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123話 式場の下見②

「まずはご連絡ありがとうございました。そしてお返事にお時間をいただき申し訳ございません。またこのような遠方までお呼び立てしてすみませんでした」


深々と頭を下げられ、どうしていいか分からず狼狽える。これからどんな話が始まるのかと戦々恐々としていると、山本さんはにこりと微笑んだ。


「この度は当式場をお選びいただきありがとうございます。実際ご覧になっていかがでしたか?」


「ええと……思ったより人気ですね」


「健斗、お前……」


「あ、思ったよりとか失礼でしたね、すみません」


慌てて謝る俺に、楽しそうな笑顔を見せた山本さんは「はい、おかげさまで」と悪戯っぽく言った。


「今回ご連絡をいただき、とても嬉しかったです。お二人にとって特別な日のお手伝いをさせていただけるとスタッフ一同大喜びでした。……でも」


でも……?


「ご覧いただいたようにこの式場はオープンです。式の参列者だけではなく地元の住民の方も見学に来られるんです」


「ああ」


そうか。彼女は俺たちが好奇の目に晒されるのを懸念してるんだ。だからわざわざここまで俺たちを呼んだのか。


「僕は……気にならないと言ったら嘘になりますが、それ以上にこの土地で式を挙げたいです。……健斗は?」


「俺は言い方は悪いけどここに住むわけでもないし、仕事関係の人にバレたらめんどくさいなってだけなのでまったく問題ない」


俺の答えに浩之は呆れたようにくすっと笑った。そして山本さんに向き直り、俺をちらりと見て「こんな奴ですが……」と続けた。


「こいつに十年以上片思いをしていた僕にとって、ここはとても思い入れのある所です。この近くに大切にしている場所がありましたが先日火事で焼けてしまいました。だからせめてこの土地の結婚式場で彼と結婚したいと思ったんです。式場の評判やイレギュラーな対応でご面倒をかけるかもしれませんがお願いできませんか」


そう言って頭を下げた浩之に、山本さんは即答で「勿論です!」と返す。


「そこまで考えておられるなら私共に異論のあろうはずもございません。お二人の門出を心から応援させていただきます。この度はご結婚おめでとうございます」


おめでとうございますなんて。親兄弟にしか言って貰えないと思ってた。そもそもその親兄弟にだって言って貰える人は少ないだろう。俺は改めて皆に感謝した。


「では日程とご招待される人数、それに式の形式についてお伺いしたいのですが」


山本さんは分厚いファイルを手に、テキパキと話を進める。まだ日にちも決めてなかった俺たちは、慌てて両親に連絡を入れてまずは日程調整を進めた。


「どのくらいの規模感のお式を考えておられますか?」


「招待客は少ないですが、ごく普通の、一般的なものがいいかなと思ってます」


「ではひな壇にお二人がおられてその周りにテーブルを配置するような」


「そうですね」


今まで出席した結婚式は大体そんな感じだった。お色直しはどうだろう。一回くらいした方がいいのか


「そうなると決めていただく事は沢山あります。でも本日はせっかくお越しいただいているので衣装合わせをしてしまいましょう」


「はい」


確かに衣装合わせはオンラインや電話では出来ない。


「それでは準備をして参りますのでしばらくお待ちください」


そう言って山本さんは席を立った。

俺たちは示し合わせたようにぐったりと椅子に体を預ける。


「結婚式って大変なんだな」


「……うん」


式場に着いてからはや二時間。俺たちは早くも混乱を極めていた。

なんと言っても決めることが多すぎるのだ。たった一日。それも数時間の挙式なのに。


「仕方ないよ。普段そう簡単に来られない場所なんだから、今決められることは決めておかないと」


「まあそうなんだけどさ。それにしても式の形式だけでも沢山あるもんだな」


「ああ、僕もびっくりした。教会式、プロテスタント教会式、神式に……」


「人前式」


「そうそう」


教会式はカトリック式とも言って信徒でない場合は式の前に何度か教会に通う必要があるらしい。だが神父は教会から来るので同性婚の場合は引き受けてくれるか要相談とのことだった。

