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124話 式場の下見③

山本さんが出してくれたのは上下が黒で、中のシャツは白のシンプルな物だ。ただ、その黒には上品なラメが細かく入っているので光が当たるとキラキラと光る。

……けど着るのが俺じゃなぁ……。こういうのは浩之が着てこそ映えるんじゃ……。


「いいよ健斗。すごく綺麗だし似合ってる」


「よし!これにしよう」


浩之が良いっていうならそれで良い。俺はあっさりと衣装を決めた。


「浩之、お色直しはどうする?」


俺の言葉に浩之はびっくりして目を見開いた。


「やらないよ?そもそもこんなに衣装の種類が少ないのにやる意味ある?」


「ああ、まあそう言われてみればそうだな」


確かにドレスなら色やデザインが豊富だが、新郎のスーツは着替えても気づかれるかどうかのレベルだ。そもそも普段は花嫁の引き立て役なんだから当然か。

よしお色直しは無しの方向でいこう。


「よろしいですか?では試着の準備をしますね。衣装の担当者を紹介します。田村さん!」


「はぁーい」


柔らかく間延びした声と共に、首からメジャーを掛けた若い女性が現れる。山本さんと同じように髪を後ろで一つにまとめているが、その髪色は綺麗なオレンジだ。


「はいはいーお待たせしましたぁ。田村葵と申しますぅ。早速サイズを合わせましょうねぇ」

独特の間延びしたまろい話し方に和む。だがこんな事を言うのは失礼だが、山本さんと比べたら圧倒的に頼りない感じだ。大丈夫だろうか。


「じゃあまず新郎さまからぁ……。どちらが新郎様ですかぁ?」


「えっと……両方です」


「はぁい。どちらも男性衣装ですねぇ。では背の高い方のお客様ぁ……苗字を伺っても?」


「沢渡です。あ、でも両方沢渡なんですよね」


「あらぁ素敵。もうご夫婦なんですねぇ。じゃあお名前でお呼びしてもいいですかぁ?」


なるほど。確かにその方がわかりやすい。普通のカップルのように「新郎新婦」や「旦那様奥様」とは呼べないのだから。


「健斗です。こっちは浩之です」


浩之は俺の紹介に合わせて軽く頭を下げた。


「じゃあー健斗さんから試着室にどうぞぉ」


俺は促されるままに広い試着室に入った。


山本さんの見立ててくれた衣装は、さすがと言うべきかとても俺に似合っていた。首周りの太さはすっきりと見えて、広めの肩幅や胸板も嫌味な目立ち方はしていない。


「わぁカッコいいですぅー。なかなかここまで着こなせる人はいませんよぉ」


「……ありがとうございます」


女性に褒められ慣れていないので凄く恥ずかしい。お世辞とは知りつつ俺は照れて小さい声でお礼を言った。


「あ、疑ってますねぇ?わたしは嘘は言いませんよぉ。似合わない時ははっきり言いますぅ。それから一緒に似合う衣装を考えるんですよぉ。だって一生に一回の結婚式ですよぉ?写真とか残るのに変な恰好したくないでしょう?」


「……確かにそうですね」


「でしょう?わたしはそのためにここにいるんですからぁ。袖と裾はもう少し出しましょうねぇ。靴を履いたら短めに見えますからねぇ。……ドレスシャツはワンサイズ上げますぅ」


一見、おっとりと見えていた田村さんは、意外なほどてきぱきと衣装を整えていく。


「式はそんな先じゃなかったですよねぇ?念のためですがプラスマイナス三キロ以上体重が変わらないように気をつけてくださいねぇ」


「……はい」


「体重が変わらなくても鍛えすぎると体形が変わっちゃうんでそれもダメですよぉ?」


うっ……怪我も良くなったしそろそろジムに、と思ってたのに。どうして俺はこんなに周りの人に考えが読まれるんだろう。


「わかりました」


「はぁい。ではこれで終わりですぅ」


にこにこと感じのいい笑顔に、俺は先ほどまで頼りなさそうだと見た目で決めつけていたことを恥じた。


「ありがとうございました」


「こちらこそー。いいお式にしましょうねぇ」


「はい、お願いします」


「じゃあ次は浩之さんの衣装を合わせますねぇ」


俺は礼をして浩之を呼びに休憩ブースまで戻った。



浩之の衣装合わせが終わると俺たちは来客に出す料理の打ち合わせをした。とはいえ、家族と数人の友人のみなのでお勧めだというコース料理を依頼し、デザートだけ海と空が好きそうなものに変更した。


「あとは……」


「ひな壇のブーケと来賓客のテーブルの花、それにキャンドルサービスをされるのでしたらキャンドルも必要ですね」


うわあ。まだまだ決まりそうにない。これはもう一度くらい来ないといけないか……。


「……招待客も少ないし、ひな壇もいらないと思う。健斗、どう思う?」


「でも普通の結婚式にはひな壇があるだろ」


「そうだけど別に普通じゃなくても良くない?僕はケーキ入刀とかもやりたくないんだけど」


浩之の言葉に俺はハッとした。


「そうですね、お身内の方が多いようなら、レストランウェディングに近いような式であれば来賓の方とも話などしやすいですよ」


「レストランウェディング……」


……俺たちの結婚は今の世の中から見たら普通じゃない。だからせめて結婚式だけでも普通にしようと、俺は無意識に正しい結婚式を目指していたのかもしれない。

何が普通で何が正しいかなんて大事なことじゃない。二人の幸せな門出を皆に見てもらうのが結婚式なんだから。


「そうだな。ひな壇じゃなくて大きな丸テーブルでもいいよな。藤堂先生や笹野さんと話をしながら食事も出来るしな」


「それは楽しそうだな。緊張もしなくて済むし」


さっきまで疲れた顔をしていた浩之の表情がぱっと明るくなった。


「では最初からプランを練り直しますね。本日はお疲れでしょうからここまでにしましょう。今後はお電話とオンラインでご相談させていただきます」


山本さんの気遣いに礼を言い、俺たちは式場を後にした。


ここにたどり着いたのは朝方だったのに、もう夕日が沈みかけている。どうせなら写真で見たガゼボに行ってみようと二人で砂浜を目指した。


「風が気持ちいい」


「うん」


本日の挙式はすべて終了したのか、ガゼボには誰もいなかった。けれど拾いきれなかったらしいフラワーシャワーの花びらや紙テープなんかが落ちていて、幸せの痕跡は残っている。


「引き受けてくれてよかったな」


「ああ、式が楽しみだ」


「健斗、楽しみなんて言ってる場合じゃないぞ。三か月後なんてあっという間だ。有給申請して招待状を書かないと」


「そうか……なあ、藤堂家の人には俺たちのこと話すのか?」


「どっちでもいいよ。反対されるような間柄でもないし」


「俺さ、当麻さんにも来て欲しいんだよな」


「……お前、当麻さんのこと好き過ぎだろ」


浩之の呆れた笑顔に俺もつられて笑う。


「でもあの人は藤堂家の人だから招待するなら藤堂院長やうちの社長……浩之の伯父さんにも声かけないといけなくなるからさ。……浩之が嫌な思いをするのは本意じゃないし」


「……確かにな。俺は皆に全部話しても大丈夫だよ。当麻さんは招待しても来てくれなさそうではあるけどな」


「確かに。じゃあ藤堂先生に相談してみる」


「うん、頼んだ」


浩之は夕日を眺めてキレイだなと呟く。お前の方がきれいだと言ったら背中を叩かれたけど、それはまごうかたなき本心だ。

俺のわがままに付き合ってくれてありがとう、頼りないけど一生大事にするからな。



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