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119話 一難去ってまた一難

海め。兄をなんだと思ってる。……って言うか見舞いに来たんじゃないのか?


「まあまあ。健斗には着替えを持って来たわよ」


「ありがとう母さん。助かる」


それは見舞いじゃないだろと思ったけど確かにありがたいのでそこは黙って礼を言った。

それにしても海も空もずっと浩之と話してるな……あっ!空の奴、浩之の髪に触りやがった!


「健斗、そんな顔して妹を睨むもんじゃないぞ」


親父が面白そうに言うので「傷が痛いから早く連れて帰って」と頼んだ。……親父、そんな目で見ないでよ。本当に痛いんだよ。ヤキモチとかじゃなく。


「海、空。あんまり長居したら退院が遅くなりそうだから、そろそろ帰ろう」


「「えー今来たばっかりなのにー」」


「あっ!痛くなってきた!」


「え?健斗大丈夫?」


慌てて浩之が俺の元に駆け寄る。ほらな?浩之が一番好きなのは俺なんだよ。


「もう分かったわよ。空、帰ろう」


「仕方ないなあ。もう来てあげないんだからね!お兄ちゃん」


おおそれこそ願ったり叶ったりだ。


親父は半笑いだし母親は苦笑いだけど何でもいい。早く双子たちを連れて帰ってくれ。


こうして多少ずるい小芝居はしたがうまく追い払うことが出来た俺は、ほくほくと湯井沢に寄り添ってその肩に頭を擦り寄せる。ああいい匂いだな。


「……健斗、もしかして痛いって言ったの嘘?」


「……」


バレるの早いな。


「だって。面白くないだろ。浩之の側に妹とは言え女の子がいるのは」


特に空はボーイッシュだからか、双子なのに海より俺に似てると言われていた。そんな空に心変わりする可能性だってあるわけだろ?いやいや浩之を信じてないわけじゃないけど世の中何があるかわかんないからさ。……ああそんな目で見るなよ。心読まれてるのかな?


俺が一人でぐるぐると考えていると、湯井沢がため息を吐きながら俺の頭を撫でた。


「僕は健斗が思ってるより嫉妬深いし健斗に執着してるよ。このままずっと入院してたらずっと僕だけの物でいてくれるから怪我が治らなきゃいいなって思うし、なんなら歩けなくなって僕しか頼る人がいなくなればいいのになって思ってた時もある」


「……熱烈だな」


「うん。自分でも病気かもって思うくらいだから安心していいよ」


……やっぱり俺の考えなんてお見通しだったか。


「……引いた?」


「うーーーん、どうかなあ」


引くだって?それどころかそこまで思ってくれてるなんて幸せしかないんだけど。


「え?もしかしてほんとに引いた?」


心配そうに俺の顔を覗き込む浩之。お前の重すぎる愛情が嬉しくてにやけそうだなんて言ったらどんな顔するのかな。

安心しろ。俺たちは同類だ。





俺が退院できたのはそれから半月後だった。傷もすっかり塞がり痛みもなくなった。

この傷は一生消えそうにないが、ある意味勲章だと思ってる。胸にある大きな手術跡と一緒に俺の大事な宝物だ。


「退院おめでとう」


研修医(笑)の東堂先生と看護師さん、それに入院中の子どもたちに見送られ俺たちは病院を後にした。ようやく我が家に帰れるのだ。


「随分留守にしたからホコリだらけかも。僕のベッドで寝てて。その間に部屋を掃除するから」


「別にいいのに。……ところでベッドのことなんだけど」


「なに?」


「ずっと良いベッドが見つからないって言ってたけど本当は探してませんでした」


「……そんなことだろうと思ったよ。別にいいよ。あのベッドが気に入ったんだろ?これからも一緒に寝よ」


やった!正式にお許しを貰った!浩之は長々とあのベッドの自慢話を始めたが、別にベッドが気に入ったわけじゃない。浩之の隣で眠れるならソファだって畳の上だって別にいいんだ。


