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【蒸気機関車】

『豆の木の街ウィンディ』から出ている、蒸気機関車という最新の乗り物に四名は乗って、魔女集会が行われている村である『ペイガン』へと向かう事にした。そこに行けば占い師であるティアナと合流出来るだろう。


 自分達の旅はあてのない旅路だ。

 元々はリシュアとエシカの逃避行だった。

 今は少しずつ色々な旅の仲間が出来ている。

 特にローゼリアとティアナは旅で出会った大切な仲間だった。


「俺は色々なものを見れたと思うな。エシカ」

 リシュアは笑う。


「私もです。……その、私の聖女として生きる人助けの旅は達成出来ているのでしょうか?」


「分からない。でも人を助けるって積み重ねの連続なんじゃないかな」


「そうなのですね。私はもっとその積み重ねをしていきたいです!」

 エシカは朗らかに笑った。


 災厄の魔女だとか、エシカの過去だとかを気にする者はヘリアンサス国の外を出たら誰もいない。同じようにリシュアが国の王子である事をまともに知る者も誰もいない。それがどうしようもなく二人にとって自由だった。


 四名は蒸気機関車というものを待っていた。

 とても長い車なのだという。

 それが走る線路がある駅という場所に来ている。

 まるでこれまでの、これから先の長い長い旅路を物語るかのように線路は遥か地平線まで続いていた。四人は切符というものを買っていた。


 やがて蒸気機関車が線路の向こうからやってくる。

 真っ黒で細長い乗り物だった。

 駅員をやっている男性が、遅れないように早く中に入るように駅に集まった者達に告げる。四人は駅員に切符を見せると、この黒い乗り物に乗せてくれた。


「いつも移動は馬車でしたから、これはどのような乗り物なのか気になりますねっ!」

 エシカはうきうきとしていた。


「中には窓が沢山あるんだな」

 リシュアも珍しそうなものを見て、心が弾んでいた。


 それぞれ、席に座っていく。

 ローゼリアはとてもはしゃいでいた。

 四名は向かい合った席に乗務員によって案内された。


 しばらくして、蒸気機関車が発車する。

 ガタンゴトンと、列車が発車していく。汽笛が鳴る。


「窓の景色が早く移り変わっていくんですね」

 エシカは窓を眺めながら、馬車の速度とはまるで違うこの乗り物の速さに驚いていた。まるで普通の馬ではなく『ケルベロスの峠』でブラック・ドッグが引く馬車に乗った時のようなスピードだった。景色が移り変わっていく。美しい森が青空の下に広がっていた。そういえば、ずっと数十年もの間、闇の森で暮らしていたエシカは改めて自分が余りにも遠い場所まで来た事に驚く。


 共に冒険をしてくれる者達は、みな優しくて楽しい者達ばかりだった。

 これまでの旅で出会った様々な者達の顔を思い浮かべながら、エシカはぼうっとしていた。リシュアを見ると、リシュアもぼうっとしているみたいだった。彼も今、自分と同じように物想いに耽っているのだろうか。


 ローゼリアは退屈そうにうたた寝をしていた。

 この吸血鬼の少女……少女に見えるが、厳密には、百年以上は生きている可能性がある彼女はいつも何を想っているのだろうか。いつも何か楽し気な事を探しているみたいだった。エシカも同じ気持ちだ。


 ラベンダー。

 彼もうたた寝をしている。

 そう言えば、ラベンダーの詳細はよく分からない。

 リシュアの話では、リシュアの幼い頃からヘリアンサス国にて、リシュアの傍にいたのだと言う。だがラベンダーは何処から来たのだろうか? ただ、聞いてもはぐらかされるだけだろうとは思う。


 ただ、みな一緒に色々な場所を巡った旅の仲間だ。

 素性はどうあれ、その事に変わりはない。


「ずっと、こんな時間が続けばいいですね」

 エシカは穏やかに笑う。


 うたた寝をしていたローゼリアが眼を覚ます。


「そうですわね。そして、先日、ウィンディで作ったカルボナーラはとてつもなく酷い味でしたわ。料理の腕を磨かなければなりませんわね……」

 そう言うと、ローゼリアは味を想い出して口元を抑える。


 エシカは顔を真っ赤にして、窓の方に視線を戻した。

 景色が移り変わっていく。

 時間も移り変わっていくのだろう。


 とても穏やかな時間だった。

 馬車の中と違い、段違いに列車の中は快適だった。入ってくる虫も、揺れ動いて身体を痛める事も無い。

 エシカはバッグの中から何冊か本を手にした。それはヒュペリオンの街の案内書だったり、アンダイイングの街の案内書だったり、イエローチャペルの観光ガイドの地図だったりした。エシカは日記も少しずつ付けていた。日記を読み返すと、取り留めもない想い出が書かれている。自分で描いてみたヘタクソな落書きなどもある。落書きは鏡で見た自分やリシュア、ラベンダーの似顔絵だったり、ヒュペリオンの美術館で見た彫像だったりした。ティアナの似顔絵も描かれている。

