとクレアの結婚にも関わる事であり、それによってアルの後ろ盾を得られるかどうかの問題でもある。

 それを何故ミカエルが知っていたのか不思議だった。


「誰が此処に来るようにクレアに言ったかお忘れですか?」

「確かに俺の旅に同行する様に啓示を受けたとクレアは言っていた。だけど、ダルク教をもう一度ニブルヘイムに広めるというのはニブル王からの頼みだ。それを知っているのはおかしいだろ?」


 アルがそう問い詰めると、ミカエルはクレアを軽く一瞥してから答える。


「啓示が出来るということは、その逆も出来るという事です」

「それは考えている事とかを覗けるってことか?」

「その認識で問題ありません。ただ、四六時中という訳ではなく、集中して相手の意識に潜らなければなりませんので、普段から私が関与するという事はありません。クレアに関しては旅に同行する様に啓示しましたが、それが上手く行ったか確認する為の一度だけです」

「なるほどな……」


 確かに四六時中頭の中を覗こうとしたら、本来の自分の仕事が出来なくなってしまうだろう。だが、覗きたい時に覗けるというのは、覗かれる立場からすれば脅威である。


「確認だけど、俺の頭の中も覗いたのか?」


 覗かれていた場合は良い気分ではないし、覗かれていなくとも、今後覗かれる可能性がある。


「いいえ、それは不可能です。アルファード様は私より上位の存在です。上位の存在には効果は発揮しません」

「そうか、それを聞いて安心したよ」

「何か覗かれて困るような事でも?」

「困ることは無いけど、覗かれて良い気分にはならないだろ」

「それもそうですね。クレア、申し訳ございませんでした」


 アルの一言で、自分がクレアに不快感を与えていたと感じたミカエルが素直に謝る。クレアは謝罪を受け入れてこの話は終わりとなった。


 そして話題は先程会議室にやってきた枢機卿へと変わった。


「さっきクレアに絡んでたのが、反ミカエル派のトップの枢機卿なのか?」

「はい、間違いありません」

「随分ミカエルを心配してたようだけど、あれも演技という訳か」


 心配というよりも用心深い人物だとは思ったが、その行動や言動がアルにはワザとらしく写っていた。

 これは事前に枢機卿が裏切り者だと知っていたからそう映ったのか、それとも普段から大げさな言動をする人物なのか……。


「そういえば枢機卿の名前をまだ知らなかったな」

「そうなのですか? シドは何も言っていませんでしたか?」

「いや、何も聞いてないな。反ミカエル派のトップというだけだ」

「そうですか、彼も言い出しづらかったのかもしれませんね」

「どういう事だ?」

「彼は──」


 ゴクリと唾を飲む。

 ミカエルに反旗を翻し、ダルク教を乗っ取ろうとする者の名がミカエルの口から発せられた。


「ペトロ・ティアヌス──シド・ティアヌスの兄です」


 枢機卿の意外な真実にアル達一行は驚きを隠せない。

 そして、ダルク教内での派閥争いが実の兄弟で行われている事がアルにとって残念でならなかった。

 家族を全員亡くしているアルにとって、肉親同士で争うという事が悲しくもあり、何故? という疑問に満ち溢れた。

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