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第48話 屋敷強襲

屋敷の静寂を破るように、不穏な気配が漂っていた。

夜の闇に紛れて、シークエンス一家が数十人の輩を引き連れ、屋敷の前庭に立ち並んでいた。

彼らの手には武器が握られ、敵意に満ちた目で屋敷を睨みつけている。

その中心には、シークエンス公爵夫妻とレイルが堂々と立っていた。

「クレアを渡してもらおうか。」

シークエンス公爵の冷たい声が夜の空気に響く。

屋敷のバルコニーに立つグレアスは、彼らを見下ろしながら静かに目を細めた。

怒りを抑えた冷酷な視線が、シークエンス一家へと向けられる。

「騎士たちは持ち場につけ。メイドたちはすぐに避難しろ。」

グレアスの低く冷静な命令が屋敷内に響く。

「しかし、閣下……!」

ミーシャが不安げにグレアスを見つめたが、その鋭い金色の瞳に射すくめられ、言葉を飲み込んだ。

「これは戦争だ。」

グレアスは静かに言い放ち、バルコニーから飛び降りるように地面に降り立った。

騎士たちが屋敷の扉の前に並び、グレアスの背後に陣取る。

彼らの甲冑が月光を反射し、不気味な輝きを放つ。

剣の柄を握る手には迷いがなかった。

「ほう、抵抗するつもりか?」

シークエンス公爵は余裕の笑みを浮かべながら問いかける。

「当然だ。貴様らのような卑劣な輩に、クレアを渡すわけがない。」

グレアスは冷たく言い放ち、腰の剣をゆっくりと抜く。

その刃は月光を受けて青白く輝き、緊張が走る。

レイルが一歩前に出ると、憎悪に満ちた目でグレアスを睨みつけた。

「クレアは私たちの家族よ。あんたなんかに飼われているのはおかしいのよ!」

「家族?」

グレアスは鼻で笑った。

「ならば聞くが、なぜ彼女を“奪う”必要がある?本当に家族なら、彼女の意思を尊重すべきではないのか?」

レイルは一瞬言葉に詰まるが、すぐに顔を歪めて叫んだ。

「うるさい!貴族の娘には貴族の役割があるの!私たちはロレアス王国のためにクレアを利用するのよ!」

「……やはり貴様らは腐っている。」

グレアスは剣を構え、静かに前進した。

「ならば、ここで貴様らの傲慢を終わらせてやる。」

その瞬間、シークエンス公爵が手を振ると、輩たちが一斉に武器を抜き、騎士たちへと襲いかかった。

「かかれ!クレアを奪え!」

屋敷の前庭は一瞬にして戦場と化した。

剣と剣がぶつかる音、怒号、悲鳴が夜の闇に響き渡る。

そして、グレアスは迷いなく突き進んだ。

彼の剣が一閃するたび、敵は倒れ、彼の前から姿を消していく。

─────────────────────────────────────

戦闘は激化し、屋敷の庭は血で染まりそうな勢いで続いていた。

グレアスの剣は光り輝き、次々と輩を倒していくが、数の差が次第に効いてきた。

騎士たちが懸命に戦っているものの、シークエンス一家の輩たちは組織的に攻撃を仕掛けてきて、徐々にグレアス側が押されていった。

「くっ…!」

グレアスの剣が一人の輩の胸に突き刺さり、そのまま引き抜く。

しかし、目の前に新たな敵が現れ、再び攻撃の応酬が始まる。

「グレアス様!後ろに…!」

騎士の一人が叫び声をあげる。

グレアスが振り返る暇もなく、別の輩が背後から迫り、剣を振り下ろしてきた。

グレアスは素早くそれを受け止め、勢いよく押し返したが、その隙に他の輩が次々と彼に接近する。

「クレアを…!」

グレアスは息を呑み、クレアの元へ向かうために進もうとするが、その前に立ちはだかる敵に時間を取られ、足が止まった。

