後宮からの帰り道、かつての王太子妃宮のすぐ傍を通る。庭園の中に誰かが居た。お姉様とウォルターだった。私の視線の先に気付いたフェイロン様がクスっと笑って言う。
「ウォルターか。」
フェイロン様を見上げる。フェイロン様は笑ったまま言う。
「アイツは昔から変わり者なんだ。優秀だが人とはちょっと違う。兄上について東部へ行ったが、アイツはやはり王都の方が水が合うようだな。」
歩きながら言う。
「ウォルターの事は良く知らないのです。いつもフィリップ様と共にいらっしゃったけれど、特にお話する機会も無く…」
フェイロン様は私を見下ろしながら言う。
「ウォルターは伯爵家の出身だよ。何でもそつなくこなす。だが変わり者なんだ。兄上はそんなところも含めて、ウォルターを買っている。セバスチャンが目を掛けた男だ。間違いは無いだろうな。」
フェイロン様を見上げる。
「ウォルターはいつからお姉様を…?」
聞くとフェイロン様が笑う。
「いつからだろうな。ウォルターは人の心の裏側を読むのが上手い。だからエリアンナ嬢の心の内を読み取ったのかもしれないね。」
お姉様の心の内…。それは妹の私でさえ、分からないことだらけだ。
「エリアンナ嬢に会った時、エリアンナ嬢の中に、以前はあった毒気が、今はもう抜けているなと感じた。俯き、兄上からの言葉に怯えていたからね。それはリリーも見ていて感じただろう?」
あんなに自信の無いお姉様は初めて見たかもしれなかった。それまでお姉様はいつも自信に満ち溢れていたから。
「エリアンナ嬢は今回の事もきちんと全て覚えていると言った。そしてそれが収束した今は、自分自身を責めているだろうね。自分が直接手を下した訳では無いとしても、父上が亡くなったのは事実だからね。」
お姉様はご自分を責めている…。私はそんな事、考えもしなかった。お姉様が無事に目を覚ました事が嬉しかったからだ。
「私はエリアンナ嬢も被害者の一人だと思っているし、兄上も同じように思っていると思う。けれど、対外的にはそんな事情など、関係なく責める者は居る。」
フェイロン様が歩みを止める。
「リリー。」
呼ばれてフェイロン様を見る。
「私も兄上もちゃんと分かっているから大丈夫だよ。心配しないで。その為にウォルターをエリアンナ嬢に付けたんだから。」
そして私に顔を近付けて耳打ちする。
「ウォルターの恋が上手くいくように、リリーもちゃんとお祈りして。」
そう言ってフェイロン様は私の額にキスする。
国内のディヤーヴ・バレドの被害者は思っていた程の数では無かった。
「きっと操る事の出来る者は限られていたのでしょう。」
ハリッシュが言う。
「そうだね。国内の状況を見ると、西の森に被害者が集中しているが、それも数える程度だ。そう考えるとこの王都の方が操られていた者は多い。」
モーリス伯爵、そして伯爵夫人、西の郊外に住んでいたディル・マルタン、更には私にイービルを盛った給仕とリリーにイービルを盛った侍女…。それぞれ時期が違う。しかもモーリス伯爵や伯爵夫人に関してはエリアンナ嬢の聞き取りから、かなり早い段階から屍のようになっていたと聞く。そんな状況でエリアンナ嬢だけが目を覚まし、以前と同じように会話をし、生活出来ているのは奇跡と言っても良いだろう。
「エリアンナ嬢だけが以前と同じように生活出来ている訳か…。」
そう言うと、今度は大神官のハビエルが言う。
「エリアンナ様に関しては、恐らくは白百合乙女様の加護が強かったのでしょう。双子という面を考慮に入れ、力の転移があったというなら、それも合点がいきます。」
力の転移、か。今、エリアンナ嬢には神聖力の欠片も無いと言って良い状態だ。髪色が変わったのはきっとディヤーヴ・バレドが体から抜けたからだろうと思っている。そして力を覚醒させたリリーの光を最も強く受けた人物でもある。
「髪色が変わり、力を失っている…」
独り言のように呟く。
「これはもしかしたら、という可能性の話ですが。」
ハリッシュが言う。
「何だ、言ってみろ。」
促すとハリッシュが言う。
