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133話 子育て問題

「え?私?大丈夫よ。ちゃんと一緒に面倒見るから」


「そうじゃなくて」


海はじっと空を見た。


「彼氏と結婚して欲しいの。私に気を使う必要はないから」


「え……彼氏のこと知ってたの?」


「当たり前じゃない。私たちは双子よ?誰よりもお互いを分かってるでしょ」


「そうだけど……」


「約束よ。次に私に連絡してくる時は結婚の報告を聞かせてくれるって」


「……分かった。ありがと」


……海に続き空までも結婚か……と言うよりそんな相手いたのか。全然気付かなかった。

親父も冷静に見えて凄く動揺してる。面白いな。


「ようし!これから準備に大忙しだわ!頑張ろう!みんなもよろしくね!」


海が久しぶりに母親ではない顔をしていた。

彼女はこれから二人の思いを胸に新しい世界に飛び立つのだ。







それから間もなく、海はイタリアに発った。しばらくは真魚も寂しそうにしていたが、一月もすればけろりとして子供の逞しさを思い知らされている。

俺たちは、平日は実家で暮らし、週末は真魚と共にマンションに帰る生活を始めた。


生活環境の変化を危惧していたが、実際は思ったより大したことがなかった事も大きい。

そして真魚はすくすくと成長し、小学校に上がるタイミングで俺たちは三人で実家を離れることになった。


「寂しいわね。本当に三人で大丈夫なの?」


「母さん、もう真魚は何でも自分で出来るんだよ?それにうちのマンションの方が学校に近いだろ?」


「それはそうなんだけど……」


真魚の小学校は海とも相談して自由な校風の私立に決めた。父親似のおっとりした部分と、母親似のクリエイティブな部分を持つ真魚にとって、最適な学校を選べたと思う。


「大丈夫です、お母さん。うちの会社はキッズルームもありますし、学校が終わったら会社で待ってて貰って一緒に帰りますから」


「分かったわ。でも困った時は連絡してね。夕食を作りにも行くからね」


「はい、その時はお願いします。お母さんも忙しいので体を大事にしてください」


「ありがとう」


……実の息子の俺より信頼されてるな。

まあ確かに俺一人で真魚を引き取るなんて言ったら絶対反対されたもんな。

それに、一昨年結婚した空の一人目の赤ちゃんがもうすぐ生まれる。里帰り出産だし、いくら真魚がいい子でも腰痛持ちの母にとってはかなりの負担になるだろう。

それもあり、このタイミングでの独立を決めたのだ。


「パパ!お父さん!荷物持ったよ」


ランドセルを背負った真魚がキラキラした笑顔で階段を下りて来た。

ああうちの娘はなんて可愛いんだろう。

……ちなみに真魚は俺をお父さん、浩之をパパと呼ぶ。


「じゃあ行こうか」


「うん!」


「真魚、お父さんと手を繋ごうな」


「やだ、パパがいい。だってお父さん大きいから腕が疲れちゃう」


「……そうか」


自分の体格の良さを悔やむ日が来るなんて思ってもみなかった。


「じゃあ健斗は僕と手を繋ぐ?大通りに出るまでだけど」


「うん!浩之と繋ぐ!」


「……お父さん甘えたさんね?」


「うっ」


浩之が大笑いしている。なんだよ……。まあ、本当のことだからいいんだけどさ。


「帰りに買い物して行こうか。真魚は晩御飯何が食べたい?」


「えーーっとね、きんぴらとアジの南蛮漬け!」


「分かった。健斗は?」


「ハンバーグ」


「あはは。じゃあ全部作ろう」


「わーーい!南蛮漬けは酸っぱくしてね」


「あ、ハンバーグはチーズ乗せて欲しい」


真魚に続いて慌てて要望を伝える俺に、優しい笑顔が返ってくる。俺たちは本当の家族のようにこれからも一緒に暮らすんだ。



入学式を終え、順調に新生活をスタートさせた俺たちだが、半年ほど経ってある異変が起きた。

私立の学校なので遠くから来ている子どもたちも多い。その中で比較的近所に住んでいる子たちで一つのコミュニティが出来たのだが、どうやらそこで問題が起こったらしい。担任の先生からの連絡で俺たちは半休を取り、学校へ急いだ。


「喧嘩……ですか」


「そうなんです。……どうぞ」


立派な応接室でお茶を出されるが、正直そんなどころではない。あの大人しいのんびり屋の真魚が喧嘩だなんて。


「まあ女の子同士なので口喧嘩ではあるんですが、ずっとお互いを無視しあっています。理由を聞いても二人とも何も言わないので解決のしようがなくて困っておりまして。ただ、他の子が聞いた話では何やらお父様に関しての言い争いをされていたようなんです。何かお聞きになっておられますか?」


見るからにベテランの教師然とした女性は俺たちをじっと見つめた。


「家では特に何も聞いてないです。ちなみに相手のお子さんはどのような?」


「隣町から通ってきている子なんです。ちょっと大人びていて正直やりづらい子ではあるんですが、特に今まで問題行動はなかったんです」


「そうですか……」


お父さんのことで喧嘩。何か俺たちのことで揶揄われたんだろうか。


「……分かりました。そろそろ午後の授業が終わるころですよね?娘を迎えがてら教室にお邪魔しても?」


浩之の言葉に、先生は「もちろんです」と俺たちを教室まで案内してくれた。少し開いた窓の隙間から中を覗くと、授業参観では緊張した顔だった子どもたちが、今は楽しそうに授業を受けていた。


「あと十分ほどで終わりますので。何か分かったらご連絡いただけると助かります。では本日はこれで」


「はい、ありがとうございました」


先生の足音が遠ざかると、俺たちは同時に詰めていた息を吐く。はあ……息が詰まる。


「なあ健斗」


「ん?」


囁くような小声の浩之が、俺の目を見た。


「真魚が、からかわれて虐められてたらどうしよう」


「虐め?あんないい子なのに」


「だってうち複雑だろ。ちゃんと両親揃ってって感じじゃないし。それにパパとお父さんって何?って言われたら真魚も答えられないんじゃないかな」


「実は俺もちょっとそれを考えてた……」


「やっぱり学校に顔を出すのはどっちか一人にしておけば良かったんじゃないかな……」


もしそれが原因なんだとしたら……。

真魚に寂しい思いをさせないようにいつも二人揃って行事に参加していた事が裏目に出てしまったことになる。


「当分は健斗が参加しろよ。実際に養子縁組してるのは健斗なんだし」


「そんな……お前の方がよっぽど真魚の面倒見てるし、真魚だって懐いてるのに」


「仕方ないだろ。これから先のこと考えてもその方がいいって」


……確かに法律上、俺たち二人と真魚を縁組することは出来ない。でも俺は二人で育ててるつもりだったし、真魚だってそう思ってる。

浩之のいう事は分かるし、それも仕方ない部分もあると思うけどその前に出来ることはあるんじゃないか?


「とにかく、僕はしばらく学校には顔を出さないからちゃんと頼んだぞ」


それは…と言いかけて、背後に俺たちをじっと見上げている真魚がいることに気づいた。いつの間にか授業は終わっていたらしい。


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