「じゃあこれからは俺たちのベッドだな」


「まあね。ありがたく思えよ」


浩之が笑いながらカードキーをかざして玄関を開ける。だが取っ手を引いた瞬間、彼の手が止まった。


「どうした?」


「しっ。何か様子がおかしい。誰かいるかも」


「え?」


また?!いい加減にして欲しい。湯井沢夫婦が保釈金でも積んだのか?でもあいつら油断したら国外逃亡しそうだから保釈は認めちゃいけないと思う。


「浩之、待て。警察に連絡を」


「いや、ちょっと待って」


浩之はそう言うと靴を脱ぎ捨てて部屋に向かった。

こうなったら仕方ない。俺も覚悟を決めて浩之の後を追う。


「うわ……」


リビングのドアを開けるとそこは雪国……じゃない。嵐が去った後のようだった。


「なんだこれ」


「空き巣?」


引き出しはもちろんご丁寧にソファまでひっくり返し、ありとあらゆる所が引っかき回されている。


「無くなった物はないか?」


「いやあこの状況じゃ分からないよ。……あ」


浩之が慌ててテレビの下の引き出しを開けた。そしてああとため息を吐く。


「どうした?」


「やられた権利書だ。このマンションのと別荘の奴」


「権利書?!」


俺は急いで他の部屋に誰かいないかを見て回った。


「犯人らしき奴は隠れてなかった。もう逃げた後だろう」


「そうか……今警察に電話した。このままの状態にして待ってて欲しいって」


「ああ」


ようやく我が家に帰ってのんびり出来ると思ったのに……。


しばらくして警察が到着した。その中に見知った人をみつけ俺は「あっ」と声を上げた。


「立花さん」


「あれ?沢渡さんじゃないですか」


東堂課長の友達で叶さんと昌馬さんの件でお世話になった刑事さんだ。なんという偶然。


「どうしたんです?こんなところで、あ!確か湯井沢さん。ということはここは湯井沢さんのマンションですか」


「そうなんです。よろしくお願いします」


「承知しました。いやあ大変でしたね。ご家族があんなことになった上に自宅まで……」


浩之は曖昧に笑って誤魔化すが、さすが刑事。それだけで何か察したのだろうそれ以上はその話題に触れなかった。


「防犯カメラに犯人らしき男が映ってましたよ。知り合いじゃないか確認して貰っていいですか」


そう言って見せられた映像に浩之は黙り込む。


「知ってます。湯井沢恵美子の愛人です」


「愛人……。恵美子夫人の……」


これが噂の元ボクサーの愛人か。確かにガタイはいい。だが鍛錬を怠っているのかぶよぶよとした脂肪が目立つ。これなら直接対決でも負ける気がしない。


「それで無くなった物は不動産の権利書と現金ですね」


「はい。今のところ気づいたのはそれだけです」


「分かりました。ちょっと書いていただきたい書類があるのでいいですか」


「はい」


それにしても以前と違って今回はあっさり防犯カメラに映ったんだな。それだけ余裕がないってことか?いや待てよ?あの角度から映せる場所にカメラなんてあったっけ?

俺は玄関から出て、カメラの位置を確認することにした。


「あの映像は僕が取り付けた新しいカメラのものです」


「……当麻さん」


よし。今回は叫ばずに済んだぞ。俺も慣れてきたもんだ。


「だから急に出てくるのはやめて欲しいと何度も……」


「以前のカメラは敵に場所を知られてましたから東堂様の指示で見つけにくいところにカメラを設置したのです」


……無視ですか。それにカメラの件は家主にも了解とって欲しかったな。


「案の定、今回も正規のカメラの方は壊されていました」


「そうですか。ありがとうございます。助かりました」


「いえ、仕事ですから」


「当麻さん、今度から何かする時は俺にも一言……もういないか」


そうだよね。

本当に鮮やかに消えるんだから。

当麻さんと意思疎通が出来る日は来るのだろうか……。


「健斗」


「どうした?」


部屋に戻ると浩之が「まだ時間かかるんだって」と困った顔をしていた。


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