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127話 証拠

『えっ?結婚式?ほんとに?絶対行くから!』


電話の向こうで元気な声を響かせているのは笹野さんだ。お腹の赤ちゃんを心配したが、その頃には安定期に入っているから問題ない、むしろ体を動かさないと難産になると言って夫婦揃っての参列を約束してくれた。


更に驚いたのは東堂家の人たちだ。

東堂先生の父親である東堂院長夫妻を始め、弊社の社長夫妻とそのご息女二人も喜んで参加すると連絡をくれた。


「本当に大丈夫ですか?浩之の隣に立つのは俺ですよ?可愛いお嫁さんを期待してないですよね?」


「してないよーみんな知ってるから大丈夫」


念のために東堂先生に電話を掛けた俺に、そんな風にいつもの軽口が返ってきた。


けれど浩之にとっては本当に血の繋がった親族だ。彼らが味方になってくれるのならどれだけ心強いだろう。

世の中俺たちのようなカップルを理解出来ない人の方が多いんだから。


「みんなひろくんの幸せを願ってるんだよ。子供の頃なにもしてあげられなかったから罪滅ぼしがしたいんだ。自分勝手って分かってる。でもひろくんが幸せになれるなら相手は猿でも毛虫でもいいくらいなんだ」


「……悪口ですか?」


それにしても毛虫は酷い。


「やだなあ物の例えだよ。愛しい健斗くんに悪口なんて言うはずないだろ?ちなみに俺は既婚者もオッケーだから」


「……東堂先生を軽蔑します」


「冗談だよ冗談、あはは」


……理解できない。人の命を救う仕事に就く人がこんな軽くていいのか?


「また時間のある時に式場の場所とか教えてね」


「ちゃんと招待状出します。後で皆さんのご住所とフルネームをメッセージしてください」


俺はそう伝えて電話を終えると、キッチンで晩御飯を作っている浩之の側に戻る。……あ、今夜は天ぷらだ。嬉しい。


「東堂先生なんて?」


「やっぱり東堂家は一族で参加みたいだぞ」


「うわ恥ずかしいな」


苦笑いでナスを油から引き揚げた浩之は、照れくさそうに笑った。でも祝ってくれる人は多いに越したことはない。面識のない人もいるし緊張するけど。

……浩之も成長したんだ。俺も負けてられない。


「ほら揚がったぞ。天つゆ持って行って」


「はーい!」


揚げたての天ぷらは凄くいい匂いだ。俺の大好きなシソと玉ねぎが多めのところも愛を感じる。


「ビール飲む?」


「いいね」


だが、まさに「いただきます」のタイミング、そこで突然インターフォンが鳴った。


「何か荷物頼んでた?」


「いや?覚えないけど」


しぶしぶモニターを確認した俺は、あまりの驚きに言葉をなくす。……家の前に立っていたのは、あの美恵子さんの愛人である元ボクサーの男だった。


「逮捕されたんじゃないの?警察呼ぶ?」


横からモニターを見た浩之が嫌そうな顔でそう呟く。それもいいけど何の用か一応聞いてみたい。俺はマイクをオンにした。


「何しに来たんです?留置所にいるんじゃなかったんですか?


「……!頼む、俺の話を聞いてくれ!あんたらの役に立つ証拠を持ってるんだ!」


……証拠?


「ここを開けてくれ、何もしないから。話がしたいだけなんだ。俺は今保釈中だから被害者に会ったなんてバレたらまた留置所にぶち込まれる。その危険を犯してまでここに来てるんだ。嘘は言わない」


「……浩之どうする?」


「聞いてやってもいいけど家に入れるのは嫌だな」


「同感だ」


俺はすぐマンションのフロントに電話してゲストルームの予約を取った。


「エレベーターで最上階まで上がってそこで待っててくれ」


「……分かった」


鉢合わせしたくないのでインターフォンを切り、少し時間を置いてから二人でエレベータに向かう。


「……武器とか必要だった?万が一のために」


「いらない。俺の筋肉が武器だ」


「はいはい」


冗談めかして言ったが俺は本気だ。万が一の時は俺が対処しないと、また浩之のアッパーが炸裂する。そんな事で逆に訴えられる訳にはいかない。


「もう僕を庇ったりするなよ」


「あーうん」


「……次やったら別れるからな?」


「……善処する」


俺の可愛い天使は本当に難しいことを言う。仕方ない、何かあれば正当防衛の範囲内で戦おう。


軽やかな音を立ててエレベータが止まると、

約束通りその男はゲストルームの前に立っていた。

さすが元ボクサーだけあってガタイは良い。けれど顔が物凄く凶悪なので、悪役プロレスラーと言った方がしっくりくるかもしれない。


浩之が暗証番号でドアを開けて彼を室内に促した。その後から俺たちも入り、ドアを閉める。


「まず最初に、本当に悪かった」


座る前に男は深々と腰を折る。浩之は何も答えず黙って男を見ていたので、仕方なく俺が口火を切った。


「まあとりあえず座ってください。話があるんですよね。とりあえずお名前を聞いても?」


「……垣内樹里亜だ」


……なんて?


「かきうちじゅりあさん?」


しまった。平仮名で呼んでしまった。


「……似合わないのは分かってる。両親が頭イカれてて…………」


ちょっと恥ずかしそうに大きな体を縮こませたので俺は慌てて謝罪した。人様の名前でこんな反応するなんて最低だ。本当に申し訳なかった。


「それで証拠って?どうして僕たちにそれを渡そうと思ったの?」


すごいな浩之、何にも動じてない。

それを見て、この場は浩之に全て任せて黙ってようと決めた。


「……これを見てくれ」


ジュリア……じゃない、、垣内さんはポケットからUSBメモリを出す。

……証拠がそれなら先に言えよ!そしたらノートパソコン持参したのに!


隣を見ると浩之も同じことを思っているのか、眉間に深い皺が現れる。それに気付いた垣内さんは、慌てて自分の携帯を取り出した。


「パソコンの画面を動画で撮った物だから見辛いけど……」


「……?」


確かにかなり画質が荒い。車が走ってるから外か?そこにふらふらと白い人影が現れて、道路を横切ろうとした所でさっと携帯を取り上げられた。……もちろんジュリアにだ。


「おい!ふざけてんのか?」


「すまん、これ以上はちょっと刺激が強いから音だけにした方がいい」


その直後、携帯から急ブレーキの音と、衝撃音が聞こえた。


「今のって……」


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