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130話 それぞれの行末

人生の一大イベントが終わり、俺たちは新婚生活を始めた。

とは言っても特に今までと何ら変わりなく、普通に働いて普通に二人で暮らしている。


同じ部屋に帰り、同じ物を食べ、同じベッドで眠る。

そんな日常が何より幸せだ。


そんな日が半年ほど続いたある日、藤堂先生から突然食事の誘いを受けた。物理的に息をする暇もないと嘆いていたのに、余程の用事なのかと心配しながら俺たちは約束の店に到着した。


「久しぶりだね」


「東堂先生また痩せました?」


「頬が削げてイケメン度が増しただろ?」


「ええ、まあはいそうですね」


「適当だなー何飲む?」


確かに痩せてはいたものの、比較的元気な様子に俺はほっとして席に着く。浩之と二人でビールを頼んで早速用件とやらを尋ねた。


「実は君たちに謝りたいという人が来てます」


「謝りたい?」


誰だ?まさか美恵子夫人か?それとも渡??


「……お久しぶりです」


東堂先生の後ろからぬっと現れたサングラス、マスク、そして帽子の不審者。これはもしかして……


「……美馬?」


「……はい。その節は大変ご迷惑をお掛けいたしました。本当に申し訳ございません」


深々と頭を下げる美馬。

すべてを覆い隠してもその小顔と長身で分かるんだよな。


「日本に帰って来たんだ」


「はい。美恵子さんが捕まったと聞きまして」


「はあ、おい浩之も何とか言えよ」


「え?あ、すいません!唐揚げ大盛りとローストビーフ三皿お願いします!」


「……湯井沢さん相変わらず俺の事に全然興味ないですね……」


それはそうだ。浩之には俺と言う立派な伴侶がいるんだから。


「それでどうして東堂先生が?」


「……この人酷いんです。俺のアメリカでの活動邪魔するんです」


「ええ?」


「人聞き悪いなあ。邪魔なんかしてないよー。ただ偶然君が受けるオーディションに俺の知り合いがいたってだけじゃないか」


「……毎回ですか」


「それは知らないけどさ。でも他人に役を持ってかれるのはその程度ってことだろ?」


「それは……そうなんですけど」


美馬は悔しそうに唇を噛んだ。


「無駄な足掻きは止めて日本に戻って来ればいいじゃないか」


「無駄とか言わないでください。一大決心で行ったんですから」


「じゃあ弱音吐くなよ」


「邪魔する人に言われたくありません」


……どういう事なんだろう。美馬の邪魔をして東堂課長に得なんてないはず……それよりこの二人を見ていると段々と馬鹿馬鹿しい気持ちになって来た。

意見を求めようと隣を見ると、浩之は黙々と一人で食事を始めている。さすがだ。俺もご飯たべよっと。


「あっ湯井沢さん、零れてますよ」


「……湯井沢じゃない。沢渡になった」


「えっ……そうなんですか」


目に見えてしゅんとした美馬に浩之は「だからこれからは浩之って呼べ」と返す。途端に美馬の目がキラキラと輝きだした。


「あーあ、ほんと美馬は馬鹿だな」


「何でですか東堂さん、失礼だな」


ぷんぷん怒りながら美馬も料理に手を伸ばした。


……あれ?もしかして東堂先生は美馬のことを?

そして近くにいて欲しくてアメリカでの活動を邪魔してるのでは?


面白くなさそうにビールを煽る東堂先生は普段見たこともないような顔をしている。……そう言う事か……。


「健斗くーーん、俺のこと慰めてよ。今度二人で飲みに行こう?」


「あ、いや……」


ちょっと、痴話喧嘩に巻き込むのやめて貰えます?ほら浩之が胡乱な目で俺を見てるじゃないか。


「……東堂さんこそ馬鹿じゃないんですか?沢渡には浩之くんがいるのにホントに報われないですね」


「お前に言われたくないよ」


そのやり取りに俺は飲んでいたビールを吹きそうになった。なんだよ美馬も満更じゃない感じかよ。これが両片想いって奴か?


「ご馳走様」


浩之が箸を置いて立ち上がる。俺も笑いを堪えて上着を着た。


「なんだよもう帰るのか?」


「はい、ちょっと用事を思い出しまして。美馬の謝罪はちゃんと受け入れたからこれからも頑張れよ」


「……ありがとう」


「行こうか浩之」


「うん。お二人さんごゆっくり~」


腑に落ちない顔の二人を置いて俺たちは店を出る。

まだ時間が早いせいか、繁華街は人もまばらだった。「折角だからどこかに行くか」?と浩之に聞くと間髪入れず「ラーメン」と返って来た。まだ食べるのか……。


「だって食べた気しなかったよ」


「結構食べてたけどな?」


「ラーメン、もしくは焼肉」


「……ラーメンくらいにしておいて欲しい」


「分かった」


焼肉は流石に無理だ。


「そう言えばさ、笹野さんとこそろそろ赤ちゃん生まれるな」


「あー確かに。……なんでこの流れからのその話?」


「いや、おめでたい繋がりで」


「ああ」


なんだ浩之も気付いてたのか。


「いい陽気だから運動がてら歩いて帰ろうか。ラーメン屋経由で」


「ああ、いいぞ」


運動と名のつく物は好きだ。俺に断る理由はない。

そうして他愛もない話をしながら、俺たちはのんびりと月夜を歩いた。

……この時は彼らが一生のパートナーになるなんて、夢にも思っていなかったけど。






それからしばらくして笹野さんに元気な男の子が産まれた。写真を送ってくれたが、さすが二人の子供だけあって新生児なのにやたら整った顔をしていた。将来はかなりのイケメンになるだろう。


ちなみに湯井沢家の人々だが、形は様々であるが、ようやく決着がついた。

湯井沢の父親は有罪判決を不服として控訴したものの、勝ち目がないと分かると、体調不良や心身衰弱で散々時間稼ぎを始めた。だが、結局申し立てた上告も不受理で実刑が確定し、今は塀の中だ。


渡の方も刑期六年の判決を受け、刑務所暮らしだが、反省したのか長い長い謝罪の手紙を一通寄越したきり、静かに罪を償っている。

浩之にとってはたった一人の弟だが、「絶対に赦すつもりはない」と、完全無視で返事もしていないようだ。


……それに比べて美恵子夫人は予想外だった。

最終的に彼女には執行猶予が付いたので、待っていたジュリアと幸せになると思っていたのに、数ヶ月後にジュリアに刺されて亡くなった。

二人の間に何があったのかは分からない。ジュリアは結局最後まで何一つ話さず、実刑を受け、湯井沢親子と同じように塀の中にいる。

あれほど愛していた人を自らの手で死なせてしまった姿に、ふと叶さんを思い出した。


もう俺たちには関係ないことだし、彼には二度と会うことはないだろうが、罪を償ったら今度こそ幸せになって欲しいと思ってる。



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