「建国祭の準備は進んでいるのか?」
そう聞くとセバスチャンが微笑む。
「はい、陛下。滞りなく。」
建国祭━━━
それはこの国が建国された事を記念する祭りだ。別名を【花祭り】という。
この国は太古の昔から花と緑に恵まれて来た。それは大聖女・白百合乙女の加護ともいえる程に。そして今、私が戴冠し、新しい歴史の扉を開くのと同時に、白百合乙女であるリリーにも一役買って貰おうと思っている。
リリーは無自覚だが、リリーの加護は国中に広まりつつある。リリーが祈れば、病に苦しんでいた者たちがその病から解放される。王宮のすぐ近くにある中央神殿には多くの者たちが救いを求めてやって来ているという。リリーはいつも王宮から祈りを捧げているが、花祭りの間は中央神殿にも行って貰おうと思い付き、リリーにそう話した。
「私が中央神殿に?」
リリーは目を丸くする。
「あぁ、リリーはまだ中央神殿には行った事が無かっただろう?この機会に王宮を出て、中央神殿に行ってみると良い。」
私がそう言うとリリーが微笑む。
「はい、フィリップ様。」
フェイロンがクスっと笑って言う。
「じゃあ、その時は私が一緒に行こう。」
フェイロンにそう言われてリリーが嬉しそうに頷く。そんな二人を見て、私も心が温かくなる。
「二人で中央神殿に行き、その後は花祭りを楽しむと良い。」
リリーが私を見て聞く。
「フィリップ様は?」
聞かれて私は笑って言う。
「私も花祭りには行くよ、ソフィアと一緒にね。」
花祭りには昔から男性が女性に花を贈るというしきたりがある。花を貰った女性はその日一日、その男性と過ごし、夜になると流れゆく星々に将来を誓い合うのが習わしだ。
「陛下、この機に、聖女様方をご招待するのはいかがでしょう。」
セバスチャンが言う。
「なるほどな、それは良いな。」
各地に居る聖女が一堂に会する事はほとんど無い。今までもそういった発案はあっても実行はしてこなかった。
「陛下が戴冠され、新しい幕開けとなる祝事です。聖女様方をお招きして、リリー様とも面会して頂き、この国の安寧を祈って頂く事で、この国もより強固になるでしょう。」
セバスチャンの言う通りだ。
「急ぎ、達しを出してくれ。」
そう言うとセバスチャンが頷く。
「御意にございます。」
「ねぇ、ロベリア、東部にも建国祭はあったのかしら?」
私がそう聞くとロベリアが微笑む。
「はい、リリー様。建国祭は王都が中心ですけれど、東部でも盛大にお祝いするんですよ。」
私は建国祭の事は知らない。花祭りという言葉だけは知っている。モーリス家に居た時に花祭りという言葉を聞いて、私もいつか行ってみたいと思っていたからだ。
「花祭りは国中の都市でその地方独特の花を持ち寄るんです。男性が女性に花を贈り、花を受け取った女性はその男性と一日過ごして、その夜、流れる星々に将来を誓い合うんですよ。」
流れる星々に将来を誓い合う…。なんてロマンティックなお祭りだろう。
「リリー様も今回の花祭りではきっとフェイロン殿下がお花を贈って下さいますね!」
フェイロン様が私に花を贈ってくださる…。そんな事を期待しても良いのだろうか。
何だかそわそわしながら、建国祭の日を迎える。その日は中央神殿に行く日でもあった。朝からその為の服に着替える。私の支度が整うと、ロベリアが言う。
「リリー様、もしよろしければ、暇を頂いてもよろしいですか?」
私はロベリアを見る。ロベリアはほんの少し頬を染めて言う。
「今日の花祭りに、お誘いを受けているんです…。」
そう言われて私は微笑む。
「そうなのね!それなら是非、その方と行ってらっしゃい。」
言うとロベリアは少し会釈して言う。
「ありがとうございます。」
「リリー。」
お部屋を出たところでフェイロン様に呼ばれる。振り向くとフェイロン様は手に白百合を持っていた。フェイロン様は私の前まで来ると、私に白百合を差し出す。
「リリーを予約しておかないと。」
私が白百合を受け取るとフェイロン様は私の髪をひと房掬い、口付ける。私はフェイロン様にクスっと笑って言う。
「予約だなんて。」
フェイロン様は私を歩くように促しながら言う。
「今日一日はずっとリリーと一緒に居よう。」
中央神殿に行く途中ではたくさんの人たちが花祭りを楽しんでいるのが見えた。街中が花に覆われているかのように花で溢れている。中にはたった今、花を女性に贈っている男性も居たりした。中央神殿に到着する。入口にはたくさんの人たちが列を作っている。
「この列は白百合乙女であるリリーに会いに来ている人たちの列だよ。」
フェイロン様が言う。
「私に?」
聞くとフェイロン様が微笑む。
「あぁ、そうだよ、リリーに祝福を貰いに来ているんだ。人は皆、何かしらに救いを求めるものだからね。」
そしてフェイロン様は私を神殿の奥へ促しながら言う。
「リリーが王宮で捧げている祈りは皆に届いているよ。それだけリリーの力は特別で強いんだ。」
神殿の中を歩いて行くと、誰かが私たちを待っていた。
「白百合乙女様、フェイロン殿下。」
そう言って頭を下げたのはハビエル大神官だ。
「大神官様。」
微笑んで私が大神官様に近付くと、大神官様も微笑む。
「本日は中央神殿にお越し頂きありがとうございます。こちらへどうぞ。」
大神官様の案内で通されたのは中央神殿の、まさに中央にある祭壇だ。見上げる程の銅像が立っている。
「こちらは初代の白百合乙女様だと言われております。」
大神官様がそう言う。銅像を見る。真っ白な大理石で造られた銅像は長い髪が印象的な優しそうな女性の像。胸の前に手を組んで祈りを捧げている。その像の足元に水晶があり、その水晶はずっと仄かな光りを宿している。
「リリー様よろしければこちらへ。」
そう言われてその水晶に近付く。
「お手を触れて頂けますか?」
大神官様にそう言われて私は水晶に触れる。触れた瞬間、水晶から眩い光が放たれる。光は神殿内を照らし、初代の白百合乙女様の銅像を囲むように光の柱が出来る。
「あぁ…何という奇跡…」
大神官様がそう言って跪く。眩い光の中で初代の白百合乙女様の祈りを捧げている手からふわふわと何かが落ちて来る。私の目の前に落ちて来たそれを手で受け止める。手の上でふわっと浮き上がったそれは私の手の平の上に着地する。光を纏ったその塊は私の手の平の上で一つの鍵になった。傍らに居たフェイロン様がその様子を見て聞く。
「それは…鍵…?」
フェイロン様を見る。
「えぇ、そのようです。」
言うと大神官様が立ち上がり、私の手の平の上の鍵を見て、言う。
「もしかしたら…。」
大神官様の案内で白百合乙女様の銅像の後ろ側にある細い通路に入る。
「ここは普段は誰も入りません。何故なら━」
大神官様が立ち止まり、私たちに振り向く。
「行き止まりだからです。」
大神官様のすぐ前は大きな壁があり、行き止まりになっていた。
「ここは行き止まりになっていて長い間、何故、細い通路があるのか分かりませんでした。壁を壊すのは冒涜になります。故にこの先には何があるのか、私にも分かりません。」
そう大神官様に言われる。フェイロン様を見上げる。フェイロン様は私を見下ろして微笑み頷く。私は壁の前に立ち、鍵を手にする。鍵から光が放たれ、光が壁を覆う。壁の真ん中にそれは現れた。