────私達はこの世界の秩序を破壊します────
この言葉の意味を理解するのにどれほどの時間を有しただろうか。
すぐに意味を理解できたのかもしれない──
又は、数時間かけてようやく理解できたのかもしれない──
時の流れを忘れるほどの衝撃をアルに与えていた。
アルは驚きで口を開けたまま固まってしまった。
なんとも情けない姿だが、この場に居る誰もアルに言葉を掛けることはしなかった。
ミカエルとジブリール、そしてウリエルと同化したクレア。三人はただただその場で黙り込み、アルが正気に戻るのを待った。
どれだけの時間が過ぎただろうか──それとも一瞬だったかもしれない。
ようやくアルが忘れていた呼吸を思い出し、まるで水中で溺れていたかのように大きく呼吸を繰り返す。
アルの
そんな満身創痍ともとれる状態のアルが震える声で言葉を発した。
「ほ、本気で言ってるのか……?」
アルが必死に声を絞り出し、ミカエル達を順繰りに見ながら質問する。
その質問にミカエルが淡々と答える。
「はい、本気です」
ミカエルの言葉に衝撃を受けるアルだが、先程までよりは頭がまわる様になり、声の震えも止まった。
「秩序を破壊するってことは、この世界を破壊するってことになるんだぞ!」
アルの言う通りである。先程ミカエルが語った内容が本当なら──本当なのだろう。それは今住んでいる──生きている世界を破壊するのと同義なのだ。
なのに、ミカエルは平然としている。
その姿を見てアルは
「ふざけるな! そんなことさせねぇ! どうしてもやるっていうなら、俺は
フーッフーッと呼吸を荒くしてミカエル達の反応を見る。
しかし、誰一人動揺を見せたりしない。
それが更にアルを刺激した。
「出来ないとでも思ってるのか!?」
バンッとテーブルを叩き三人を睨みつける。
すると、ミカエルが変わらぬトーンで言葉を発する。
「落ち着いてくださいアルフォード様」
「これが落ち着いていられるか!」
「確かにこの世界の秩序を破壊すると言いましたが、壊れゆく世界を救う存在も話したではありませんか?」
「はぁ? そんな奴が存在すんのかよ!」
「その救世主こそ、アルファード様とクレアの子供なのです」
「────は?」
激昂していたアルがミカエルの言葉を受けてマヌケな声を出す。
そんなアルを無視する様にミカエルは言葉を続ける。
「アルファード様がルシフェル様の器として生まれたように、クレアもまた器として生まれました。私達四大天使を宿す器として。そして器と器が重なった時、器は聖杯へと変わるのです。その聖杯こそ世界を創造する力を秘めた神の器なのです」
淡々と説明するミカエルに、今度こそはマヌケを晒せないとアルも意識を集中し正気を保つ。
「つまり、
「神──とまではいきませんが、それに近い存在になるでしょう」
「じゃ、じゃあ、もし俺がクレアと結婚しなかったらどうなるんだ?」
「秩序が崩壊し、この世界は朽ち果てるでしょう」
「なん……だそりゃ……」
アルは
だが、脅しだろうがなんだろうが、アルに拒否権は無い。何故なら、拒否した時点で世界の崩壊が決定するのだから──。
「ひとつ質問していいか?」
「なんなりと」
「どうしてこの世界の秩序を破壊するんだ? 元々はお前達が作ったんだろ?」
アルの疑問はもっともだ。自分達が作っておいて、この世界に住む人々なぞ気にも留めず破壊するというのは自分勝手が過ぎる。
「1000年前に神界の門が閉じてからこの世界の
「そんなに……」
「これは人間だけではありません。天使や悪魔といった神界の民も同じなのです」
「……だから今ではどっちの存在も珍しいのか」
「はい。このまま減少すればいずれ崩壊する世界なのです」
ミカエルの言う様に、このまま減少していけばいずれ世界は崩壊するだろう。
しかし、だからといって自分達で崩壊させるのは違うのではないかと考える。
「このままじゃ世界が滅ぶというのは理解した。だけど、他に方法は無いのか? 今この世界で生きている人々をむやみに殺す様なことはしたくない!」
いずれ滅ぶ世界だとしても、今を生きている人々を無視なんて出来るハズもない。1000年前に比べれば少ない人口だが、それでも皆必死に今を生きているのだから──。
「人々を殺す? アルファード様、一体何を
「何をって、この世界を破壊するんだろ? なら、この世界に生きる人々は殺されたも同然だろ!」
「あれ? 私の言葉が足らなかったですかね……」
「どうしたんだよ?」
「人々は死んだりしませんよ?」
「……?」
「私達は
「……ん?」
ミカエルの言っていることが理解できず首を傾げる。
世界を破壊すると言ったのはミカエルだ。だが、そのミカエル自身がそれを否定する。
再び混乱しているアルにミカエルが説明を加える。
「今の世界の秩序では魔素が供給されません。その原因は神界を治めていた大魔王サタンと大天使ルシフェル様が殺され、神界の門が閉じた事が原因です。なので、新しい器であるアルファード様とクレアが子を成し、その
ミカエルの追加の説明でようやく頭の回転が戻ってきたアルが疑問を
「それなら、俺とクレアが結婚すれば世界──秩序を破壊する必要はないんじゃないか?」
アルの言う通り、二人が結婚し子供を作れば解決する話だ。わざわざ秩序を破壊する意味が分からない。
その疑問にミカエルが淡々と答える。
「今の世界の秩序では、たとえ二人に子供が出来ても魔素は供給されません。この世界の秩序が魔素を拒んでいるからです。なので、一度破壊し創り直す必要があるのです」
「なる……ほど? まぁ、人々に害がないなら良い……のか?」
世界の秩序がどうのと言われてもアルには理解が難しい。ただ、人々に害が無いのであれば今の秩序を破壊しても良いという結論に至ったが、アル自身の理解が追い付いていないので、あやふやな返答になってしまった。
それはそれとして、アルにはどうしても聞き逃せない単語をミカエルが言った。
「なぁ、ミカエル。サタンとルシフェルが
大魔王サタンと大天使ルシフェル。この二人を殺せる存在が居ることすら怪しいが、現に神界の門は閉じ、何の因果かその二人の魂は器であるアルの中にある。
なので、二人が殺されたというのは本当なのだろう。
だとしたら誰が? と疑問に思うのは必然だ。
ミカエルはアルの質問に唇を噛み、血が滴り落ちるのを無視し、今まで淡々と答えていたのが嘘の様に険しい表情になり、
「────ベリアルという悪魔であり、ルシフェル様が創造した天使です」
そう告げるミカエルの身体からは怒りで聖魔力が溢れだしていた。
その凄まじいまでの魔力を感じ取った聖騎士やシスター、大司教であるシド、そして、反ミカエル派である枢機卿までもが会議室になだれ込んできた。