クレアは朝の穏やかな光が差し込む中、準備を整えていた。
怪我もほぼ回復し、今日は久しぶりにローズとお茶会を楽しむ日。
心の中に少しの緊張を感じながらも、気心の知れた友人と再会できることに胸を弾ませていた。
隣では、ミーシャがクレアの持っていく荷物を整えてくれている。
持っていく荷物の中には、自ら育てたとうもろこしも入っていた。
クレアはそれを見て、自然と微笑む。
「このとうもろこし、ローズ様もきっと喜んでくれますね!」
「はい、クレア様!とても美味しそうに実っていますし、きっとローズ様も喜ばれるかと!」
ミーシャはうなずきながら、とうもろこしがしっかり包まれていることを確認する。
クレアの丁寧に手入れをし、大切に育てられたとうもろこしは、今や見事な黄金色に輝き、甘い香りさえ感じさせるほど立派に成長していた。
二人が準備を終えて出発し、ローズのもとへ向かう道中も、穏やかな日差しが馬車の窓から二人を包み込んでいた。
クレアはどこか浮き立つ気持ちで足を進め、ミーシャもその心情を察したのか、静かに寄り添っている。
やがてローズのもとに到着すると、ローズは笑顔で二人を迎え入れた。
クレアが元気な姿を見せることに、彼女もほっとした様子で出迎え、優しく言葉をかける。
「クレア様、本当に良かったです!怪我が治ってきたと聞いて安心しました!ボロボロのrクレア様がダンジョンから出てきた時は本当に生きた心地がしませんでしたよ!」
クレアはローズの気遣いに感謝しつつ、明るく応えた。
「ありがとうございます、ローズ様。おかげで、もうすっかり元気です!今日はあなたと一緒に楽しい時間を過ごせるのを楽しみにしていたんですよ!」
そんな二人の会話に、そっと微笑むミーシャもその場の和やかな雰囲気を感じ取っていた。
そして、お茶会の席に着いた三人は、久々の再会を喜びながら穏やかな時間を楽しんでいく。
クレアはミーシャと共に持ってきたとうもろこしをテーブルに差し出し、『私が育てたものなんだけど、良かったら味見してみてください』と促した。
ローズはそれを見て目を輝かせ、感嘆の声を上げた。
「まあ、こんなに立派なとうもろこしを育てたのですね!さすがクレア様です!」
クレアは照れくさそうに微笑み、『ありがとうございます、ローズ様。食べてみてほしいんです!』と優しく言った。
ローズは手に取ったとうもろこしを見つめ、その鮮やかな黄色と甘い香りに思わず口元をほころばせる。
そして、お茶が注がれ、三人はしばらく他愛もない話で盛り上がっていた。
ミーシャも二人の笑顔に触発されるように、控えめながらも笑顔を浮かべている。
だが、会話が一段落したところで、ローズは少し真剣な表情を浮かべ、口を開いた。
「クレア様、実は少し気になることがあるのです」
「気になること、ですか?」
その言葉に、クレアとミーシャは静かに耳を傾けた。
ローズは小さなため息をつき、話を続ける。
「最近、ロレアス王国がどうやら不穏な動きをしているようなのです。まだ確かな情報ではないですけれど、何かしらの準備を進めているという話が…」
クレアの胸に不安がよぎった。
ロレアス王国といえば、彼女自身に複雑な思い出が絡む国であり、最近の情勢を知っているだけに、その情報は気にかかるものだった。
ローズからの思わぬ報告に、クレアは気を引き締めた表情を浮かべた。
彼女が知っている限り、ロレアス王国には現在、内外で多くの問題が起きている。
その王国が不穏な動きを見せているという話は、どこかで予期していたことではあったものの、改めて耳にすると心に重いものがのしかかるのを感じた。
「ロレアス王国が…一体、どんな動きをしているのでしょうか?」
クレアがそう問いかけると、ローズは慎重に言葉を選びながら答えた。