「エリアンナ嬢は初めから今の髪色だったのでは?と。」
そう言われてハッとする。そうか。初めからあの髪色で生まれていたのならリリーとも同じ髪色だった筈だ。
「どこかでディヤーヴ・バレドの影響を色濃く受けた可能性はあるな。」
ハリッシュが少し考えて言う。
「それから古<いにしえ>より伝えられている、御伽噺のような、双子の王子の誕生から国が傾く程の争いが起きた、という伝承ですが。」
数々の本にそう記載されている伝承。
「それがどうかしたのか。」
聞くとハリッシュが言う。
「それもディヤーヴ・バレドによって歪められた可能性は無いか、と思いまして。」
伝承自体がディヤーヴ・バレドの差し向けた布石だったというのか。もしそうであっても驚く程の事では無いのかもしれない。何しろ相手は何百年も前の遺物なのだ。ディヤーヴ・バレドが浄化された今は、何が真実なのかは、誰にも分からないだろう。
お部屋に戻った私はお姉様の事を考える。お姉様は自分を責めている、そうフェイロン様が仰った。全ては自分のせいだと。そんな事は無いとお姉様に私から伝えても、お姉様に届くだろうか。
「リリー様。」
ロベリアに声を掛けられる。
「何かしら。」
言うとロベリアが聞く。
「リリー様はお姉様にどうなって欲しいですか?」
そう聞かれ考える。私はお姉様にどうなって欲しいんだろう。
「通常ならば、此度の件で、エリアンナ様に与えられるべき罰は、重ければ国外追放か死罪、軽くても幽閉か修道院送りが妥当なところではあります。」
ロベリアにそう言われて気が落ち込む。
「ですが、それはリリー様の望まない罰ですよね。だからこそ、国王陛下もリリー様とエリアンナ様に判断をお委ねになったのだと思いますし。」
ロベリアが私のすぐ横に来て言う。
「リリー様はエリアンナ様と一緒にお住みになりたいですか?」
お姉様と一緒に住む…。想像が出来ない。それでもお姉様には幸せであって欲しい。
「一緒に住む事はもう想像も出来ないわ。でも幸せになって欲しい…」
そう言うとロベリアがクスっと笑う。
「それでしたら後はもうディアス卿に委ねるのが一番かと。」
ロベリアは優しく微笑み言う。
「この世で何よりも人を導く事が出来るもの、それは愛ですもの。」
部屋に戻った私はソファーに座り、息をつく。
「夕食までは一時あります。何かお話でもしましょうか。」
ディアス卿がそう言って微笑む。ディアス卿に聞く。
「あなたは何故、そんなにも甲斐甲斐しく私の世話を?」
ディアス卿は優しく微笑み、そして聞く。
「お隣、失礼しても?」
そう聞かれ私は頷く。
「えぇ。」
ディアス卿が私の隣に座る。
「私は、エリアンナ様、あなたをお慕いしているのですよ。」
そう言われて恥ずかしくてディアス卿を見られない。
「私の事を何も知らないのに?」
そう聞くとディアス卿が笑う。
「もし私が今までのエリアンナ様を全て知っていたら、エリアンナ様は私を受け入れてくれるのですか?」
今まで私を全て知っていたら…、もしそんな事があったら、きっとディアス卿は私の事を好きになったりはしないだろう。それ程までに私の今までの行動や言動は酷いものだ。
「私は昔から人の言葉の裏を読むのが得意でした。そしてエリアンナ様の言動や行動の裏にある意図にも気付いています。」
ディアス卿を見る。
「エリアンナ様はきっとお寂しい幼少期だったのでしょう。傍目には恵まれた環境であったと思われていても、実際はそうじゃない。私はエリアンナ様の行動の裏にある寂しさや孤独を感じ取りました。」
ディアス卿は私に微笑んで聞く。
「間違っていますか?」
違わない。私はずっと私だけを見てくれる人が欲しかったのだ。それがお母様だったりお父様だったり、フェイロン様であったり。どれも叶わないものだった。
「さぁ、どうでしょう。」
そう言って誤魔化す。ディアス卿はクスっと笑って言う。
「私は今や国王陛下からエリアンナ様を託されました。だから私がこの先はずっと一緒です。」
そう言われて笑う。
「おかしな人。」