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第85話

セバスチャンがお茶をいれてくれている。


「セバスチャンはここに居ても大丈夫なの?」


私がそう聞くとセバスチャンは微笑んで言う。


「今日はソフィア様をお連れしたのですが、お茶をいれるくらいの時間はあります。私では無くとも優秀な人材は王宮には多いのですよ。」


デルフィーヌ様が少し笑って言う。


「私が引き留めたのよ。セバスチャンのいれたお茶を飲みたいと、そう言ってね。」


セバスチャンのいれてくれたお茶は本当に美味しいのだから、それも分かる気がした。


「光栄に存じます。」


セバスチャンはそう言って微笑む。




話は忙しくしていた間に起こった事や今回の事についてが多かった。その中でソフィアは王妃になるべく、勉強の日々だそうだ。


「王妃教育など、受けて来ませんでしたので、お恥ずかしながら今から猛勉強です。」


ソフィアが言う。デルフィーヌ様が少し笑って言う。


「最初は出来なくとも良いのです、そこはフィリップが何とかするでしょう。今はフェイロンも居ますし。」


フィリップ様とフェイロン様は同じ執務室を使い、互いに協力しながら政務に当たっている。かつては忌み子という文化のせいで、出生さえ隠されたというのに。


「リリーはお姉様が目を覚まされたとか。」


デルフィーヌ様が言う。


「えぇ、お姉様は今はウォルターが監視を。」


言うとセバスチャンが一歩前に出て聞く。


「発言を許して頂けますか?」


この場の主はデルフィーヌ様だ。デルフィーヌ様は微笑んで言う。


「えぇ、許します、言ってみなさい。」


セバスチャンは小さく会釈すると言う。


「ウォルターの監視は本人の希望でもあるのです。」


そう言われて少し驚く。セバスチャンはそんな私に微笑んで言う。


「実は、ウォルターはエリアンナ嬢の事を人一倍心配して、お倒れになってからずっと傍でついていたのです。」


ウォルターがお姉様を心配していた…。何だか突拍子も無い話のようにも思える。


「まぁ、そうなのね。あのウォルターが。」


そう言ってクスクス笑うデルフィーヌ様は何だか楽しそうだ。


「リリー、人の心というのはね、どこでどう転ぶかは分からないものよ。」


デルフィーヌ様はそう言って私に顔を近付ける。


「ウォルターの恋の邪魔はしないようにしましょう。」


恋の邪魔、そう言われて私はそこで初めて分かる。ウォルターがお姉様を?そんな事が?驚いている私に今度はソフィアが言う。


「誰かが誰かに恋をする、それは誰にも止められないものですね。」





君は何がしたいかな


そんな言葉がずっと頭の中で繰り返される。私のしたい事…。一体、なんだろう?それまで私は自分が聖女だと疑わず、その力を皆が羨ましがり、崇拝されて、高飛車だった。家柄だって悪くない。そんな私はずっと誰か、私を必要としてくれる人を求めていたように思う。そしてその期待を裏切らないように必死だった。幼い頃はお父様に振り向いて欲しくて我儘をたくさん言った。お母様を満足させたくていつも良い子にしていた。振り向いて欲しかったのだ。私を見て欲しかった。そしてフェイロン様にも同じように振り向いて欲しくて、あんな暴挙に出たのだ。心のどこかでは分かっていた。フェイロン様はきっとリリーの事が好きで、私には振り向いてはくれないと。


「エリアンナ様。」


そう声を掛けられて振り向く。そこにはディアス卿が微笑んでいる。


「何でしょう。」


聞くとディアス卿は私に手を差し伸べて言う。


「お天気が良いので、お散歩でもいかがですか。」


私をお散歩に誘うの?そんな事が許されるのかしら、そう思って聞く。


「お散歩など、しても良いのですか?」


ディアス卿は微笑んだまま言う。


「お部屋に籠りっきりはお体に良くありません。」


おずおずとディアス卿の手に自分の手を乗せる。




お天気が良い。部屋から出ただけなのに、それだけで気分が良かった。王宮の中は美しく、それでいて荘厳だ。


「エリアンナ様がいらしたのは王太子妃宮になります。リリー様のいらっしゃった宮ですね。」


リリーは王都に来てからずっとこの王宮で過ごしていたんだと思うと、何だか複雑だ。ディアス卿は私をエスコートしながら進む。この人は何故、私にこんなに良くしてくれるのだろう。ただ監視するだけなら、こんなふうにお散歩などに誘わなくても良い筈だ。庭園に入る。薔薇の香りに包まれる。


