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134話 健斗の隠し子?

「……パパが来てくれないなんて嫌だ」


聞かれてたのか……。浩之は屈んで真魚の頭を撫でながら「家で話そう」と手を繋いだ。


「先生に呼ばれたの?朱里あかりちゃんとのこと?それでパパはもう来てくれないの?」


綺麗な瞳からポロポロと涙の雫が落ちる。ごめんなさいと言いながら真魚は声を上げて泣き出した。


「あ!真魚ちゃんのパパ!」


その時、一人の子どもが目ざとく俺たちを見つけて手を振っている。それに笑顔で応えていると、一人の女の子が強張った顔で俺を見ていることに気が付いた。きっとあの子が喧嘩の相手の朱里ちゃんとやらだ。なんだかそんな気がした。


「浩之、俺あの子と話がしたい。先生に聞いてくる」


「え?今?」


驚く声を背中に、俺は職員室に走る。そして先生に事情を話して先方の親御さんに連絡して貰えるよう頼んだ。


「丁度お迎えに正門まで来られているようです。お伝えしたらすぐこちらに来られるそうなので応接室でお待ちいただいけますか」


「ありがとうございます」


礼を言って真魚たちのところに戻ると、さっきの女の子はまだこっちを見ていた。


「真魚、あの子が朱里ちゃん?」


「……うん、そう」


……やっぱり。


「じゃあ一緒に先生のとこ行こうか」


「……怒られるの?」


止まりかけていた涙がまた溢れる。俺は慌てて違うと手を振った。


「話を聞くだけ。誰も怒ったりしないから」


「パパもお父さんも一緒?」


「ああ、一緒だ」


浩之が真魚を抱きしめて頬ずりをすると、真魚はくすぐったそうに少しだけ笑う。

そんな二人を促して、俺は再び応接室のドアを開けた。



まだ先生は来ていなかったので、俺は真魚を座らせ、喧嘩の原因とやらを聞いてみた。


「分かんない」


「分かんないの?」


「うん」


真魚は賢い子だ。滅多に分からないなんて言わないし、誤魔化すこともない。不思議に思って、いつ喧嘩になったのかを聞いてみた。


「喧嘩してないの。いつも睨んでくるだけでしゃべったりもしないし。でも急に後ろから突き飛ばされて『ずるい!』って怒られた」


「ずるい?何が?」


「分かんない。何が?って聞いても話してくれないの。でもそれからわざとぶつかったりペンケース落として踏んだりするの。ゆいちゃんやリラちゃんが怒ってもやめないの」


……これはもう口喧嘩じゃないだろ。きちんと先生を交えて対応が必要だ。

ああ、浩之の眉間に怖いくらい皺が寄っている。これはかなり怒ってるぞ……。


「お待たせしました」


先生の声がして、後ろから女性と朱里ちゃんが入って来た。

俺と浩之は立ち上がり、二人に名前を名乗って頭を下げた。


「知ってるわ!健斗くん」


「え?」


朱里ちゃんはそう言うと、俺を見て嬉しそうに駆け寄り、足に抱き着いてきた。


「あの……」


俺は知らない小学生女子に健斗くんと呼ばれる覚えはないし、抱き着かれる理由もない。だがさすがに振り払うことは出来ず、助けを求めて母親の顔を見た。


だが、当の母親も俺の顔を凝視するばかりで、固まったまま動かない。


「えっと……どこかでお会いしたことありましたか?」


俺に全く覚えはない。だが、二人の態度は見知らぬ者に対するものではないように思った。


「……佐久間さんだろ」


首を捻る俺の後ろから、浩之がこっそりと俺に囁く。


「え?知り合い?佐久間さんって??」


「高校で一緒だっただろ」


そうだっけ……。まあ浩之がそう言うならそうなんだろう。

仕方なく俺は「佐久間さん久しぶり」とだけ返した。


「……!!思い出してくれたのね!健斗!」


だが、嬉しそうな佐久間さんとやらには申し訳ないが、呼び捨てにされるのはちょっと気分が悪い。

……やはりはっきり覚えてないと言うべきだった。


「ママ!健斗くんに会えたからもうあのお家には帰らないよね?健斗くんと暮らせるんでしょ?」


「……朱里、その話は後でね」


え?俺と暮らす?待って、その話詳しく……あ、でも子供の前で問い詰めて良いのだろうか……。

この状況をどうしたものかと考えあぐねていると、先ほどの先生がようやく姿を現した。


「お待たせしました……あら、朱里ちゃんは随分と真魚ちゃんのお父様に懐いているんですね?」


「え?いや……」


初対面のはずなんですが……。


だが、未だ嬉しそうに俺の足にまとわりついている朱里ちゃんは次の瞬間、この空間にとんでもない爆弾を落とした。


「だって私のパパだもの!!」


なんだと?!?!?!


「……健斗」


胡乱な目で俺を見る浩之。待って?!なんの覚えもないからな?!

だが、それよりソファに座っていた真魚の目に、戸惑いと悲しみが見てとれたことに俺は慌てた。


「あ……あの真魚?」


「……お父さんは真魚のお父さんだもん」


「良いじゃない!二人もいらないでしょ!」


「いる!!!」


普段大人しい真魚の大声に、朱里ちゃんはびっくりして俺から手を離した。その隙に、真魚は俺に駆け寄り、しがみつく。


「……佐久間さん、どういう事か聞いてもいいですか?」


にっこり微笑みながらの浩之の言葉は、震えるように冷え冷えとしていて、何ら後ろめたいことなど無いはずなのに背中がひんやりと汗ばんだ。






その後、先生の計らいで真魚と朱里ちゃんは別室に移動し、他の先生に見ていてもらえることになった。

先生は困ったように、残された俺たち三人をぐるりと見渡し、トラブルに巻き込まれる事への覚悟を決めたのか、背筋を伸ばして傾聴の姿勢を取る。


「では早速。佐久間さん、さっき朱里ちゃんが言ったことは事実ですか?」


「健斗は朱里のパパってこと?その通りよ」


「…………」


佐久間さんは俺を見ながら、うっとりした顔になりとんでもないことを話し始めた。



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