走っていった侑希を追いかけることはできなかった。
私に彼女を追いかける資格なんてない。
先週、侑希に「卒業式の後に言いたいことがある」と言われた時点で、告白されることはなんとなく察していた。
だから私は、今日が来てほしくなかった。うやむやにしていれば、ずっとこの関係が続いてくれるから。
私が彼女とちゃんと向き合うことから逃げている間に、彼女はどれだけ悩んでくれたんだろう。そして今日、どれだけ傷つけてしまったんだろう。
あんなに愛してくれていたのに、私はその気持ちを受け取ることすら拒んでしまった。
ベンチに座っても、横で嬉しそうに喋ってくれる侑希はもういない。
高校生活の思い出は、ほとんどが侑希とのものだった。2人で過ごした時間は、こうやって一時の思い出として終わらせてしまうにはあまりにも長すぎた。
項垂れたまま目をつぶれば、すぐに彼女の顔が浮かぶ。
笑った顔が好きだった。
私にしか見せないふにゃっとした笑顔が、たまらなく愛おしかった。アイドルとしての私も、普段の私も、両方愛してくれたのは侑希だけだった。何よりも大切にしたいと、初めてそう思えた人だった。
思い出せば思い出すほど、涙が溢れそうになって私はグッと上を向いた。私が泣いちゃダメだ。
ベンチを立って、とぼとぼ歩きながら公園を出た。
3月の風は、まだひんやりと冷たかった。私は悴んだ手を制服のポケットに突っ込んで歩いた。
私は侑希とは付き合えない。
それだけは、私のどうしても譲れないことだった。
侑希のことは大事だけど,それと同じくらいにスターセーバーの仕事も私にとっては大切だった。
うちの事務所は恋愛が禁止されているわけではない。しかし、女の子達を相手にしている以上、彼女がいることはグループにとってあまりに大きなリスクとなる。それは誰も口には出さないが、全員がわかっている事だ。
ただでさえ、私は性別を偽って仕事を受けているのに、その上彼女まで居るとなったら、私はその秘密を自分の中だけで抱えきれる自信がなかった。もしも誰かにバレたら、と怯えながら過ごす生活にはきっと耐えられない。
たくさんの人に支えられてここまで来たからこそ、アイドルとしてのプロ意識だけはどうしても捨てたくなかった。それが結果として、1番近くでずっと応援してくれていた侑希を切り捨てることになったとしても。