「ここは元王妃様の庭園でした。なので元王妃様の好きな薔薇園があるのです。」


美しい薔薇に囲まれて、私は何だか泣きたくなって来る。足を止めるとディアス卿が私を見る。


「どうかされましたか?」


俯く私の瞳からは涙が零れて落ちる。何故、私はここに居るの?何故、私はこんなに親切にして貰えるの?あんなに酷い事を言ったり、やったりしたのに、誰も私を責めない。こんな事なら断罪される方がマシだ。ディアス卿は私のそんな様子を見て、少し息をつく。ほら、やっぱり呆れている。そう思った時、ディアス卿が言う。


「エリアンナ様、その、お許し頂けるのであれば、私の胸でも肩でもお貸しします。なので一人でそのように泣かないでください。」


そう言われて驚いてディアス卿を見る。ディアス卿は頬を染めて言う。


「あなたに泣かれるのは心が痛みます。」


この人は一体、何を考えているのだろう。


「あなたは一体、何を考えてそのような事を仰るのです?」


ディアス卿から手を離して私は言う。


「私は罪を犯した女です。悪しきものを宿したままこの王宮に入り、混乱を招いたのです。果ては国王様もお亡くなりになった…、全て私のせいなのです…」


ディアス卿は私を見つめ言う。


「いいえ、それは違います。」


そう言って一歩踏み出し、私の腕を掴むと引き寄せる。


「確かにあなたは悪しきものを宿したまま王宮に来たかもしれない。でもそれはあなたの知るところでは無かった。あなたの中にリリー様に対する羨望や憎しみがあったのは知っています。その悪しきものはあなたのそういう気持ちを利用したのです。」


だとしても。私の中のそういった気持ちが今回の事を招いた事に変わりはない。


「贖罪がお望みなら、私もご一緒します。だからそんなふうにご自分ばかりを責めないで。」


ディアス卿は私を抱き寄せて抱き締める。


「…あなたは変な人ですね。」


言うとディアス卿は私の頭を撫でながら言う。


「良く言われます。」




「そろそろお開きにしましょうか。」


デルフィーヌ様が言う。そう言われて立ち上がった時。


「リリー。」


声がして振り向くとフェイロン様がいらっしゃっていた。


「フェイロン様。」


フェイロン様は少し微笑んで私たちの前まで来ると、デルフィーヌ様に向き合う。


「母上。」


フェイロン様がそう言うとデルフィーヌ様が微笑む。


「フェイロン、丁度良かったわ。今。お開きにしようと思っていたところなの。」


デルフィーヌ様は愛おしそうにフェイロン様の頬を撫でる。親子の情が通い合う一瞬を見て私は微笑む。何て素敵な瞬間なんだろう。


「ソフィア。」


コツコツと足音を響かせて歩いていらっしゃったのはフィリップ様だ。


「フィリップ様。」


そう言ってソフィアが嬉しそうに微笑む。フィリップ様はフェイロン様と同じようにデルフィーヌ様に向き合い、言う。


「ご機嫌はいかがですか、母上。」


こうして二人が並ぶと本当に神々しくて、眩しいくらいだった。そして二人とも良く似ていらっしゃる。


「えぇ、良いわ。フィリップ、体の調子は良いの?」


互いに思い合って、互いに労わり合っている。本当に愛し合っているのが良く分かる。


「えぇ、大丈夫ですよ、リリーも居ますしね。」


フェイロン様は私の所へ来ると私の手を取り、言う。


「行こう。」


そしてフィリップ様はソフィアの手を取って言う。


「私たちもお暇しよう。」




息子二人が愛する女性の手を取って歩き去るのを見送る。こんなに幸せな光景など無いだろう。


「それではデルフィーヌ様は私が。」


そう言って手を差し出してくれたのはセバスチャンだった。このセバスチャンという男もまた、場の空気を読める優秀な男だ。


「それじゃあ、お願いするわ。」


そう言ってセバスチャンにエスコートされながら私は後宮へ入る。



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