彼は動きながらも、何度も無駄に敵を切り倒し、ついには全身を重い疲労に感じ始める。

その瞬間、屋敷の門が開かれ、数人の輩が屋敷の中に侵入した。

その中には明らかに、クレアを狙っている者たちが含まれていた。

「くそっ、早く…!」

グレアスの心臓が激しく鳴った。

自分がいくら戦っても、無駄に時間が流れ、クレアを奪われてしまう――その可能性が現実味を帯びてきた。

「みんな、任せろ!」

グレアスは冷徹な目で周囲を見渡し、仲間たちに指示を飛ばす。

だが、敵の数があまりに多く、戦況はさらに混沌としていった。

どれだけ切り倒しても、新たに湧き出てくるように次々と攻撃してくる輩たちがいる。

グレアスは再度、クレアの元へ向かうべく前進を開始するが、やはり数人の輩がその前に立ちはだかり、彼を足止めする。

彼の目の前で、クレアの部屋へと向かう敵たちの姿が見える。

その顔は、グレアスがすぐにでも追いつかなければならないことを物語っていた。

「くっ…!」

息を荒げながらもグレアスは振り返り、戦う相手に全力を注いでいるが、その間にシークエンス一家の輩が着実にクレアに近づいていく。

彼の目には、クレアの姿が遠ざかるように感じられ、無力感に包まれた。

「頼む、時間がない…!」

グレアスは再度、彼の剣を振るう。

しかし、今度はその動きも鈍り始めていた。

疲労、そして焦りが彼の体にまとわりついてくる。

少しずつ、クレアから遠ざかっていくのが目に見えてわかる。

敵の隙を突いて一気に突進しようとするも、再度、敵がその進路を塞いでくる。

「…ダメだ。」

心の中で、彼は呟いた。

焦りと悔しさが込み上げ、冷静さを欠いた判断をしそうになるが、何とか心を落ち着けようとする。

しかし、無情にもその時、敵の一団がクレアの部屋へと侵入していった。

「クレア……!」

グレアスは叫び、全力で駆け出すが、輩に邪魔をされる。

「クレアッ!!」

グレアスは叫びながら剣を振るう。

しかし、次から次へと押し寄せる敵の波が、彼の進路を阻むように立ちふさがる。

屋敷の奥へと駆け込んだ輩たちの姿は、もう見えない。

「チッ…!」

彼は舌打ちしながら敵をなぎ倒していくが、その間にも時間は無情に過ぎていく。

「(クレアは…どうなっている!?)」

敵の剣を弾き、反撃の一閃で相手を沈める。

しかし、焦燥感は募るばかりだった。クレアの声も聞こえない。

――無事なのか。

――どこかに連れて行かれたのか。

胸の奥が冷たい感覚に包まれる。

「(頼む…何も起きていないでくれ…!)」

だが、今の彼にはクレアの様子を確かめる術はない。

ただ、目の前の敵を倒し、道を切り開くことしかできなかった。

─────────────────────────────────────

ドシャァッ!!!

夜の静寂を切り裂くように、重い音が響いた。

屋敷の庭に突き落とされた男は、鈍い悲鳴を上げながら地面に転がる。

血がじわりと広がり、砕けた窓ガラスが月明かりを反射して散らばっていた。

「……何だ?」

グレアスは刺客たちを捌きながら、今の異変に目を向けた。

突き破られた窓。吹き込む夜風。

――そして、その窓辺に立つ影。

普段の小さな姿ではない。

月光に照らされ、そこにいたのは――

巨大な銀狼。

屋敷の屋根ほどの高さを持つ、神々しくも恐ろしい魔狼が、冷たい黄金の瞳で眼下を睥睨していた。

「……フェル?」

グレアスは思わず、その名を呟いた。

その瞬間、フェルのしなやかな四肢が軽く動いた。

ヒュッ――ドンッ!!