そう言えば、これから再び再開するであろうティアナは吸血鬼のローゼリア以上にとても謎めいた人物だった。昔、仲間達をゴルゴンという魔物に殺されて一人だけ生き残ったと言っていたが詳しい詳細は分からない。昔、彼女も冒険者で旅をしていたのだろうか。



アンダイイングのカルト教団である『永遠の鳥』を潰して、墓荒らし達の憂き目にあっていた者達を心穏やかにする事は出来たのだろうか。自分が人助けをしているという感覚はまだ分からない。過去の災厄の魔女としての罪の償い…………でも、それは記憶を失った今のエシカとは関係の無い事だ。

エシカは純粋に人助けが好きだった。

 人助けをして人の喜ぶ顔を見るのが好きだった。

 ただ、色々な事があって、紆余曲折としてそれが上手くいかなかったり、明後日の方向にやってしまう事も多い。大抵、リシュア達も人助けの手伝いをしてくれるので、失敗した時はリシュア達と笑い合える。


 こんな人生でいいだろうと想った。

 これからも、こんな人生が出来るだけ長く続けばいい。

 エシカもリシュアも、ヘリアンサス国の追っ手に追われている。

 吸血鬼の領主であるノヴァリーやアルデアルなどが、様々な魔法で追っ手達の追跡を妨害しているが、いつ追っ手が現れるか分からない。それに関しては今でも少し不安がある。


「何を考えているんだい? エシカ」

 リシュアが唐突にエシカに訊ねる。


「その…………。日記を読み返しながら、これまでの旅の想い出に耽っていました。本当に楽しい旅ばかりでした」


「森の中のお化け屋敷にも入ったな。つい数日前は、狼男の集落に辿り着いた」


「ええ。本当に行く場所、行く場所、色々な方々に会えて楽しいんですっ!」


「俺達の知らない世界ばかりだな。俺はヒュペリオンの街にあった博物館で見たヒドラの彫像。天体観測所で見た星座。そして岩山の大巨人。全てが国内に引き篭もっていては生涯、見る事が出来なかったものたちばかりだった。素晴らしい旅の想い出だよ」

 リシュアは笑った。


 エシカも笑った。


 旅の想い出か。


 ヘリアンサス国の王子。

 災厄の魔女として闇の森に幽閉されていた女。

 謎の蒼きドラゴン。

 吸血鬼の少女。


 代わった旅の仲間達で構成されている。今から行く魔女の村『ペイガン』で、またティアナに再会出来るだろうか。そうすれば五人旅になる。エシカは考える。旅の仲間がもっと増えてもいいなと思った。雨の街で出会ったドォーハ。森のお化け屋敷にいた人形のヨモツ。彼らも寂しそうだった。寂しいなら旅に出ればいいと思う。エシカは今、自由に外の世界に足を踏み出している。これから出会う者達はどんな人達なのだろう。人ではなく魔物かもしれない。魔物との出会いも悪くないとエシカは想っている。


「出会った者達、一人一人がまるで記憶の一欠けらみたいだな」

 リシュアはエシカの日記帳を手にしながら笑った。


「こらっ! リシュア。勝手に私の日記帳を読まないでくださいっ!」

 エシカは少し怒る。


「いや。エシカの日記は面白いよ。本当に出会った人達、一人一人を大切にしているんだなって感じる事が出来てさ。うん、本当にエシカらしい」


「そうなのでしょうか?」

 エシカは困惑する。


「ああ。本当に出会った人々の想い出を大切にしているんだなって」


「でも、似顔絵はヘタクソだと思ったでしょう?」


「…………。ああ、それは思った」


 エシカは恥ずかし気に、リシュアを小突く。リシュアはいたたたたと言って笑った。


 窓の景色はずっと移り変わっていった。

 山が見え、谷も見え、村や街なども見えた。


 この巡り移り行く景色こそが、旅の標なのだろうと二人は思った。



 列車が停車したのは、五、六時間後の事だった。

 馬車で向かえば、数日は掛かるであろう場所にすぐに到着していた。


「聞く処によると、蒸気機関車の技術はまだまだ発達していて。もしかすると、馬車で数日かかった目的地に着くのに、モノの一時間とか。半刻程で辿り着けるようになるかもしれないってさ。技術の進歩ってのは本当に凄いよな」


 停車駅の付近で売っていた飲み物を口にしながら、リシュアは停車して駅員達による清掃が行われている機関車を眺めていた。

 蒸気機関車に限らず、今後は空飛ぶ乗り物が生み出される研究が世界各地の国々で行われているらしい。空を縄張りとするロック鳥や狂暴なドラゴン達に見つからないように、いかに空を巡れるかの議論も行われているそうだ。


 もし、空を旅する事が出来るのならば、もっと簡単にみなが世界中を旅行出来る旅人になれるだろう。そんな時代が来るのだろうか。エシカとリシュアはそんな夢想を語り合っていた。


