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第33話 (侑希side)

次の日。ついに卒業式の日がやってきた。

周りの友達の中には泣いている子もいたが、私は、6年間過ごしたこの学園を卒業するという実感が全くわかなかった。ホームルームが終わると、仲の良かった子達が私の周りに集まってきた。

「月宮さん、一緒に写真撮ろー」

「うん」

友達と数枚写真を撮った後、そろそろ帰ろうかと荷物をまとめていると、クラスのあまり喋ったことのない男の子達にも声をかけられた。

「月宮さん、写真撮ってもいいですか?」

「え、うん。もちろん」

断る理由もないので、教壇のところに並んで何人かと写真を撮っていると、ちょうど廊下を歩いている凛と目があった。けど、すぐに目は逸らされてしまい、凛は階段のほうへと消えていった。

別に悪いことをしてるわけじゃないのに、胸の辺りがザワザワする。

「撮ってくれてありがとう」

「いえ。こちらこそ」

私は男の子に会釈して、すぐにバッグを持つと教室を飛び出した。


クラスごとで終わる時間が分からないし、学校の近くで待ち合わせができないから、凛とは卒業式が終わり次第、近くの公園で会う約束をしていた。

玄関にはたくさんの人がいたけど、凛の姿は見当たらなくて、私はすぐに約束の公園へ向かって走り出した。


しばらく走っていると、凛の後ろ姿が見えた。周りに誰もいないから、今なら呼びかけても大丈夫なはず。

「凛!」

彼女は私の声にすぐに振り向いて、足を止めてくれた。なんとか追いついた。

「はぁ、はぁ」

「走ってきたの?」

「うん、、」

「息、整えなよ」

凛がしばらく止まってくれて、私はゆっくりと深呼吸をした。ただでさえ筋力がないのに、受験期でさらに衰えてしまったらしい。これくらい、凛なら簡単に走っちゃうんだろうなと思うと、少し情けなかった。

「ありがと、もう歩けるわ」

「侑希、男子の友達いたんだね。なんか意外だった」

「違うわ。お願いされたから撮っただけ。今までほとんど喋ったことない子達よ」

「ふーん」

「な、なに?」

「別に〜」

少しだけ歩くペースを上げた凛を、慌てて追いかける。もし嫉妬してくれてるなら嬉しいかも、なんて私は呑気に考えていた。だって嫉妬は、友達にはしないもん。


喋っているうちに、あっという間に公園についていた。2人でベンチに座ったけど、なんだかいつもより距離がある気がする。


「そういえば、侑希のお父さん、挨拶出てたね」

「うん。いつも式典の度に出てこられるの、昔は恥ずかしくて嫌だったわ」

「いいじゃん。私がもし侑希の立場なら、誇らしいなって思うよ」

「凛のお父さんは何してる人なの?」

「うちね、お父さんいないんだ」

「え。あ、ごめんなさい…」

「ううん、私がまだ小さい頃に病気で死んじゃったから、私も知らないの」

なんて返せば分からなくて、私は口ごもってしまった。


凛にお父さんがいないなんて、そんなの知らなかった。

2年近く一緒に居たくせに、私は凛のことをまだ全然知らない。

だからもし、私が隣にいることを凛が許してくれるのなら、これからはもっと彼女のことを知りたい。


「ほんとに気にしてないから。そんな顔しないでよ」

凛は私の頭をぽんぽんっと軽く叩くと、そのまま立ち上がった。ちょっとずつ遠くなっていく凛の背中。


今日、言わなきゃ。

私は決意を固めて、ベンチから立ち上がった。

「あのね、凛」

「ん?」

振り返った凛の顔は、なんだかひどく苦しそうに見えて、私は思わず言いかけていた言葉を飲み込んだ。

たった2文字、口に出すのがこんなに難しいなんて知らなかった。でも、言うって決めたんだから。


「私、凛のことが…」


すぅーっと息を吐いて顔を上げると、すぐ前にいる凛と目が合った。やっぱり今日の凛は、いつもと違う。


どうしてそんな顔をしてるのかと聞く前に、凛はゆっくりと腕を上げると、人差し指を自分の口に当てた。

まるで、それ以上何も言うなというように。


困惑している私に、凛は申し訳なさそうに呟いた。

「ごめんね。それは、侑希の中にしまっておいて欲しいな」


それって、つまり。

凛の言葉の意味を理解した途端、ぼろぼろと涙が出てきた。振られても彼女の前では泣かないって決めてたのに、どれだけ拭っても涙は止まってくれなかった。


いつもの抱きしめられる時みたいに凛の腕が伸びてきたけど、私はそれを勢いよく叩いて払いのけた。パシッと音がして、こちらに伸ばされていた凛の腕がゆっくりと下に落ちた。


「侑希…」


私は何も言わずに、自分の荷物を持って走り出した。

あの時みたいに追いかけて欲しかった。強引に腕を取って欲しかった。ごめんねって、抱きしめて欲しかった。


でも、私のことを追いかけてきてくれる人はいなかった。


公園から家まではそれほど遠くなくて、いつの間にか私は自分の家の前に立っていた。

扉を開けて玄関に入ったけど、自分の部屋まで上がる元気もなく、私はその場にうずくまった。

「うぐっ、ぅっ…ぐすっ…」

涙がどんどん溢れて、床を濡らしていった。

振られた後のことなんて、何一つ考えていなかった。

なんで私は、きっと上手くいくだなんて思い込んでいたんだろう。

告白したら、私達の関係は終わってしまうということに、どうして今まで気づけなかったんだろう。


昨日の遥香ちゃんの話は、もしかしたら、これから告白する私への警告だったのかもしれない。

でも、今となってはもう遅い。全部終わってしまったんだから。


そもそも凛はアイドルだし、女の子の扱いなんて誰よりも分かってるに決まってる。だから今までのだって、全部ファンサービスの延長みたいなもので。キスもハグも、私とは重みが違ったんだ。


もう、全部バカみたい。


私は荷物を玄関に置いたまま自分の部屋に上がって、ベッドに倒れ込んだ。そのまま疲れて眠くなるまで、ずっと泣き続けた。

こんな時でも、家に誰もいないことだけが救いだった。


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