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122話 式場の下見①

「まあでも東堂先生は病院に行けばいつでも会えるだろ」


「そうだな。養子縁組の件が終わったら飲みにでも誘おう」


「うん」


両親の本籍地から戸籍も取り寄せた。書類に記入もしたし、養子縁組の手続きも順調に進んでいる。

湯井沢が会社では旧姓を使うと言っているので人に知られることもない。よく知らない人にまで言いたくないのでそれでいいと思っている。


「結婚式だけどさ」


「まだ言ってんの」


浩之が呆れたように苦笑するがもちろん俺は諦めてない。


「忙しいから当分無理だって結論に達しただろうが」


「いやちょっと落ち着いてきたじゃん。これから暇になるなんてことないんだからこのタイミングは逃したくない」


何故って俺と浩之の昇進が来月に発表される。営業事務部の主任と副主任だ。

仕事が出来る浩之の方が副だというのが納得出来ないが、役職というのは仕事が出来るだけじゃないんだよと上司に言われたのだ。……俺が浩之に勝っているところなんてゼロなんだけど。

浩之にそう云うと『そういうところだよ』と言われたんだが結局意味は分からなかった。


「じゃあ探してみようか?週末に養子縁組届出しに行くだろ?その帰りにでも」


「ほんとか?よし約束だぞ」


「はいはい」



そんな経緯で俺たちはようやく式場探しをすることになった。


その日、俺は帰宅してから早速式場の検索を始めた。同性婚用の式場検索が出来るサイトもあって思ったより間口は広そうだ。


「ここがいいな」


同じく携帯で検索をしていた浩之がぽつりと呟いた。


「どこ?」


覗き込むとあの別荘があった海の近くのチャペルだった。真っ白の教会は壁がなく、巨大なガゼボのような造りがまるで海外のようで天気が良ければ潮風が気持ちよさそうだ。周りは緑に囲まれそこでガーデンパーティをしている様子の写真もあった。荘厳さはないけれどアットホームな温かい雰囲気が伝わってくる。


「いいな」


無くなってしまった思い出の場所。平気な顔をしていたが、あそこは浩之にとっていつまでも特別な場所なんだな。

念の為に同性婚可能のサイトの登録を調べたが掲載されていなかった。当たり前だけどサイトにもそんな表記はない。

俺はダメ元でメッセージを送ってみたが、三日間待っても返事が来ることはなかった。


その週の土曜日、俺たちは二人揃って役場に養子縁組届を提出に行った。戸籍謄本や書類を精査した担当者は「お疲れさまでした」と受理したことを俺たちに伝える。

これが婚姻届なら「おめでとうございます」なんだろうなと少し寂しく思いながら役場を出ると、浩之が俺を見て恥ずかしそうに「これからよろしく」と微笑んだ。


ああ俺は何にこだわってたんだろう。馬鹿だな。

一番大切なものを手に入れたのに。


「こちらこそ末永くよろしくな」


こくんと頷きはにかんだ浩之は今まで見たどの時より嬉しそうだった。



「これからどうする?」


「健斗の実家に行くんだろ?」


「もうお前の実家でもあるんだけど」


「あ……」


また照れてる。同じ相手にこんな何度も惚れ直すことある?ってくらい俺の好きは更新し続けている。願わくば浩之もそうでありますようにと思う。


……その時、携帯に着信が入った。知らない番号だが念の為に出てみるとメッセージを送った結婚式場からだった。


「ご連絡遅くなり申し訳ありません」と謝罪から入ったその電話の内容は一度こちらに来てもらえないかということだった。

遠方であるため、明日でもいいか伝えると恐縮しつつ問題ない旨の返事を貰ったので時間を決めて電話を切る。


「……式は出来るって言ってた?」


「いや、まだそこまでの話じゃなかった」


「ふうん。……健斗無理しなくていいからな」


「分かってるよ」


けれど浩之の願いなら何でも叶えてあげたい。浩之が俺の夢を叶えてくれたように。


「まあ駄目で元々だろ?明日ドライブがてら行ってみようぜ」


「うん。季節もいいし海風が気持ちよさそうだしね」


「よーし!じゃあちょっと早いけど俺たちの実家行くか」


「うん!」


今頃母親や双子たちが精を出してごちそうを作ってくれているだろう。

明日のこともあるし飲みすぎないようにしようと心に決めながら、俺たちは皆が待つ実家に向かった。




翌日、レンタカーを借りて約束の時間に間に合うように家を出た。思った以上に天気がよく、五月だというのに夏のような日差しと気温だ。


「……クーラーつけて」


助手席でシートに張り付いている浩之が、蚊の泣くような声を出す。昨日皆と一緒に飲みすぎたせいですっかり二日酔いでダウンしている。


「ごめんな。うちの親がどんどん飲ませたせいで」


「……もう僕の親でもあるんだから謝らないで……」


そうだった。いけないいけない。これは慣れるまで時間がかかるな。


「余裕あるからダメそうなら早めに言えよ?休憩しながら行こう」


「うんよろしく」


苦しそうに目を閉じる彼に冷たい水を手渡す。弱々しい声で礼を言いながら、ペットボトルを額に当てていた。

……こんな状態で行って「やっぱり出来ません」なんて言われたら死にそう。

そんなことを思いながらなるべく揺れないよう丁寧な運転を心がけ、現地に向かった。



「沢渡様ですね、お待ちしておりました。遠方からお呼び立てして申し訳ありません」


駐車場に車を止めるなり、中年の小柄な女性が走って来た。結構早めについたけどもしかしてずっと待ってたのだろうか?


「こちらこそお時間いただきありがとうございます。沢渡健斗と申します」


「僕は沢渡浩之です」


薬を飲んで一眠りし、随分と持ち直した浩之も慌てて車から出てきた。


「わたくしは当式場のウェディングプランナー山本さつきと申します」


丁寧なお辞儀と共に名刺を差し出され、俺たちは礼を言い受け取った。すごく感じのいい人だ。


「早速ご案内いたします。どうぞこちらに」



駐車場からそれほど遠くないこじんまりした建物に着くと、待っていた若い男性スタッフが笑顔でドアを開けてくれた。

日曜だからか中はそこそこ人がいて、これから式を挙げるであろう若いカップルや親族らしき年配の人も多かった。


「本日は五組のお式が入ってるんですよ」


「そうですか。華やかですね」


結構人気なんだな……。


そう思いながら彼女についていくと一番奥まったブースに案内された。テーブルの上には小さな花が飾ってあり、キャンディの入った可愛らしいガラスのポットまである。


「どうぞお掛けください」


「ありがとうございます」


俺たちは少し緊張しながら椅子に腰掛けた。


一体何を言われるんだろうか……。



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