「それにしても、魔女集会の村『ペイガン』までは、もう少しだけ歩く事になるな」

 リシュアは呟く。


 ローゼリアの話によると、世界中から魔女や占い師達が集まってくる村ペイガンは一般的な人々が住む街や村からは隔離された場所にあり、ある種の秘密の地区として存在するらしい。そこに辿り着くのも魔女修行の一環らしかった。


 魔女と言っても様々な者達がいるらしい。

 自然を敬うドルイドや、邪悪な魔法を使うウォーロック。それから人々の身体と心を癒やすヒーラー的な存在など様々だ。詳しくは行ってみれば分かるだろう。


「で。その場所なんだけど、此処から少しまた山道の方を歩く事になるけど。大丈夫なのかな?」


「そうですね…………。でも、あれはなんでしょう?」

 エシカは駅から少し離れた場所にある奇妙な乗り物を見つけた。


 駅員達に話を聞いてみると、あれはロープウェイという乗り物らしい。もし、ペイガンに行きたいのなら、ロープウェイで向かった先ならば行きやすいのだと教えてくれた。ただ、魔女の村ペイガンの正確な場所はやはり分からないのだと。


 一般的にはやはり非公開の場所なのだろう。


 秘密の場所に訪れるのは、それはそれで心躍る楽しみだった。


 四名はこんばんは、この辺りで安宿を取った後、明日の朝、ロープウェイに乗る事にした。駅周辺には小さな村があり、二階に宿がある旅の居酒屋があった。そこの主人はロープウェイの乗り方を教えてくれた。


「あの乗り物はまるで天空から森や大地を見下ろしているかのようだよ」

 居酒屋の主人である白髭をたくわえた男は、そう教えてくれた。


 ロープウェイ。

 先ほど乗っていた蒸気機関車といい、初めて乗る乗り物だ。


 四人でこの村の特産である山菜料理を口にした後、二階の宿に向かい語り合った。時間を潰す為にトランプに興じる。相変わらずエシカがポーカーのルールをまともに覚えられなかったので四人でババ抜きを行った。


「ババ抜きってかなり奥が深いですね!」

 エシカはとても楽しそうに、この簡単なトランプのゲームに興じている。


「エシカって本当になんでも楽しめる性格だよな」

「ほんと、羨ましい事ですわ」

<まあ。人生を楽しむ事は良い事だ>


 四名はババ抜きで真剣に行っていた。

 エシカはすぐに表情に出る為に、ババ抜きが弱い。

 対して、一番のポーカーフェイスは何といっても、ラベンダーだった。

 ラベンダーはすぐに勝ってしまう。


 そして二時間以上も真剣にババ抜きをやった後、四名はシャワーに入り着替え、歯磨きを行った後、いつものように宿のベッドへと潜り込んだ。今回は狭い宿であった為に、ベッドは二つしかない。女二人がベッドに入り、男達は毛布を被って地面に横たわる。


 そして電気を消す。

 先ほど蒸気機関車の中で寝ていた為に、ローゼリアはあまり寝付けないみたいだった。


 エシカはそれを察して、ローゼリアに小声で話しかける。


「そういえば、ローゼリアさんは、なんで、皆さんと一緒に旅をしているのですか?」


「そうね。私はやっぱり、みんなといて楽しいからですわね。アンダイイングでは、邪教を打ち滅ぼせましたし。蒸気機関車という最新の乗り物に乗る事も出来ました。明日はロープウェイで森の上まで向かいます。こんなに素敵な旅、もしかしたら初めてかもしれません」

 ローゼリアは屈託はなく笑っていた。


「そうですね。ずっと素敵な旅にしましょう」

 エシカは手を伸ばして、優しくローゼリアの頭を撫でる。

 ローゼリアはすやすやと眠りに付いていた。


 明日はロープウェイに乗れる。

 明日の楽しみが、みなの旅の原動力だった。



 ロープウェイは、人が乗れる箱だった。

 ちょうど、四人分のスペースだ。


 窓の景色を楽しみながら鉄線から吊り下げられた箱が動いていく。

 地上の景色が目まぐるしく見える。

 青空の下の大自然が広がっている。


 ロープウェイの到着先に行けば、歩いて魔女の村へと向かう道がある。

 広い山脈が神々しく見えた。

 ロープウェイは静かに四人を乗せて山を登っていく。


「とても綺麗な景色ですね。空をはばたいているみたいです」

 エシカは見るもの全てが新鮮な感じがした。


「そうだな。ラベンダーの背中よりも、この乗り物は乗り心地がいい」

 リシュアは冗談交じりに言う。


<なら二度と俺の背には乗せんぞ>

 ラベンダーは苦笑する。


 ローゼリアもはしゃいでいた。


 そうして四名は大森林と見下ろしながら、次の目的地へと向かうのだった。

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