月が森を照らしている。
その巨大な精霊は、翼の無いドラゴンのような姿をしていた。全身が植物によって出来ている。何でも、狼男達が精霊の領地を荒らしてしまったからで、精霊達の怒りに触れたみたいだった。その結果として、強大な竜型の精霊が狼男達の狩場を徘徊していた。
明らかに小山程もある怪物だった。
「あの怪物に近付くと我々は食べられてしまうんです……」
狼男のピピンは泣きそうな顔をする。
「で。俺達の手で、あの怪物を倒せばいいわけか?」
リシュアは露骨に嫌そうな顔をする。
「いいではないですか。一泊の恩ですよ」
エシカはにこにことしている。
きっと、リシュアが二つ返事で頷いてくれると思ったからだ。
ローゼリアとラベンダーの二人は露骨に嫌そうな顔をしていた。
「あんなの倒せそうもありませんわ……」
ローゼリアはゲンナリしていた。
<俺も無益だから力を貸したくないな。申し訳ないが。このまま帰らせて貰っていいか? 路銀の足しにもならんしな>
ラベンダーは狼男達が、まともに路銀を払えない事を見抜いていた。無駄なトラブルに巻き込まれたくない。そんな処だろう。
<というわけで、人助けがしたいのなら、エシカ。リシュア。お前ら二人で何とかしてくれ。それに森を先に荒らしたのは狼男達の方だろう? この前のカルト教団とは話が違うぞ>
ラベンダーは辛辣に告げた。
そういうわけで、リシュアもげんなりした顔になりながらも、エシカと二人で小山程もある怪物に挑む事になった。正直、光の刃の攻撃だけでは通じないだろう。エシカの炎の魔法なら正気もあるかもしれないが、炎を使う場合、森全体に損害を与えかねない。となると、リシュア一人で何とかするしかない。リシュアは苦虫を噛み潰していた。
そして、二人は怪物が闊歩する森の領土の中へと入り込んでいく。
植物のドラゴンの姿をした巨大なエレメンタルは、リシュアとエシカの二人を発見したみたいだった。巨大な怪物は二人の下へと近付いてくる。
リシュアは冷や汗を流していた。
「ごめん。エシカ。やっぱり、無理だと思う」
リシュアはエシカの手を握り締めて、全力で走って逃げる。
足音一つがまるで小さな地震そのものだった。
大地が揺れて走るのがままならない。
もうすぐ追い付かれる、踏み潰される、という時に、巨大化したラベンダーがやってきて二人をその背に乗せると空高く舞い上がっていく。
<馬鹿者共が。受けていい依頼と、受けたらいけない依頼の区別をしろ。馬車まで戻るぞ>
すでに馬車の方にはローゼリアが立っていた。
初老の御者が、空飛ぶ青いドラゴンを見て驚いていた。
<此処までくれば追ってこないみたいだな。とにかく、精霊達の領地に勝手に入り込んで荒らしたのは狼男達みたいじゃないか。俺達にはまったく関係無い事だ。放っておくのが一番なんだよ>
ラベンダーは呆れた声で唸っていた。
「ほんと、そうする。エシカさあ。人助けはいいけど。ちゃんと考えろよな」
リシュアとエシカはラベンダーの背から飛び降りて、地面に着地する。
「あと。あの狼男達、問題を解決した後、貴方達の寝込みを襲って食べるつもりでいましたわよ」
ローゼリアが両手を広げて呆れ果てていた。
「とにかく。狼男達とは関わらない。それがベストな解決ですわね。私はもう馬車の中で寝ますわ。明日の昼頃には、次の街に着くらしいですし」
そう言うと、ローゼリアは早々に馬車の中に入って毛布に包まったみたいだった。
「だそうだよ。エシカ。お前って、本当に純粋だからなあ…………」
リシュアも呆れた声を出す。
エシカはきょとんとしていた。
やはり、天然だ。
エシカは、何処までも天然だ。
“災厄の魔女”とは一体、何なのか。
もしかすると、彼女はその天然さ故に、かつて有り余る魔力で何かをやらかしたのではないか?
リシュアはそんな事を疑っていた。
そんな事を疑っているのだと、エシカは知る由も無かった。
夜は更けていく。
狼男達は、この場所にやってはこないみたいだった。
やがて夜が明ける。
ローゼリアは夜明け前に狼男の集落に行ってきたらしい。
集落は、巨大な植物のドラゴンによって叩き潰されて、狼男達は散々な眼にあったらしい。そして、やはり、焼いていた肉は、旅人を襲って焼いた人肉の燻製だったみたいだった。ローゼリアは呆れ果てて、なるようになればいいですわ、と一声だけ漏らした。
助ける価値の無いしょうもない相手だっている。
リシュアとローゼリアとラベンダーは、その事を、どうエシカに説得するか口々に馬車の中で説明するのだった。