その街に近付くに連れて、四名は驚きの顔を隠し切れていなかった。
御者も驚いていた。
街の中心部に天空へと続く巨大な樹木がそびえ立っていた。空を見上げても、まるで樹木の終わりが見えない。
この街は『豆の木の街ウィンディ』と呼ばれている。
何と言っても、街一番の観光名所は豆の木だった。
豆の木に何処まで高く登れたか挑戦した者もいるらしい。
飛行魔法を使える者が、空高くまで登っていった事もあるらしい。
色々な記録によると、豆の木の頂上は天空の更に上へと繋がっていると聞かされていた。では、星々に繋がっているのだろうか? 月や太陽に繋がっているのだろうか? 結局、誰もそれは分からない。
「取り合えず、着いたら、現地の料理を食べよう」
リシュアは笑った。
†
この街の料理はカルボナーラのパスタが人気だった。
街一番の人気食堂にて、ローゼリアは二回程、お代わりをする。
「このカルボナーラ、とても良い卵を使っているのですね。今度、作ってみたいですわ」
「そう言えば、エシカって料理出来るのか?」
「実は私は料理は大得意なのですよっ!」
エシカは得意げに言った。
「じゃあ、エシカ。料理、夕方には作ってくれよ。台所が借りられる宿を探すからさ」
リシュアは少し興味深そうにエシカに訊ねた。
「もちろんですっ! では、私もカルボナーラを作って差し上げますねっ! ちなみに、この味は何を出せばよいのでしょうか?」
食堂の中年女性の店員によると、豆の木に住んでいるウッド・バードの卵によって、現地のカルボナーラは作られているらしい。
「そのウッド・バードの卵って普通に店で買えるんですか?」
エシカは店員に訊ねる。
「他のとこでは、普通の鶏の卵を使っているけど。うちはウッド・バードの卵を使っている。えっ? ウッド・バードの卵をどうやって入手するかって? それは、わざわざ豆の木の途中まで登って取りに行くんだよ。うちの主人がまとめて取りに行くのさ」
中年女性の店員は自慢げに答えた。
「そうですかっ! では、私も豆の木を登って卵を取りに行きたいですっ!」
エシカは純真無垢に答えた。
†
当たり前のように、リシュアとローゼリアが一緒に豆の木を登る事となった。ラベンダーは借りた宿で留守番役をすると言っていた。
豆の木は巨大な塔のようになっており、途中、階段が作られていた。三名は階段を登っていく。途中、ウッド・バードと呼ばれる鳥が飛んでいくのが見えた。
「なあ。エシカ。なんで、俺達も行かないといけないんだ? ゆっくり柔らかいベッドで休みたいんだけどな……」
リシュアは溜め息を付く。
「あら? リシュア。私が心配なんじゃありませんか?」
「まあ、そうだけどさ。何かあったら」
「確かに、豆の木は此処の観光地ですし。せっかくですから、登りたいのは分かりますが。吸血鬼である私はともかく、人間は体力的に辛いのではありませんか?」
ローゼリアは二人を気遣う言葉を投げ掛ける。
「そうだよ。少し休ませて欲しいよ…………」
「いえっ! 私は絶対にカルボナーラを作るのですっ! そしてみなさんに振舞いたいのですっ!」
エシカは意気込んでいた。
ちなみにウッド・バードの卵を手に入れる為には、最低でも、五キロは豆の木を登らなければならないのだと食堂の中年女性は言っていた。五キロの坂道…………。リシュアは頭が痛くなった。森の中、ずっと馬車に揺られていたので腰が痛くて仕方が無い。
エシカはとても元気そうだった。
旅人の着る木綿のワンピースを翻して、元気よく木の中に出来た階段を登っていた。そしてそのまま、一時間程、経過する。
ウッド・バードの卵が手に入る地帯へと、三人は向かう事になる。
そこは、まるで牧場のようになっていた。
ウッド・バード達が元気よく、飛び跳ねていた。