僅かに地を蹴っただけで、空気が爆ぜ、瓦礫が舞い上がる。

そして――

次の瞬間、グレアスの目の前にフェルが降り立った。

その衝撃で地面がわずかに震え、周囲の刺客たちは息を呑む。

静寂が落ちる。

圧倒的な存在感と、底知れぬ威圧。

グレアスは一歩も引かず、フェルの黄金の瞳を見つめ返した。

闇夜の中、魔狼の銀の毛並みが月光を受けて輝く。

刺客たちは恐怖に凍りついたように動けない。

そして――

嵐の前のような沈黙が、場を支配していた。

─────────────────────────────────────

フェルの巨大な影が月明かりに映し出される中、輩たちの動揺と恐怖は一気に頂点に達していた。

「な、なんだよ……あれ……」

「化け物……こんな話、聞いてねぇ……ッ!」

彼らの声は震え、足元が覚束なくなる。

これまでの悪行の数々が、今この瞬間になって自分たちに跳ね返ってきたかのような錯覚を覚えるほどの絶望感だった。

フェルは静かに、しかし確実に地を踏みしめながら、一歩、また一歩と前へ進む。

ドンッ

たったそれだけの動作なのに、周囲の空気はますます張り詰めていく。

彼の黄金の瞳が、まるで輩たちを見定めるかのように鋭く光る。

「ッ……!!」

それだけで、誰かが喉を鳴らし、完全に足がすくんだ。

「ち、畜生……こんなの無理だ……ッ!」

「もう逃げるしかねぇ!!」

誰かが叫び、反射的に全員が一斉に踵を返した。

フェルから距離を取るように闇の中へと逃げようとする。

だが――

「――どこへ行くつもりですか?」

冷静な声が夜の空気を切り裂いた。

輩たちは駆け出そうとした足を止め、顔を引きつらせながら声の方向を振り向く。

そこにいたのは、鋭い眼光を放ちながら騎士たちを引き連れたローズだった。

彼女の後ろには、規律正しく整列した騎士たちが静かに剣を構えていた。

鎧が月光を反射し、不気味な輝きを帯びている。

完全に逃げ場を塞がれたことを悟った輩たちは、愕然とした表情でその場に立ち尽くす。

「おい……これ、どうすんだよ……?」

「詰んだ……?」

動揺が走る。

「はぁ……」

ローズはわざとらしくため息をつくと、少し肩をすくめながら輩たちを見据えた。

「最初から無駄なことをしなければよかったのに。さぁ、お覚悟はよろしくて?」

その言葉には、冷たい皮肉がたっぷりと込められていた。

「貴方たちがここで何をしようとしたのかは、もう分かっています。さあ、大人しく捕まりなさい」

ローズが静かに剣を抜くと、それに続くように騎士たちも一斉に剣を構える。

「く、くそっ……!!」

「俺たちがこんなところで……!」

輩たちは最後の抵抗を試みようとしたが――

「ガルルル……!!」

突然、フェルが低く、そして重々しい唸り声を上げた。

その場の空気が一瞬にして凍りつく。

「ヒィ……ッ!!」

輩たちは咄嗟にフェルの方を見た。

その黄金の瞳がまっすぐに彼らを射抜き、今にも飛びかかるかのような威圧感を放っている。

その場にいた全員が、本能的に理解した。

「逃げた瞬間、確実に喰い殺される」

「く、くそっ……!!」

「俺は、俺はこんなところで……!!」

抵抗を諦めた輩たちが次々と膝をつき、武器を手放していく。

その光景を静かに見届けるように、フェルはゆっくりと振り向き、最後にグレアスの方へ歩み寄った。

ズシン……ズシン……

巨体が動くたびに、地面が揺れるような錯覚を覚える。

やがて、フェルはグレアスの目の前に降り立った。

彼の瞳に映るのは、たった一人――グレアスだけだった。

─────────────────────────────────────

シークエンス一家がクレアを奪うために屋敷に乗り込んできたことに対して、グレアスは怒りを抑えつつも冷静を保っていた。

彼の目の前で、シークエンス家の人間たちが口汚く罵詈雑言を浴びせ続けている。

特に、クレアの両親は何度も「お前にはクレアを育てる資格がない」「クレアはお前のような者に与えるものではない」と繰り返し叫び、レイルはその言葉に力を込めて追い討ちをかける。

「彼女をこのまま放っておくつもりか、グレアス?」

レイルの言葉が鋭く響く。

「クレアは私たちのものだ。お前なんかに渡すくらいなら、最初から死んだ方がマシだ!」

グレアスはその罵声にまるで動じることなく、静かな怒りを胸に秘めていた。

冷徹に一歩前に出ると、低い声で一言、言葉を発する。

「クレアはお前たちの『もの』ではない。」

その一言で、シークエンス家の言葉は一瞬で沈黙する。

その目はグレアスに向けられ、何かしらの恐れが見え隠れしていた。グレアスは冷たい目で一人ひとりを見つめながら続けた。

「もう二度と、この屋敷に足を踏み入れることは許さん。」

その声には迷いも、怯えも、そして何よりも圧倒的な決意が込められていた。

シークエンス家の者たちはその言葉に震え、心のどこかでその強さを感じ取っていた。

しかし、まだ反論を続けようとしたレイルは、グレアスの眼光に言葉を飲み込まれるように沈黙してしまう。

その時、背後からローズが現れ、彼女の後ろには騎士たちがずらりと並んでいた。

ローズは静かに、そして確実にシークエンス家に向かって歩み寄る。

「ここでこれ以上の無駄な争いはしないほうがいいわ。」

ローズの声は冷たく、しかしその威圧感に満ちていた。

彼女は無言で、後ろの騎士たちに合図を送ると、騎士たちは一斉にシークエンス家の者たちを取り囲んだ。

シークエンス家の面々はその状況を完全に理解した。

もう彼らには逃げる選択肢しか残されていない。

しかし、彼らはそれでもどこか、最後の希望を捨てきれずにグレアスに対して弱々しく言葉を放つ。

「これで終わりだと思うなよ…!」

レイルが最後の足掻きとして、吠えるように言ったが、その声も虚しく響いた。

グレアスは無表情のまま、軽く頭を振り、次に言葉を発する。

「お前たちがどんなに叫ぼうとも、もう遅い。」

グレアスの言葉に反応する者は誰一人としていなかった。

シークエンス家の者たちは、結局、ローズと騎士たちの力を前にして屈するしかなく、無言で引き下がることになった。

その場の空気が一変し、ようやくグレアスは静かに深呼吸をした。

完全に不安を感じさせることなく、彼はミーシャの方を振り向く。

「クレアは無事だ。君は休んでいなさい。」

グレアスは優しく、しかし決して甘くない口調で伝えた。

ミーシャは目に涙を浮かべ、しっかりと頷きながらクレアの元へと向かった。

グレアスはその姿を見送り、再びシークエンス家のことに思いを馳せることとなる。

「これでようやく、クレアは安全だ。」

グレアスはホッと一息を吐いた。


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