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第88話

━鍵穴だ━


鍵を鍵穴に差し込み、回す。壁が軋む音がする。フェイロン様が私を庇うように引き寄せる。壁の真ん中に線が入り、左右に少しだけ開き、動きが止まる。私たちは三人で顔を見合わせ、そしてフェイロン様がその少し開いた壁を押す。開いた先は真っ暗で何も見えない。


「灯りを持って来ましょう。」


大神官様がそう言って通路を戻って行く。フェイロン様は私を庇うように中の様子を窺っている。




「各地の聖女様方が明日には到着する予定です。」


セバスチャンがそう言う。


「そうか、到着したら王宮に招いて、中央神殿で祈りを捧げて貰おう。」


私がそう言うとセバスチャンが微笑んで言う。


「それはそれは荘厳な光景になるでしょう。」


私は身支度を整えてセバスチャンに向き合う。セバスチャンが私に白百合を渡してくれる。


「ん、ありがとう。」


私は部屋を出て、王妃宮へ行く。




「リリー、これを。」


フェイロン様がそう言って私に、差し込んだ鍵を差し出す。鍵は仄かに灯りを宿し、私が触れると光が強くなった。


「これなら灯りが無くとも入れそうだ。」


フェイロン様はそう言って微笑み、私の肩を抱き、歩を進める。真っ暗だった壁の先は地下に続く螺旋状の階段になっていた。鍵の灯りを頼りに地下に入って行く。螺旋状になっている階段を一番下まで下りると、そこは小さな開けた空間になっている。


「ここは、白百合乙女様の銅像の真下だな。」


フェイロン様がそう言う。その空間は部屋では無く、広く開けている。そして祭壇のようなものがそこにはあった。一歩、中に踏み入った瞬間、私の手の中の鍵から強烈な光が放たれ、分散した光がキラキラと舞う。キラキラ舞った光は祭壇のようなものの上にも降り注ぎ、祭壇のようなものへと続く光の道が出来る。幻想的なその光景に私もフェイロン様も見入っていた。


「行ってみよう。」


フェイロン様がそう言う。私も頷いて祭壇のようなものへと続く光の道を歩き、近付く。フェイロン様に肩を抱かれ、私は歩を進める。祭壇のようなものの前まで来る。そこまで来て初めて祭壇のようなものだと思っていたそれが何かの台座だと気付く。フェイロン様を見る。フェイロン様は私を見て微笑み、私の手を取る。何故そうしたのかは分からない。けれど私とフェイロン様は二人でその台座の上に手を重ねて置いた。手を置いた瞬間、ふわっと光が沸き立ち、光が二人を包む。


