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118話 東堂先生

「それで今度はひろくんが泊まり込むんだろ?仕事は大丈夫なのか?」


「たまりまくってる有給を申請した」


「はいはい。じゃあベッドもう一台入れるね」


いつもの軽い感じで東堂課長……いや、東堂先生が去っていく。

……あのひと会社はどうしたんだろう?


「それにしても急患とはいえ、なんで俺はこども病院に搬送されたんだ?」


「搬送されたのは普通の総合病院だったんだけど、ここの方が昔の記録もあるしケア出来るってことで向こうの病院の人が打診してくれたんだ。そしたら東堂課長が二つ返事で受け入れた」


「二つ返事」


「恩着せられて叶さんが描いてくれた健斗の肖像画を奪われないようにね」


「あ、うん」


奪われるなんてそんな失礼な。確かに大事な思い出の品だけど、これだけ世話になってるんだから正直譲ってもいいかなという気持ちはある。すごく大事にしてくれそうだしな。……まああれが風景画だったらの話。

自分の肖像画が人の手に渡るのはちょっと……なんだよなあ。


「そうだ。沢渡家にも連絡入れといたよ。明日みんなで来るって」


「明日?なんで今日じゃないんだ?」


自慢じゃないがうちの家族は過保護だ。俺が三日ぶりに目を覚ましたというのにすぐ来ないなんておかしい。……来て欲しいわけじゃないんだけど。もう子供じゃないんだし。


「今夜はお互いに沢山話したいことがあるだろうから遠慮するって」


「ほぉ?」


あのゼロ距離家族がそんな気遣いを?

本当に湯井沢は好かれてるんだな。


「じゃあせっかくの個室だし今夜は語り明かすか」


「そうだね」


「いや待って?個室って高いんじゃ。なんで個室なの」


「……健斗以外の患者はみんな子どもだからじゃないかな。大部屋もあるけど移動させてもらう?」


「すみませんお金の問題じゃなかった。ごめんなさい。このままで」


「分かった」


あははと笑う湯井沢を見て目が醒めて本当によかったと思った。




夕食も済んで今日の検査が全部終わったあと、湯井沢は寝間着に着替えて俺の隣のベッドに横になった。


「あー早く家に帰りたいな」


「え?当分無理だろ。腹に刃物が刺さったんだぞ?ちゃんと付き添いするから安心して休んでくれ。それとも僕じゃ不満なのか?」


「そんなわけないだろ。でも家の方がもっといちゃいちゃ出来るじゃん」


「……余計なこと考えるのはやめて治すことに専念しろ!」


「うーーーん」


つまんないな。こうなったら一日も早くこの傷を治してやる。


「……なあ健斗、話があるんだけど」


「なに?別れ話以外なら何でも聞くよ」


「違うよ。戸籍の事なんだけど」


「戸籍?」


「前に沢渡の戸籍に入る話しただろ?別にそこまでしなくていいかなってあの時言ったけどさ」


「うん」


「やっぱり健斗と同じ籍に入りたい。今回の緊急手術、同意書が僕じゃダメだったんだ。お父さんやお母さんが駆けつけてくれたからすぐ手術出来たけど、そうじゃなかったら開始が遅れて危なかったかもしれない。今後そんなことが起きないように同じ名前になりたい」


「確かにそうだな。そこまで考えてなかったけど同じ籍に入ってくれるのは素直に嬉しい」


「うん……なんか照れるけど」


「じゃあせっかくだからこの休暇中に手続きするか。役所も行きやすいだろうし」


「うん、そうだな」


「あと結婚式もしたい」


「うん、そう……えっ?本気で?」


「失礼だな。俺は冗談でこんなこと言わない」


「まあ……健斗がしたいんなら調べてみるけど。なんか式場に問い合わせて嫌な顔とかされたら傷つくな」


「嫌な対応する所は結構ですってさっさと切ればいいよ」


「それもそうか」


湯井沢は何をするのも真面目だから融通がきかないところがある。それはそれで俺にはない部分だから面白いんだけど。


「ところで籍の話だけど、うちの両親の養子になる?それとも俺たち二人で養子縁組する?」


「確か一日でも年上の方が親になるんだよな」


「そう。だからうちの場合は俺が湯井沢健斗になる」


「……湯井沢は嫌だな。父親の姓だし」


「母親の旧姓に戻すことも出来るって聞いたことあるけどな。それなりの理由があればだけど。今回みたいに両親が逮捕されたから縁切りたいとかは認められそうだけど」


湯井沢は真剣な顔をして考えていた。もし東堂姓になったら……それはそれでもめごとにならないだろうか。それだけが心配だ。


「……僕が沢渡になってもいいかな」


なんでかわからないけど眉間に皺を寄せて湯井沢が言う。


「全然大丈夫だしうちの両親はそのつもりだから逆に俺たちで養子縁組するっていったら悲しむと思う。でも本当にそれでいいのか?」


「……うん。ただ僕のことで沢渡の家族を嫌な目に合わせたら嫌だなあって……」


「嫌な目って。今回みたいな?」


「……うん……」


「心配すんな。何かあったら俺たちが助けてやる。だからみんなに何かあったらその時は湯井沢が力を貸してくれ」


「分かった」


微笑む湯井沢に手を伸ばしてそっと髪を撫でる。柔らかい子猫みたいな感触だ。


「これからは湯井沢じゃなくて浩之って呼ばなきゃな」


「うん、なんか変な感じ」


まだ痛むこの傷が俺と湯井沢……いや浩之の距離を埋めてくれた。きっとこれからは幸せでしかない人生が待っているだろう。


いつの間にか寝息を立て始めた彼の頬に月明かりが差込み、まつ毛の影が落ちている。俺はそれを飽くことなく見つめていた。




翌朝、面会時間開始からすぐに両親と双子たちが山程の見舞いを持って病室にやって来た。


「ええ?全部食い物かよ。漫画かなんか買って来てくれよ」


「はあ?これは全部ひろくんへの差し入れよ?」


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