ちなみにウッド・バードの姿は、ダチョウに大きな翼が生えた鳥といった処だった。近付くと強烈なタックルを行ってくる危険な鳥とも聞いた。
ウッド・バードの何羽かは、卵を守っていた。
「もしかして、俺が取りに行くのか?」
リシュアは嫌な予感がしていた。
「女達に任せるのですの? 此処は男を見せてくださいませっ!」
ローゼリアはにやにやと笑いながら腰を下ろす。
どうやら、ローゼリアも疲労で疲れているみたいだった。
「…………。分かった。頑張る。行けばいいんだろう、行けば…………」
リシュアは全身全霊で駆け抜けて、ウッド・バードの卵がある場所へと向かう。そして卵を手にする。それは五十センチ程の大きさはある巨大な卵だった。リシュアはそれをつかむと、必死で怒り狂ったウッド・バードの突撃から逃げ続けた。遠くでは女達の声援が聞こえる。
リシュアは何とかして、ウッド・バードの突撃を避けながら、卵を手に入れる。
「なあ。もしかして、この重いものを背負って、今度はこの坂道をくだって行くのか…………? この卵を持つのは誰なんだろうなあ……?」
リシュアは力なく微笑む。
「私達、女の子ですから」
ローゼリアはにっこりと笑う。
リシュアは表情をひく付かせていた。
†
夕刻の事だった。
何やら料理をする音で、ラベンダーは眼が覚める。
リシュアが地面に突っ伏して倒れていた。
ラベンダーが声をかけると、リシュアはベッドまで這いずりながらベッドの上に登る。そしてそのまま寝てしまった。
ラベンダーが宿の厨房の辺りまで行くと、女二人が真剣に料理をしていた。
麺の茹で方はどうすればいいか。
刻んだベーコンをどうすればいいか。
油の量はどうすればいいか。
塩と胡椒の量はどのくらいがいいのか。
<お前らのエプロン姿って新鮮だな>
ラベンダーは眠そうな眼で、感想を述べる。
「料理を作っているのですよっ! この地のカルボナーラ・パスタを再現する為にっ!」
エシカは自信満々に張り切っていた。
<それはいいが。せっかくの良い食材を駄目にするなよ……>
ラベンダーはそれだけ言うと、リシュアの寝ている寝室へと戻っていった。
†
そして料理は夜中まで続いた。
何時間も掛けて作られたカルボナーラ・パスタを、リシュアとラベンダーの二人は食べさせられた。卵は大きい為に、麺とベーコンの量もすさまじい量があった。
「美味しいですか? 玉ねぎも沢山入れてみたのですよっ!」
エシカはすっかり苦労した顔付きをしていた。
「…………。美味しいよ、うん、美味しい。白ワインで流し込むのがいいな…………」
リシュアは何故か半泣きになりながら、カルボナーラを口にしていた。
一緒に卓を囲んで食事をしていたラベンダーは、何故か無言だった。ラベンダーの顔は何故かシビアだった。ラベンダーはベーコンばかりを口にする。
「とにかく、沢山作ったから、沢山食べてくださいねっ!」
エシカは男達が美味しそうに食べている様子を見て、満足気だった。
ローゼリアも卵がべっとりと付いたベーコンばかりを食べていた。
…………エシカも、ローゼリアも、麺の茹で時間など分からず、また、麺の鍋の淹れ方もよく分かっていなかった。ローゼリアの提案で、ちゃんとレシピを見て料理を作る事を提案しなければ、もっと酷い惨状になっていただろう。でなければ、余計な調味料が沢山入っていた筈だ。
しばらくして、麺を無理やり口に入れたリシュアと、ローゼリアの二人はお腹が痛いと言って寝室に向かっていった。そして、二人して気絶したみたいだった。麺を茹でる担当はエシカだった。
ラベンダーは、小さく溜め息を付くと、夜の散歩に行くと言って、ふらふらと去っていった。残ったのは、大量のパスタだった。
「なんで、みんな麺を食べてくださらないのかしらね?」
エシカは困った表情をしていた。
寝室では、ローゼリアがリシュアに向かって、自分はちゃんと料理修行を行うと小さく囁いていたのだった。