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131話 家族のこと

それから平穏に時は過ぎ、今度は海が結婚することになった。忙しい時期でしばらく帰省してなかった俺たちは、驚きながらも祝いの品を持って実家を訪れた。


「久しぶりね二人とも」


最近は腰が痛いからと通院が欠かせないらしい母が、変わらない陽気さで俺たちを迎えてくれる。聞けば今日は婚約者もうちに遊びに来ると言う。


「それにしても海がなあ。ところで本人は?」


「彼を迎えに行ったよ」


コーヒーを淹れてくれた空は、我が事のように嬉しそうだ。


「でもまだ早い気はするよなあ」


「何言ってんのお兄ちゃん。私たちもう大学卒業して三年も経ってるんだから」


「もうそんなになるのか!」


驚いた。俺たちの生活はさほど変化がないので時の流れに鈍感なのかもしれない。これが若さって奴だろうか。


「……浩之は幾つになっても可愛いよ」


「なんだよ急に。やめろ」


しまった。また不興を買ってしまった。本当の事を言っただけなのに……。


「空ちゃんは相手の人に会ったことある?どんな人?」


「うーーん。優しそうかな。海がしたいことをいつも全力で支えてくれるんだって」


「それはいい相手に巡り会えたな」


縛りつけるんじゃなくお互いを一人の人間として尊重しあえるなら、結婚生活は幸せなものになるだろう。


「でも海ちゃんってイタリアに行くんじゃなかった?」


浩之の言葉に、そういえばと思い出した。大学を卒業して大好きなファッション業界に入った海は、コンペで賞を取り海外の企業からスカウトが来たと聞いていた。


「落ち着いたら行くらしいわ。二年後くらい」


「何が落ち着いたら?」


「え──っと」


「空!そこまでよ!」


ぴしゃりと空の言葉を遮ったのは、いつの間にか帰っていた海だった。そしてその隣には優しそうな顔をした婚約者を伴っている。


「私が言うんだから言っちゃだめ」


「だから言ってないわよ─」


「お帰り!お兄ちゃんたち。先に紹介するね。彼が結婚相手の上島健吾くんです」


「初めまして」


穏やかで大人しそうな彼がニコニコしながら頭を下げた。その面差しはどことなく俺たちの父親に似ている。


「あのね、赤ちゃんがいるの。だから産んでしばらくしたら行こうかなって」


「「赤ちゃん!!!」」


俺と浩之は同時に声を上げた。


「お……おめでとう。授かり婚って奴だな」


「無理しないでいいわよ。婚約はしてたけど赤ちゃんは予想外に早かったから私たちもびっくりした」


海はそう言うが、両親はもっとびっくりしただろう。けれど二人ともいい大人なんだから俺たちが口を出すべきじゃない。


「おめでとう。式はどうするんだ?」


「それは今のところ考えてない。子供が生まれたらお金もかかるしそっちに使ってあげたいの」


そうか……ちゃんと考えてるんだな。いつまでも子供だと思っていたのは俺だけだったようだ。




それから半年後。

海は可愛い女の子を産んだ。あまりの可愛さに家族全員が骨抜きにされ、育児用品やおもちゃが家に溢れかえって海から赤ちゃんへの献上物禁止令が出るほどだった。

里帰り中は俺と浩之も暇を見つけて実家に足繫く通っていたのだが、いくら見ていても飽きないのでつい長居をしてしまう。


今日も今日とて、明日が週末なのをいいことに俺たちは実家で赤ちゃん……真魚まなの顔を見ながら晩御飯を食べていた。


「海は?出かけたのか?」


母親は真魚を抱っこしてミルクを飲ませながら複雑な顔をした。


「ちょっと健吾くんがね……」


「何かあったんですか?」


「……会社の健康診断で引っかかって病院に行ったんだけど良くないものが見つかったみたい。週明けに手術をするらしいのよ。海は付き添いをしてるの」


「よくないもの……」


それは腫瘍とかそういったものだろうか。


「まあ医療も発達してるし、大丈夫だとは思うんだけどね」


そりゃそうだ。大丈夫じゃないと困る。あの二人はまだ結婚して半年しか経ってないんだ。こんな可愛い子供もいるのに。


「お母さん、僕たちに手伝えることありますか?」


「……ありがとう浩之くん。じゃあ甘えてもいい?真魚の世話なんだけど、実はどうしようかと思ってたの。今は子供を産んだばかりの海が心配だって空も向こうに行っちゃってて」


「今夜は泊まって真魚ちゃんの面倒をみます。お母さんは指示だけしてください。慣れたらうちで預かることも出来ると思います。」


「お願いしようかしら」


「はい!」


それから母のスパルタ育児塾が始まった。それはそれは厳しい指導だったが、考えたら当然だ。一人の人間の命を預かるんだから。

毎日仕事帰りに寄るのは大変だろうと、俺が使っていた部屋への住み込みを提案されたのはそれからすぐの事だ。

すっかり真魚に情が移った俺たちは二つ返事でその提案に乗り、我が家は賑やかな大家族になった。




「真魚、可愛いな」


すっかり慣れた手つきで浩之がミルクを飲ませている。おむつを替えたり風呂に入れるのもすっかりお手のものだ。

こうして二人で面倒を見ていると自分たちの子供が出来たみたいで不思議な気持ちになる。大変な思いをしている海には申し訳ないが、なんだか幸せな経験をさせて貰っている感じだ。


「飲みながらうとうとしてるな」


「うん、ほ乳びんの吸い付きが弱くなってきたからもう寝そう」


「重くない?代ろうか?」


「羽のような重さだから大丈夫。お前には任せられない」


なんでだよ。


「僕……育児休暇取ろうかな」


「え?姪っ子でもいいのか?」


「無理かな……」


「そうだ、東堂先生に聞けばわかるんじゃないか?総務人事の仕事してたよな?」


早速俺は携帯でメッセージを送る。しばらく経つと返事が来たが、やはり姪では無理なようだ。養子縁組をしていれば可能らしいが今後もその可能性はないだろうから残念だ。


「あーずっと一緒にいたいなあ。可愛いなあ」


真魚のほっぺたに浩之がすりすりと自分の頬をすり合わせている。なんだこれ。可愛いと可愛いのコラボじゃないか。


「それにしても母さんたち遅いな」


先ほど、入院している健吾くんの調子が良くないとのことで海を送りがてら一緒に病院に行ったんだが、一向に連絡がない。


「予後が大変みたいだから」


「そうだな……」


手術から二か月、実際に患部を開いてみたが、とても取り切れない大きさの腫瘍に完全に取り切るのをあきらめ、後は放射線と抗がん剤で対処すると方向転換があったそうだ。

まだ若い。海と同じ年の義理の弟の突然の不運に、家族中が一丸となって立ち向かい、応援をしている。

だが、若いというのは手術や治療に耐えられる体力があるというメリット以上に病巣の進行が速いというデメリットがある。

今、健吾くんの体は必死にその敵と戦っているのだ。


「……健斗、真魚が眠った。お布団整えてきて」


「分かった」


なるべく音を立てないように客間に備え付けたベビーベットに行き、言われた通り布団を綺麗にした。そして浩之の手から真魚を受け取ってそっと寝かせる。


「この子はいい子だな。夜もあんまり泣かないし昼間はお腹いっぱいでオムツが綺麗ならずっと寝てる」


「お父さんとお母さんが頑張ってるのが分かってるんだよ」


「……そうだな。早く元気になって帰って来てもらわないと」


「うん、真魚を見たら大きくなっててびっくりするだろうな」

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