腰の曲がったおばあちゃんが人懐っこい笑顔で話しかけてきた。さすがにこの年齢の人に何と言ったらいいのか……と俺が考えあぐねていると、後ろにいた衣装係の田村さんが助け舟を出してくれる。
「おばあちゃん。今日はぁこのイケメン二人が結婚するんですよぉ?好きあってたら誰とでも結婚できるの。いい時代になりましたよねぇ」
「ほおそうか。二人は好きあっとるんか。そりゃいい時代になったねぇ。私らは親の決めた人としか結婚できなかったからねぇ。好きあってるもん同士で一緒になれるならこれ以上のことはないねえ」
おばあちゃんの「末長く幸せになぁ」と言う言葉に、俺は数年前に亡くなった祖母を思い出し涙腺が緩む。浩之もはにかみながら丁寧にお礼を伝えていた。
「それでは参列者の皆様はこちらにお掛けください」
ガゼボの前に設えられた広い石畳の上に、本当の教会のように長椅子がいくつも並べられていた。真っ白のそれは、花やリボンで綺麗に飾り付けられている。
「お二人はこちらにどうぞ」
山本さんが手を差し伸べた先には誓約台があり、既に牧師が立っている。
(……本当に結婚するんだな)一気に実感が沸いた俺たちは握りあっていた手にぎゅっと力を込めた。
牧師の開式の言葉と祈祷、それに聖書の朗読が終わり、いよいよ誓いの言葉だ。
「健やかなる時も病める時も、富める時も貧しき時も。これを愛し敬い、慰め助け、命の限り誠実を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
「誓います!」
「では宣言してください」
見た目は外国人だが流暢な日本語の牧師はちらりと優しい目で俺を見る。
「はい!死が二人を分かつともこの約束を守ります」
「え?」
浩之が俺を見上げた。そう、死が二人を分かつ「まで」じゃない。
叶さんが死んでなお、昌馬さんの体を傷つけまいと守ろうとしたように。
俺もまた、この体は無くなってもずっと浩之のことを想う。
「……僕も守ります」
浩之は泣いていた。
参列していた両親もや友人も。
寛容な心で俺たちを祝福してくれた皆の前で、俺たちは本当の家族になったのだ。
その後、披露宴会場で皆を待っていたのは、参加を危ぶまれていた当麻さんだった。なんと彼は俺たちのためにケーキを焼いてきてくれたと言う。
「こちらです」
「えっ?!」
スタッフが台車に乗せて運んできてくれた「それ」は、とんでもなく大きいものだった。
「ファーストバイトとやらをされるかと思いまして。その後皆さんで召し上がるならこれくらいの大きさは必要かと」
……列席者百人でも食べ切れるかどうか……ゆうに2メートルはありそうな巨大なケーキを見上げて呆然とするが、その気遣いが嬉しくてまた涙が出そうになる。
「すごく嬉しいです。でもよく自立してますね」
「はい、芯が入ってるので。飴で作った棒なんですけど」
「すごい……」
大きさだけじゃない。色とりどりの花を模した砂糖菓子にクリームの装飾、それによく見るとてっぺんに俺たちに似せた人形が立っている。
……まあほとんど見えない高さなんだけど。
「……僕、ケーキ入刀とか嫌だって言ったのに」
「何言ってるんだ。入刀さえすればこれを食べていいんだぞ?」
「あっ、そうか」
ちょろいな浩之。食べ物が絡むと途端にポンコツになる浩之可愛い。
「よーし、いくぞ」
「待って?!ゆっくりやらないと倒れるから!」
俺と式場のスタッフが大慌てで浩之に駆けより、取り押さえる。なんだこの結婚式。
「落ち着いて、一人で切るなよ?はい、ナイフに手を添えて」
まっさらなケーキにスッと切り目が入った。シャッターチャンスとばかりにあちこちでカメラの音がするが、浩之はケーキしか見てない。
「浩之くん!カメラ目線お願い!」
ほら、笹野さんちょっとキレてるじゃん!
「じゃ次はファーストバイトだな?」
浩之が置かれていたしゃもじを手に取った。……待て待ておかしい。そこはフォークかスプーンだろ!誰だ?しゃもじを置いた奴!
「はい、あーーーん!」
「うっ!」
そんな可愛い笑顔で差し出されたら仕方ない。俺は思い切り口を開けた……が、食べ切れるはずもなく。顔中をクリームだらけにして皆の爆笑を買う。
「次は浩之な?見てろよふふっ」
「よし来い!」
俺も浩之に習ってしゃもじ一杯にケーキを掬って差し出した。
「あーん」
「え?」
……お前、口ちっさく見えてるけど開いたらめちゃくちゃ大きいな?!あの爆食いの謎が解けたぞ。
「おいしーー!!」
綺麗にしゃもじのケーキを食べ切った浩之はご満悦でおかわりを要求している。
「こいつ……!」
皆が俺たちを見て笑っている。結婚式ってこんな楽しいものだったのか。
それから、式場スタッフが切り分けてくれたケーキを皆に振るまい、食事をしつつ賑やかに和やかに、時間は過ぎた。
そうして大盛況?の中、俺たちの結婚式は幕を下ろしたのだった。