「実際に何をしているかは、まだ明らかではありません。ただ、各地で軍の動員が増えていて、物資の調達が急激に活発になっているという噂を耳にしたんです。正確な情報が少ないから断定はできませんが…戦争の準備をしているんじゃないかって言われています」
戦争の準備。
クレアの胸の奥がざわめき、ローズの視線が鋭くなるのを感じる。
ロレアス王国が抱えている問題の根幹には、自分との関わりもあるのかもしれないと考えずにはいられなかった。
「…戦争、なんて。」
クレアの声は震えたが、その小さな震えは彼女自身が驚くほどすぐに消えた。
これまでの経験がそうさせるのか、自らの立場と向き合って冷静さを保つ力が彼女の中に宿っていた。
しかしその冷静さの奥で、言いようのない緊張感が増していくのを感じた。
ローズはその表情を見つめ、静かに口を開いた。
「ごめんなさい、クレア様。私も噂に過ぎないことを話すつもりはなかったんだけど…あなたの安全が心配で、つい口に出してしまったのです。前例がありますし」
「ローズ様、あなたが心配してくれるのはすごくありがたいです。でも、もし本当にそうなら…対策を考えなければなりませんね」
クレアは気丈に微笑みながらも、内心では様々な考えが巡っていた。
ロレアス王国が戦争に向けた動きを見せるということは、ジュベルキン帝国がその標的になる可能性もある。
そして、その原因が自分の存在である可能性を感じずにはいられなかった。
その時、ミーシャがふと手を伸ばし、クレアの手に軽く触れた。
優しいぬくもりがクレアの心を包み込み、彼女は微笑んでミーシャに視線を向けた。
ミーシャの表情は穏やかで、どこか安心させるような力がそこにあった。
「クレア様、もしもの時は私がしっかりお守りしますから、どうかご安心を」
その言葉に、クレアは自然と笑みを浮かべた。
ミーシャの存在がどれほど自分にとって心強いものであるかを、改めて感じる瞬間だった。
その後も、お茶会は再び穏やかな空気に包まれて進んでいった。
話題は自然と他愛もない話に移り、三人は久しぶりの再会を心から楽しんでいた。
しかし、心の片隅には依然として、ローズから聞いた不安な話が引っかかっていた。
やがて、お茶会が終わり、クレアとミーシャはローズに別れを告げると、再び屋敷へと戻った。
馬車の中でクレアは、外の景色を眺めながらふと自分の胸に浮かぶさまざまな思いに向き合っていた。
もし本当にロレアス王国が戦争を仕掛けてくるとしたら、彼女の立場や役割も大きく変わることになるかもしれない。
彼女の思考はどこかで決意に変わっていった。
そして、静かに心の中で呟いた。
「(私がこの状況を変える力になれるのなら…どんなことでもするわ)」
ミーシャが隣で静かに見守る中、クレアの中でその決意がしっかりと形を成していくのだった。
──────────────────
お茶会の後、クレアは日々の生活に戻りながらも、どうしても心の奥に残る不安感を拭えずにいた。
ロレアス王国がもし戦争を始めたなら、周囲の人々にも多大な影響が出る。
ローズが伝えてくれた噂をただの心配事として片付けられないまま、数日が経っていった。
そんなある日、クレアは意を決して、グレアスに相談することを決めた。
彼に現状を伝え、できる限りの情報を集めてもらいたい。
何も行動を起こさず、不安だけに苛まれるのはもう嫌だった。
グレアスの執務室の前まで来たクレアは、扉の前で深呼吸をし、軽くノックをした。
少しして中から声が聞こえ、彼女は静かに扉を開けた。
「クレア、どうした?珍しいな、君が自分からここへ来るなんて」
執務机の向こうで、グレアスは少し疲れた表情を浮かべながらも微笑んでクレアを見つめていた。
クレアは躊躇いながらも、彼の元へと歩み寄る。
「グレアス様、少しお時間をよろしいでしょうか?」
彼は軽く頷き、クレアに椅子を勧めた。
彼のあたたかな視線を感じると、不安な気持ちが少し和らぐのを感じた。
