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114話 最終段階

 俺たちの驚きなど物ともせずに当麻さんは話始めた。……こっちも流石だ。


「それと先にリゾート開発についての続報です。企業ではなく湯井沢恵美子さん個人での事業として始めたようでした。住民説明会も済んでいて、建築確認申請や開発許可申請も進んでます。もちろんゼネコンやデベロッパーとも契約が済んでインフラ整備の予定も進んでました」


「もうそこまで……。でも資金は?今の湯井沢家には追加で出す財産はないはずだろう?」


「これをどうぞ」


 そう言って当麻さんが胸ポケットから出したのは一枚の写真だった。

 そこには湯井沢の父親と見たことのある男が一緒に映っている。


「これってあの……」


「はい。革命党の党代表です」


 確かにテレビで見たことのある顔だ。


「趣味のゴルフで意気投合したようで資金はここから出てました」


「まあ……一枚噛んでればいい小遣い稼ぎにはなるだろうなあ。軌道に乗ればだけど。それにしても現職議員がそんなことに関与するなんてね」


 東堂課長は呆れ顔だ。


「相手は議員ですからスキャンダルを殊の外嫌います。本当かどうか疑わしい内容でもSNSで騒ぎになればきっと手を引くでしょう。そうなれば資金源を失い事業は中断します」


「なるほど。だからまずは皆が興味ありそうな個人的なことからか……当麻、その案で進めてくれ」


「はい」


「万が一のために顧問弁護士にもすぐ出られるように話をつけておくように」


「承知しました」


 その返事を最後に当麻さんはまた姿を消した。

 本当にどうなってんの???


「浩之くん、よく頑張ってきたね。今後のことは私たちに任せてくれるか?」


 院長の問いかけに湯井沢は驚いて目を丸くした。


「とんでもない!うちの問題にそこまでしていただく理由がありません!」


「君は嫌かもしれないが私たちは親戚なんだ。甥を助けるのに理由なんて必要ないだろう?君のお母さんは間違いなく東堂家の一員だ。藤堂家は家族をないがしろにした人間を許さない」


「でも……」


 湯井沢は手を膝の上でギュッと握った。


「ひろくん、今回は親父に任せてみなよ。議員も関わってるなら握りつぶされる可能性もある。ちゃんと罪を償わせたいんだろ?」


 その言葉に湯井沢は覚悟を決めたように顔を上げた。


「よろしくお願いします」


 深々と頭を下げた湯井沢に、院長と東堂課長がほっとしたような顔をした。……良かったな、湯井沢。

 うちの家族以外にもお前を心配する人はいるんだよ。だからもっと肩肘張らずに甘えて欲しい。

 ……でもあんまり仲良くしたらヤキモチ妬くけどな?


「健斗?どうかした?」


「いや!何でもないよ」


 まあこれでとりあえず一安心だ。



 それからしばらく経って、片田舎の海の側で大規模なリゾート開発が行われるとネットで話題になった。そのニュースに人々は興味津津で、どんな会社が手掛けているのかなど検索ワードでもランキングに入るほど人気を博した。