一方プロテスタントは同じように教会で行うが、もう少し縛りは緩い。事前に教会に通う必要もないし、牧師も式場と契約をしている人なので同性婚でも問題ないそうだ。


「浩之はどうしたい?」


「なんでも良いよ。健斗が式を挙げたいって言い出したんだから」


「え?あれ?乗り気じゃない感じ?」


「……そういうんじゃないけど……ちょっと恥ずかしいっていうか……もういいだろ」


浩之はそう言って顔を隠してしまった。

どうしてこいつはこんなに俺をドキドキさせることができるんだろう。今、俺が死んだら死因はキュン死って奴に違いない。


「お待たせしました。こちらにどうぞ」


山本さんに案内されて、俺たちは部屋を出て、豪華なエントランスを抜けた。そして歴史的価値がありそうな階段を登って、重厚なドアを開ける。


「うわあ……」


そこにあったのはハンガーに掛けられた何百着もありそうな夥しい数のドレス。白はもちろん、赤から黒、それに虹みたいに派手な物もある。


「目が回りそう」


「確かに」


「花嫁様の一番楽しみにされている物ですから。試着も一日では終わらないことがほとんどですよ」


……これを嬉々として着て回るわけか。エステもあると聞いたが女性は大変だなあ。……いや、それもこれも楽しんでるってこと?やっぱり凄い。


「……ちなみになんですが……」


山本さんが聞きにくそうに俺たちの顔を見た。


「お二人のお衣装は……その……どちらかはドレスを着られますか?」


「「えっ!?」」

それは考えてなかった。……でも浩之のドレス姿ならきっと綺麗だろうなあ。レースのついた真っ白な衣装……。いいかも?!


「いえ、どちらも男性用でお願いします」


きっぱりと男らしく断った浩之を恨みがましい顔で見ていたら、ふくらはぎを蹴られた。何も言ってないのに!あ、そうだ浩之は心が読めるんだった。


「承知しました。それなら早いですよ」


「早い?」


何が?と聞く前に彼女はスタスタと部屋の奥に俺たちを案内する。そこにあったのはハンガーラック三つ分程度の男性用の婚礼衣装だった。


「え?これだけですか?」


ドレスの半分……いや、十分の一も無いんじゃないか?この扱いの差は……。


「結婚式は花嫁様のものとも言いますから」


確かにそうだ……。新郎は添えものなんて聞いたことがある。


「良いじゃん。決めるの簡単で」


本当に浩之って男らしいよね。なんなら俺がドレス着ようか?って気になってくる。


「ではご説明しますね。こちらがタキシード、一番オーソドックスなものでカラーバリエーションも多いですし、このタイプですと最近はショート丈が人気です」


うん、普通の奴だ。地味な物なら街なかで着ててもあんまり違和感なさそう。


「次がフロックコート。膝くらいまで上着丈のある物です。この形が全てのスタイルの中で一番人気です」


「あ、健斗似合いそう。上背もあるし体格もいいから」


「そうですね、お似合いだと思います。次はテールコート。前は短いんですが、後ろが長いものです。ちょっと可愛らしい印象なので若い方にも人気です」


「これは浩之が似合いそうだな。うん、絶対似合う。これにしなよ」


「……まあ健斗が気に入ったなら何でもいいけど」


またそんな可愛いことを!


「この真っ白な奴がいいです!」


俺は自分の服より先に浩之の衣装を選ぶ。

全身真っ白で妖精みたいだが、真ん中で重ねてある黒のクロスボウタイが男らしさを引き立ててる。まるで浩之のために作ったような式服だ。


「じゃあ僕はそれで。健斗はさっきのフロックコートでいいよな?色はどうする?」


「えーーー色か。なんでもいいんだけど……」


「ではこれはどうですか?」


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