「実は…ローズ様から聞いた話があるのです。ロレアス王国が戦争の準備をしているかもしれないって」
その言葉に、グレアスの表情が少し硬くなる。
彼はクレアの話を黙って聞き、うなずきながら真剣な面持ちで考え込んだ。
「確かに、ロレアス王国の最近の動きには不穏なものを感じていた。だが、そこまでとは思っていなかった…ありがとう、クレア。君が心配してくれるのは嬉しいが、ここは僕たちに任せてほしい」
グレアスの言葉に、クレアは少し肩の力が抜けた。
しかし同時に、自分がただ待つだけの立場であることにもどかしさを覚えた。
彼に迷惑をかけたくない反面、自らも何かをして力になりたいという思いが湧き上がってくる。
「わかりました、グレアス様。お任せします」
彼女がそう言うと、グレアスは優しく微笑んで彼女の手を軽く握った。
その温かい手のぬくもりに触れると、クレアの中で不安が少しずつ解けていくのを感じた。
「ありがとう、クレア。君がいてくれるだけで、私は大きな力を得られる」
その後、クレアは部屋に戻り、しばらくベッドに横たわりながら考え込んでいた。
ローズから聞いた不穏な情報をグレアスに伝え、彼が対策を考えてくれることになった今、自分にできることは何なのだろうかと。
──────────────────
数日後、クレアは再び庭に出て、とうもろこし畑の手入れをし始めた。
日常の小さな作業が、不安を少し和らげてくれるような気がしていた。
隣にはフェルも寄り添い、彼女が作業をする様子を見守っている。
フェルの穏やかな表情を見ていると、クレアの中で少しずつ勇気が湧き上がってくる。
「ありがとう、フェル。君がそばにいてくれると、本当に心強いわ。」
フェルはその言葉に反応して、クレアの手を優しくなめ、再び彼女の横で静かに佇んだ。
そのまま夕暮れが訪れるまで、クレアはフェルと共に庭での時間を過ごし、不安な心を穏やかに保とうとしていた。
──────────────────
クレアからの話を聞いたその夜、グレアスは執務室で黙々と書類に目を通していた。
昼間、クレアが不安そうな表情で持ちかけた話が頭を離れず、彼もロレアス王国の状況について情報収集を始めていた。
ここ数ヶ月でロレアス王国の軍備が増強され、特に国境付近での部隊の移動が頻繁に確認されているという報告が上がってきている。
「もし本当に戦争を仕掛けるつもりだとしたら、なぜだ?一体何が…まさかな」
グレアスはつぶやきながら資料を読み進めていたが、ふとペンを置き、一瞬浮かんだ考えを振り払って窓の外に視線を移した。
空は暗く、冷たい夜風が窓を叩くように吹いている。
彼は少しだけ肩を落とし、静かに息をついた。
「(…クレアには心配をかけたくないが、この状況はただの噂で片付けるわけにはいかない)」
彼は王子としての責任と、クレアへの想いの間で揺れていた。
国を守るために行動を起こさなければならない一方で、クレアにまで負担をかけるのは忍びない。
しかし、隠し続けることで彼女が更なる不安を抱えるのも避けたかった。
そこで彼は決意し、忠実な側近である数名の将軍を呼び出すことにした。
彼らに詳細な報告を求め、必要があればさらなる偵察を行い、情報を確実に得るための準備を進めようと考えた。
──────────────────
数日後、将軍たちが集めた情報を元に、グレアスは状況を分析していた。
「殿下、こちらが最新の報告です。ロレアス王国は確かに兵力を増強し、特に国境沿いの部隊が活発に動いています。しかし、実際に戦争が迫っているかどうかの確証はまだ得られておりません」
「つまり、まだ準備段階ということか。しかし、準備が整えば…こちらが油断している隙を突かれる可能性があるな」
グレアスは重々しくうなずき、頭を抱えた。
戦争という最悪の事態に備えるべきか、慎重に情報収集を進めるべきか、判断が問われる場面だった。