夕方頃になったローゼリアはうとうととベッドの上で毛布に包まって眠っていた。
リシュアはバッグから簡易的な食事として乾パンやジャムなどを取り出して口にしていた。
窓の向こう側では、集落の者達が奇妙な儀式めいた事をしていた。
どうやら豊穣を願うものらしかった。
……おそらく自分達は生け贄なのだろう。
「もし。此処に住む者達が私達に牙を剥けるならば、一切、容赦するつもりはありませんわ。吸血鬼は人間とは友好関係を結んでいる状況ですが……。此処の者達とは…………」
ローゼリアは、忌々しそうに歯噛みする。
「まあ、戦う事になったら仕方ないよな。しかし、こうもいつもいつも血生臭い事は避けたいものなんだけどなあ」
リシュアは苦虫を噛み潰していた。
ラベンダーも窓から村落の人々を見下ろして、面倒臭そうな顔をしていた。……正直な処、不死鳥の街アンダイイングで対峙したカルト教団の呼び出した悪魔に比べたら大した敵では無いだろう。だが面倒臭い。それだけの事だ。
……今はゆっくりと羽を休ませたいんだよなあ。
みなが満場一致で思っている事だった。
エシカはいつにもまして、のんびりとした表情で、みなさん、お元気そうですね、といった口調を天然で口にしていた。人々が祭りを行っているのを見て、混ざりたがっているようにも見えた。
「どうやら、此処は狼男の村落に来てしまったみたいですわ」
空気を読めてないエシカに対して、ローゼリアが状況を説明する。
「えっ? そうなんですか?」
エシカはぽかーんとしていた。
「相手がいつ俺達に仕掛けてくるかを待っているんだ」
リシュアはジャムを塗った乾パンを齧りながら面倒臭そうに壁に背持たれていた。
それにしても、此処は三階か。
建物に火を付けられるなどされる攻撃をされたら、面倒だな、とリシュアは考えていた。もっともラベンダーの背中に乗って逃げる事は出来るし、そもそも、火炙りによる攻撃など森全体が燃えかねない。……ただ、もしリシュアが相手の立場なら、その戦略が有効だなと分析していた。
そんな事を考えると、階段を登ってくる者達の音が聞こえる。
時刻はちょうど、太陽が沈み始めた頃だった。
何名かの男達が部屋に入ってくる。
そして、リシュアが想定していたように、男達はリシュアの眼の前で見る見るうちに怪物へと変身していった。体毛が増え、狼男へと変わる。
リシュアは仕方無く、得物を手にする。
先に動いたのは、ローゼリアだった。
流れるように、刃を振るっていく。
ローゼリアは犬歯を伸ばして、笑っていた。
切り付けた刃の先から、血が引き抜かれていく。所謂、瀉血(しゃけつ)という攻撃方法なのだろう。狼男の血は木綿(もめん)のように流れ、ローゼリアの口へと入っていく。普段は人間に友好的で、アンダイイングの街では人間と敵対していた時でさえ吸血行為を行わなかったローゼリアが見せた化け物じみた行為だった。
ローゼリアは、狼男の血を美味しそうに飲み込んでいた。
「汚れた犬畜生よ。私の相手をするなど、下賤極まりないあなた方では、まるで務まりませんわ」
ローゼリアはどうやら、狼男を心底、汚らわしいものとして考えているみたいだった。
狼男の一人は、慌てて降伏したように手を挙げた。
「あなた方の実力は拝見いたしましたっ! 実は、我々は折り入って頼みたい事があるのです。あなた方のような強者にしか出来ない事ですっ!」
狼男の一人は人間に戻る。
「命乞いですか? そんな情けをこの私がすると思いますの?」
ローゼリアは剣呑な口調だった。
リシュアは大きく溜め息を付く。
「まあまあ。一応、聞くだけ聞いてみようぜ。どんな厄介事だよ」
リシュアは仲裁に入る。
「後で騙し討ちにあっても知りませんわよ?」
ローゼリアは刃を収めるつもりは無いみたいだった。
「いいよ。騙されたら騙されたで。その時はその時で対応するからさ」
リシュアは余裕たっぷりに、狼男達に聞こえるように話す。
「で。どんな要件なんだ? 俺達に」
「実は……。我々は森の神様の怒りに触れて、獲物が余り取れなくなったのです。この辺りには、人間が余り通らない為に、人を襲わずに、鹿や野ウサギなどを口にしていたのですが…………。森の神の怒りに触れてしまって…………」
「その森の神様と交渉しに行く、という事ですね?」
エシカが訊ねる。
「そうです。旅の方。森の神の交渉は単純明快で…………。力を示せという事です」
「詳しくお話を聞かせてくださいっ!」
人助けが出来る。
その一心でエシカは嬉しそうだった。
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