 そのうち美恵子さんの名前が出て、彼女の経営している会社まで判明したところで別の話題がSNS上を駆け巡ることになる。



※※※※※※※※



「ベイエリアリゾートで一躍時の人になった湯井沢美恵子さんの黒い噂、だって」


 昼休み、俺は定食屋まんぼうで湯井沢と二人、食事をしながらネットニュースを見ていた。


「いよいよ始まったな。でも飯の時は携帯しまえよ」


「あっすまん」


 俺はいそいそと携帯をポケットにしまう。

 湯井沢のこういうとこ好きなんだよな。食べ物に対するリスペクト?そんなとこも最高。


「不倫の末の略奪婚、前妻の死の疑惑って世間の人が好きそう~」


「さすが当麻さんだよな」


 あの人といつか飲みに行きたい。そして彼の半生を聞いてみたいと俺は結構本気で思っている。……付き合ってくれなさそうだけど。


「連動して警察も動いてるらしいぞ。そこは院長と東堂課長が担当らしい」


「……僕たちは何もしなくていいのかな」


「今は頼りになるおじさんたちに任せておこう。あ、追加の唐揚げ来たぞ」


「うまそーー!」


 実際地位も権力もない俺たちに出来ることは少ない。だからこの恩はいつか別の形で彼らに返していきたいと思う。

 そしていつか自分もあんな風に頼れる大人になって俺たちみたいな若い奴を助けられたらいいな。




 その夜、笹野さんから電話がかかってきた。湯井沢の名前が有名になっているので心配してこっそり俺に連絡をくれたらしい。


「大丈夫です。会社でも名前は同じだけど知らない人って言ってますから。笹野さんこそ元気ですか?」


『毎日元気よ!そうそう秋にはお母さんになるのよ』


 ええっ!?凄い!なんて嬉しいニュースだろうか。


「おめでとうございます!ちょっと湯井沢にも代わりますね!」


『…大丈夫なの?その…落ち込んでたりとか』


「思ってるより元気ですよ。笹野さんの声聞いたらもっと元気になると思います」


 そう言って湯井沢に電話を代わると赤ちゃんのことを聞いたのか驚きの声を上げていた。ああこの二人に無自覚で嫉妬していた時もあったんだよなあ。

 ……まあ、あんな顔で仲良さそうに話してるのを見ると今でも多少はモヤモヤするんだけどさ。

 笹野さんに何を言われているのか、湯井沢は顔を赤くして早口で言い訳のようなことを言ってた。


 ……それにしても長話しすぎじゃない?


 楽しそうな湯井沢を見ているのがつまらなくなった俺は、一人で風呂に向かった。バスタブ一杯に張られた湯につかり、ささくれた気持ちをほぐしていく。

 湯井沢と笹野さんに特別な感情はない。そんなこと分かってるのにどうして俺はこんなに心が狭いんだろう。

 これからもずっとこんな風に思いながら生きていくのかと思うと胸がきゅうっと痛んだ。


「好きってしんどい」


 ポツリと呟いた声は反響して湯井沢の耳にも届いたようで。


「何がしんどいって?」


 そう言いながらすっ裸の湯井沢が現れたのを見て俺は慌てた。。

 みっともないところを見られた恥ずかしさにわざと素っ気なく「なんでもない」とそっぽを向くと、苦笑いと共に頭を撫でられる。


「……なんだよ」


「健斗は可愛いな。今日は髪洗ってやろうかな」


「えっ」


 それを聞いた俺はいそいそとバスタブから出て椅子に座った。何しろ湯井沢はヘッドマッサージが天才的にうまいのだ。指先の力が強いのでたまにミシッと音がする事もあるのだが、気持ちよさには換えられない。


「よろしくお願いします!」


「ふふっはい、じゃあ始めます」


 後ろから聞こえる含み笑いが気になるが、俺はさきほどの事も忘れてあっさりと湯井沢に身を任せ、目を閉じた。



 それからしばらくネットでの騒ぎは加速の一途を辿った。おそらく仕掛け人が炎上させているんだろうとは思うが、情報拡散は本当にあっという間で改めてネットの怖さを思い知らされる。

それが本当であれ嘘であれ。


 随分と過去の話だからと乗り気でなかった警察もようやく重い腰をあげたようで、脱税や法令違反の捜査も順調に進んでいるらしい。

 そのせいか、湯井沢の携帯には実家からの夥しい数の着信がついているようだ。留守番電話に「何とか手助けして欲しい」なんて涙声が録音されているみたいだが、どのツラ下げて言ってるんだか。


「携帯の番号変える?」


「そしたら携帯も変えなきゃ駄目なんじゃないの?せっかく健斗が買ってくれたのに買い替えるのは嫌だ」


 そんなのいくらでも買ってやるのに。なんだこの可愛さ天井知らずの妖精は。俺を殺す気か?


「健斗どうした?ニヤニヤして気持ち悪いな」


「……ごめん」


 危ない危ない。妄想は大概にしないとそのうち嫌われる。


「まあ逮捕されたら連絡もできなくかるから時間の問題だ」



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