「なっ!そんな大昔のこと!既に時効が成立してるわ!」
「殺人罪の時効は2010年に撤廃されたよ。知らなかったの?おばさん」
「う……嘘でしょ……いい加減なこと言わないで!あなた!起きて!」
必死で男を揺さぶるが、湯井沢のパンチがクリティカルヒットしたせいでいまだに意識は戻らない。
……それにしてもあの鮮やかな技はどこで身につけたのか。
力が強いだけだと思っていたのに。俺は湯井沢の底力に身震いした。
「健斗、帰ろうか」
「あ……ああ、うん」
俺の腕を取った湯井沢は、悠々と家を後にする。俺は結局、着いて行っただけで結局何の役にも立たなかった。
「今日はありがとうな。健斗」
そんな俺の気持ちに気づいたのか、湯井沢が指を絡めて微笑んだ。
「まあ……俺は何もしてないけどな」
「健斗がいたから頑張れたんだ。一人だったら途中でめんどくさくなってもういいやってなってたよ」
「……そうか?」
「うん。これであいつらに財産を渡さなくてよくなったし、今までの分の幾らかは取り返せるはず。貰えるだけ貰わないと割に合わない。新しい別荘建てなきゃいけないのに」
「ふふっ……そうだな」
良かった。湯井沢はもう前を向いてる。
「ところでお前って強かったんだな。どっかで格闘技でも習ってた?」
「あ?……えっと」
「ん?」
湯井沢の言いにくそうな様子に疑問を感じながら返事を待っていると、恥ずかしそうな顔で「実は健斗の行ってたボクシングジムに少しだけ…」と呟く。
「え!?知らなかった!あそこに通ってたの?でも全然会わなかったよな?」
「……時間ずらしてたから」
「なんで?」
「……健斗が帰ったあと…お前が使ってたグローブとか使いたくて……その……健斗の匂いがして側にいるみたいで…」
「え?それが目的で行ってたの?そんなの言ってくれたらいくらでも…」
「匂い嗅がせてとか言えるわけないだろ!もうこの話は終わり!」
「おお…」
子供の頃はよく女の子に間違えられたくらい可愛かった湯井沢がそんなことしてたなんて……そんなの…。
「…なんだよ健斗。まだ何か言いたそうだな」
「いやー湯井沢が俺の汗の匂いで興奮するなんて聞いたら逆に俺が興奮してきちゃった」
「こ……!?違っ!そんなこと言ってないだろ!ばかっ!!」
正直に伝えただけなのに馬鹿とは心外だ。
照れて真っ赤になった美味しそうな湯井沢を、帰ったらどう料理しようかと俺はうきうきした気持ちになった。
次の週末。
俺たちは東堂課長の実家に来ていた。
今後の相談と弁護士手配のアドバイスを受けることが目的だったが、久しぶりに院長……課長の父上と対面できて俺は懐かしさに胸が熱くなるのを感じた。
「院長先生、ご無沙汰してます。その節はありがとうございました。おかげさまで何の後遺症もなく元気に生きてます」
「医者として何よりうれしい言葉だよ、ありがとう。すっかり大きく逞しくなったね」
「はい!」
嬉しい。尻尾があったら全力で振りたいくらい嬉しい。
「それに浩之くんも一緒なんて更に嬉しいな」
「はい。僕もその節は……」
そうか、そう言えば湯井沢は子供の頃、東堂課長によくご飯食べさせて貰ったって言ってたっけ。
「まあ君が浩子さんの息子さんだったというのは随分あとになって聞いたんだけどね。本当にうちの息子は隠し事が好きみたいだ」
豪快に笑う院長の横で、東堂課長が面白くなさそうな顔をしている。いつもは頼れる大人なのに今日はまるで子供みたいな顔をしていてとても新鮮だ。
「ところで実家ともめてるんだって?大掛かりな話のようだったから同席させてもらおうと思ってたんだが迷惑かな?」
「迷惑なんてとんでもないです。できれば意見もお聞きできればと思います」
よく言った。湯井沢。すっかり大人になっちゃって。
以前の彼ならむっとした顔で東堂家当主の助けはいらないと言っていただろう。
「じゃあまず話に入る前に浩之くんに確認だ。実家と決別する形だけどいいのかな?」
「……今までもほとんど付き合いはなかったので。それにどうしても許せないことがありましたから」
「そうか」
「……院長も、親子だから話せば分かりあえるってお考えですか?」
「そうだなあ。まあ縁あって親子になったわけだから仲良く出来ればいいとは思うよ」
「……そうですか」
俯いた湯井沢は、心なしか肩を落としたように見えた。
「だけどそれは一概には言えない」
「え?」
「だってそうだろう?親子といってもまったく違う人間だ。すべて分かりあえるなんて不可能だよ。いくらほぼ同じ遺伝子だと言ってもクローンじゃあるまいし。特に性格に関しては50%ほどしか合致しない。残りは育ってきた環境や近くにいる相手に影響されるんだ。秀二の話によるとほとんど一緒に暮らしてなかったんだろう?そんな状況なら理解なんて出来るわけない」
なるほどな。確かに院長の言う通りだ。さすがお医者さん、説得力あるな。
「……湯井沢?どうした?」
何だ?目がうるうるしてる。泣きそうなのか?胸を貸そうか?
うきうきと手を差し伸べるが眉間に皺を寄せた湯井沢にはたき落とされてしまった。
本当にツンデレなんだから。
「じゃあまず何から始めるべきか検討しようか」
院長の一言で俺たちは気持ちを引き締めた。
「談合や詐欺の企業系と不法侵入や殺人未遂の個人系があるけどどちらを優先すべきかな」
「個人系がいいです」
「「わああああ!?当麻さん?!」」
知らないうちに東堂課長の隣に座っていた当麻さんに俺たちは驚いて飛び上がった。
本当にこの人は神出鬼没だな!
だが東堂家の二人はまるで平気な顔をしている。付き合いの長さなのか、東堂家の家風なのか。どちらにしても凄いな。
「まずは噂レベルでSNSから広めましょう」