「良く来たね。」


どこからか声がする。辺りを見回すと、目の前の先程までは誰も居なかった筈のその空間に人が現れる。私の肩を抱くフェイロン様が一瞬、警戒するように身構える。


「そう警戒するな。」


穏やかな声がそう言う。その空間に現れた人は二人。一人は大柄な男性、そしてもう一人はその男性に寄り添う女性。


「あなたが今世の白百合乙女なのね。」


女性の方がそう言う。ぼんやり見えていたその人たちの輪郭がはっきりしていく。


「…初代王、グレゴワール・エゼルバルド…」


フェイロン様がそう呟く。男性の方がそれを聞いて微笑む。


「ほぅ、私の名を知っているのか。」


フェイロン様は私の肩から手を離し、最敬礼をする。


「私の名はフェイロン、フェイロン・エゼルバルド。あなた様の子孫です。」


初代王はフェイロン様の名を聞き、微笑む。


「フェイロン、そなたは黒い騎士だな?」


そう聞かれフェイロン様は頭を上げて、言う。


「はい、そうです。私はこの国の騎士団長であり、第二王子…今は王弟です。」


初代王はそれを聞き、また微笑み、言う。


「そうか、そなたは王弟なのだな…とすると、兄が王か。」


そう問われ、フェイロン様が言う。


「はい、双子の兄が王となりました。」


初代王は頷いて、隣に居る女性を見る。隣に居る女性は微笑んだまま聞く。


「あなたの名は?」


今度は私がそう聞かれて言う。


「私の名はリリアンナです。リリーと呼ばれています。」


そう言うと女性はふわっと笑って言う。


「そうなのね、私の名もリリーなの。」


同じ名を冠し、同じ白百合乙女…。


「ここは白百合乙女と黒い騎士しか入れないようになっているのよ。」


リリー様がそう言う。良く見れば上の中央祭壇にあった大きな白百合乙女像の女性だと気付く。この方が初代白百合乙女様であり、初代王妃様…。


「他の者は入れないのですか?」


フェイロン様がそう聞く。初代王が笑う。


「あぁ、そうだ。ちょっとした仕掛けがあってな。ここは白百合乙女と、白百合乙女と結ばれた黒い騎士しか入れないようにしてある。」


初代王が手を上げる。ふわっと光が沸き立ち、何かを映し出す。それはここへ来る前の地上にある壁の前で困った顔をしている大神官様だった。


「彼は…大神官か。」


その様子を見ながら初代王がそう言う。


「そうです、彼はこの中央神殿の大神官、ハビエルです。」


フェイロン様が言う。初代王はクスっと笑って言う。


「彼には悪いが、ここは神聖な場所だ。歴代の白百合乙女と黒い騎士しか入れんのだ。」


笑い方が亡くなった前国王様にそっくりだなと思う。


「初代王、そして初代王妃様、何故、ここにこうして?」


フェイロン様が聞く。初代王は初代王妃様に微笑み、そして私たちを見て言う。


「今日は建国祭であろう?建国祭というこの日に、君たちがここへこうして来たのは運命だとは思わないか?」


そしてリリー様が言う。


「歪められた伝承を正しく伝える為にこうしてここへ現れたのよ。」


歪められた伝承…。


「歪められた伝承とは?」


そう私が聞くとリリー様が聞く。


「この国の成り立ちは知っている?」


フェイロン様が言う。


「初代王グレゴワール・エゼルバルドが建国したとしか。」


リリー様は微笑み、初代王を見上げる。初代王が言う。


「この国は元々、悪しきものに支配されていたのだよ。」


初代王がまた手を上げる。ふわっと何かが映し出される。映し出されたのは私とフェイロン様が戦ったあの、ディヤーヴ・バレドの姿。


「西の森の黒魔術師ディヤーヴ・バレドは黒魔術を使い、この国を支配していたのだ。」


ディヤーヴ・バレドが支配する国の様子が映し出される。荒廃し、人々は争い、飢餓に苦しむ様子に心が痛む。


「その中で立ち上がったのが黒い騎士グレゴワール・エゼルバルド、この私だ。」


若き日の初代王が映し出される。その傍らには白百合乙女様も居た。


「強大な力を持つリリーと共に、私はディヤーヴ・バレドを封印した。」


そこでふわっと光が消え、また何か映し出される。それは…ディヤーヴ・バレド…?


「この方は…?」


私がそう聞くと初代王は少し寂しそうに微笑んで言う。


「彼は私の双子の兄、ディアーク・エゼルバルド。」


双子の兄、ディアーク…。もしかして、そう思い当たる。フェイロン様を見上げるとフェイロン様も頷く。


「そうだ、ディヤーヴ・バレドは私の双子の兄、ディアーク・エゼルバルドだ。」


初代王が悲しそうにそう言う。


「兄上は黒魔術に傾倒し、人の道から外れてしまった。そして黒魔術を使い、人の心を操り、この国を支配し、王となった。」


悲し気に語る初代王にリリー様が寄り添う。


「誰も兄上を止められなかった。だから私が立ち上がり、リリーと共に封印したのだ。」


初代王はリリー様に微笑み言う。


「リリーが居なければ、兄上の力を抑える事は出来なかっただろう。そして兄上は双子の弟である私よりもリリーにその憎しみを向けたのだ。」


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