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128話 ジュリアの告白

「ああ、二十三年前の事故の映像だ。湯井沢さん、あんたの母親の」


「えっ?……」


とんでもない物が出てきた。だがこんな不鮮明な映像が証拠になるだろうか。そう思った時、携帯から明瞭な声が聞こえた。


『おい!早く車を出せ。もう死んでる』


『あ、ああ。いいんすか?あのままで』


『轢いた奴が責任をもって病院に連れて行くだろ。それより現場から離れないと怪しまれる』


『……っす』


エンジン音がして車が発車した。息を飲んで声をすませていると、またさっきの男の声がする。


『分かってるな?今日の事は誰にも言うな。お前は何も見てない』


『っす。でもあれ湯井沢さんの奥さんっすよね?』


『あいつがいたら美恵子と結婚出来んだろうが』


『ああ……だからっすか?薬でも飲ませた感じっすか?』


『ああ、あの薬は幻覚を見せるんだ。お前も邪魔したら同じ目に遭わせるぞ』


『……うす』


音声はここで途切れている。ゲストルームはしばし静寂に包まれた。


「これは垣内さんと僕の父親の声?」


「ああ。チンピラだった俺は十五の時に美恵子に拾われた。それからたまに湯井沢の使いっ走りもしてたんだ」


……十五でチンピラ。ジュリアの人生も訳ありなんだろうな。


「もう一度聞くけど、どうしてこれを僕に?脅迫して金を取ろうと思ってる?」


「金なんかいらねぇ!」


いきなり立ち上がった垣内に、俺は慌てて湯井沢を庇った。


「……お前、庇ったら別れるって言ったのに……」


いや、咄嗟の行動だ。これは仕方なくない?!


「……金なんかいらないんだ。ただ、この証拠を警察に渡して欲しい。俺じゃ信用されないし、握り潰される可能性もある。頼む、湯井沢に罪を償わせてくれ」


「親父に?」


「この期に及んで美恵子は湯井沢とやり直すって言うんだ!ずっと側で支えてきたのは俺の方なのに!」


「あーそういう……」


痴情のもつれって怖い。


「これ以外にも裏で汚い事して全部美恵子になすりつけてるんだ。悪いのはあいつなんだよ。……俺は罪を償って美恵子を待つ。あいつの支えになって今度は真っ当に二人で生きていきたい」


「……分かった。これは預かる」


浩之はUSBを手に取った。


「……それとこれも」


そう言ってジュリアが出して来たのはマンションの権利書だ。


……そうだった。こいつはうちに空き巣に入ったんだ。


「悪かった。こんな物でも美恵子の役に立つかと思って」


「こんな物って言うな」


浩之は中身をきちんと確認してからその封筒をしっかりと抱き抱える。


「湯井沢家の奴らにはちゃんと償わせるよ」


浩之のその言葉に、垣内の頬を一筋の涙が伝う。それから深く頭を下げて帰って行った。


「浩之には申し訳ないけど、どこがいいんだあんな女って思ってる」


「僕だってそう思ってるよ」


「けど俺たちにとってはそんな相手でも、必要とする人はいて、そう考えると世の中の全ての人は誰かにとっての大事な人なんだよな」


最後に会った時の美恵子夫人の悪態を思い出すと、本当に真っ当な人間になれるのか?という不安は残るけども。


「……どうしたんだ?頭でも打ったのか?」


「感動したんだよ」


そんな当たり前のことに今初めて気が付いたんだ。


「ありがとうジュリア……」


「やめろ。さっさと部屋に戻るぞ。揚げたての天ぷら食べ損ねた!」


俺の感動を台無しにした浩之は、何事もなかったかのように部屋に戻ると食事を開始した。



◇◇◆◆◇◇


翌日、早速俺たちはジュリアから貰った証拠を東堂先生経由で検察に提出した。

あのUSBには浩之のお母さんの事故以外にも、色々な証拠が入っていたらしい。


ジュリアがどんなつもりでそれらを集めていたのかは分からない。もしかするといつか美恵子さんの目が覚めるかもしれないと思っていたんだろうか。

ジュリアは暴力沙汰と空き巣以外は直接諸々の犯罪に関わっていた訳ではなかったらしく、執行猶予がつくだろうと聞いた。


「とりあえずこれで湯井沢パパも無事に起訴されたし後は裁判を待つだけだな」


「パパって言うな。……それに悪い事したら裁かれるのは当たり前だからな」


俺たちはどこまでも続く海を見ながら他人事のように話をする。


……これで終わったんだ。

これからは誰にも邪魔されず自分たちの人生を送るんだ。


そして今日はその第一歩……


「沢渡様!そろそろお支度のお時間ですよ」


「はい!今行きます」


俺たちは手を繋いで式場までの道を急ぐ。

いよいよ今日は二人の結婚式なのだ。



「ひろくん!こっち向いて!」


きゃっきゃと双子たちが浩之の写真を撮っている。……俺は?と聞いたら後でと言われた。

いや普通俺たちのツーショットを撮るもんじゃないの?


両親は揃って東堂の親族に挨拶に回っている。浩之と東堂家の繋がりを知らなかった二人は式場で彼らを見るなり、青ざめて俺を責めたてた。


『でももうひろくんは返さないから!』なんて、戦う気満々の二人だったけど、先方の親族のフレンドリーな様子にすっかり打ち解けて仲良くなっている。


……双子の妹たちは、弊社社長で東堂家跡取り(婿養子だけど)の娘さん二人と意気投合してて、何やらコソコソと話をしているが、まだ高校生の二人に変なこと教えないだろうなと目が離せない。なんせ海なんて、とんでもないコスプレしてたりするからなあ……



「あ!健斗くん!浩之くん!」


「笹野さん!」


少し目立ち始めたお腹は、上半身にボリュームを持たせたシフォンのワンピースで上品に隠している。相変わらずセンスが良いなあと感心していると、いつもの如く、影のように寄り添っていた旦那さんが笑顔で俺たちに祝いの言葉と花束をくれた。


「凄く素敵よ!イケメン二人の挙式なんて眼福だわ!」


類稀な美女からの言葉に、俺たちは照れながら、乞われるままに沢山の写真に収まる。そしてそれを見ていた東堂家の人々も我先にと参加を始めたので、ロビーは写真スタジオのような様相を呈していた。


「ではみなさま、準備が整いましたのでお式の会場までご案内致します」


「はーい」


山本さんの先導の元、皆がわいわいとおしゃべりしながらガゼボを模した浜辺の教会まで歩いた。空は綺麗に晴れ渡り、海は静かで暖かい。そろそろ梅雨だというのに雨の気配はひとつもないので、山本さん考案のガーデンパーティーはきっと楽しいものになるだろう。


「……でもやっぱりちょっと恥ずかしいね」


「まあな」


教会までの道のりに、散歩がてらの見物客である地元の人がちらほらと見えた。俺たちの周りをきょろきょろと見回しているのは花嫁を探しているんだろう。

……今日の主役は俺の隣にいるこの美青年です!、と公言して回りたい。


「おやおや、いい男が二人して。花嫁さんは支度に時間がかかってるのかい?」


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