気持ちの整理がつかないまま迎えた入学式の日。
凛の連絡先は、あの日すぐに消した。連絡が来ても、きっと辛くなるだけだって分かっていたから。
凛のことだからきっと、あれから何度か私にメッセージを送ってくれてるんだろう。ブロックしているから、そのメッセージが私に届く事はないけど。
既読のつかないメッセージを見て彼女はどんな気持ちになるんだろうか。振ったことを後悔してくれてるか、それとも今までの事が無かったかのように楽しく生きているのか。そんな彼女のことを考えられるほどの余裕は、私にはまだない。
随分前から通知の鳴らなくなったスマホをスーツのポケットに入れる。ふーっと軽く息を吐いて、私は大学に足を踏み入れた。
桜はもうほとんど散っていた。しばらく外に出ていなかったから、私はそんなことも知らなかった。私が家に引きこもってグズグズと過去のことを引きずってる間にも、外は当たり前みたいに春を迎えていたと思うと、自分がどれだけ狭い世界で生きてきたかを実感させられた。
もう彼女のことは忘れるって決めたんだから、そろそろ私も、前を向かないといけない。
「ねー、君!一緒に行かない?!」
集合場所である講堂に向かっている途中で、突然後ろから誰かに肩を叩かれた。
振り返ると、眩しいくらいの笑顔を浮かべた女の子が立っている。髪はふんわりと巻かれていて、ぱっちり開かれた目と高めの鼻がどこかハーフっぽい印象を与える。
「え?う、うん」
そうだ、最初はこんな風に友達を作るんだ。中高一貫校なうえに、ほとんどの時間を凛と過ごしたせいで、友達の作り方なんてすっかり忘れていた。
明るくていい子そうだし、この子が声をかけてくれて良かった。
「えーっと、まずは名前か。私は藍川海!」
「うみ…」
「うんっ!海ちゃんでも呼び捨てでも、呼び方はなんでもいいよ〜」
「じゃあ、海で」
「君は名前、なんって言うの?」
「私は、月宮侑希」
「月宮って、もしかして月宮学園の?」
「うん」
「それ、私が落ちたところだ。えぇ〜、んじゃめっちゃ賢いじゃん!」
「そんなことないわ」
海は実家から電車で通っているらしい。住んでいる場所は私の実家の隣町で、あまりの近さに2人で驚いた。
「なんかさ、この大学結構偏差値高いじゃん。だからみんな雰囲気が大人っぽくて声かけづらくて。侑希は普通に顔が可愛かったから声かけちゃった笑」
「私も自分から声かけたりとかできないから助かったわ」
「へへっ、じゃあこれからよろしくね侑希!」
私の手を握って上下にブンブン振ってくる海。この子がそばにいれば、それなりに楽しい大学生活が送れる予感がしていた。
大学生活は順調に進んでいった。
社交的な海のおかげで、彼女以外にも仲の良い友達ができて、普段はその4人で過ごすようになった。
こないだ入学したはずなのに、慣れない授業やレポートやらに追われ、気づけばあっという間に7月になっていた。
テスト2週間前。
今日は午後の授業がなく、久しぶりに全員の予定が合ったので、大学近くのカフェに4人で集まっていた。
「みんなぁ〜、テスト勉強してる?」
そう言いながら、カフェのソファーにぐでーっと身体を預けた海。この感じを見るに、まだ何もしてないのだろう。
「あんたまだしてないの?」
「だってぇ〜」
「留年したらヤバいんだからちゃんとしなさい」
海を叱っているのは、平岸沙紀。
普段は陸上部の部活と居酒屋のバイトで忙しそうにしているけど、勉強もちゃんとしている。サークルにも入らず、バイトもしてない私からしたら頭が上がらない存在だ。
「まぁまぁ。まだ2週間あるし、海ちゃんも今からやればきっと間に合うと思うよ〜」
「うぅっ、ゆいゆい〜」
泣きついてきた海を優しく受け止めてるのは、松永結衣。結衣はおっとり系で、気遣い上手。
いつも笑顔でなんでも肯定してくれる彼女は、多分生まれてから誰かに対して怒ったことはないんだろうと勝手に思っている。
「侑希ちゃんはお勉強してる?」
「うん。まだちょっとだけど」
「侑希は賢いから勉強しなくても受かるんだっ!ひどい!」
「あんたはバカなんだから、ちゃんとやりなさい」
また沙紀に怒られてる海。そんな2人の姿を見て、私は結衣と顔を見合わせて笑った。
この4人でいると話が絶えることがない。こんなに居心地がいいと思える友達ができて本当に良かったとつくづく思う。
凛と離れてから入学するまでの1ヶ月間。私は自分の家のベッドで、ほとんど起き上がることなく過ごしていた。食欲も湧かないし、することもない。
そんな様子を心配してくれる人は家には居なかったから、私はひとりぼっちだった。
もし彼女たちに出会えてなかったら、私はずっとそのままだったんだろう。だから、入学して1番最初に声をかけてくれた海には、感謝してもしきれない。
「そういえばさー、沙紀は彼氏といい感じ?」
このお店に入って1時間くらい経った頃、カフェオレの残りをズーッと音を立てて飲みながら、海が沙紀に訊ねた。
「普通。別に変わんないかも」
「沙紀ちゃん、遠距離でもラブラブなんて素敵だなぁ」
沙紀は高校の時から付き合ってる彼氏がいるらしい。そんな彼女を海は羨ましそうに見つめている。
「欲しいっ!私も彼氏欲しい!」
「侑希ちゃんはどうなの?好きな人とか、いる?」
優しく微笑みながら、さりげなくこちらに話題を振ってくれた結衣。
「確かにー。侑希って普段クールだけど、恋愛とかそういうのって興味あるの?」
「んー、まぁ」
「えっ、そうなの?好きな人とかいるの?!」
濁したのに、目をキラキラさせて訊ねてくる海。一気に私に集まった3人の視線が痛い。
好きな人と言われて頭に浮かぶのは、もちろん凛のこと。もうあれから3ヶ月以上経つのに、まだ全然忘れられてない自分が嫌になる。
星空蒼の配信は、あれから見れてない。顔を見れば、声を聞けば、きっと胸が苦しくなってしまう。会いたくなってしまうから。
「居たけど、卒業式の時に告白して振られたわ」
「うわぁ〜、まじか」
「私と一緒に大学で新しい人見つけよ!」
そう言って、海にバシッと背中を叩かれた。確かに、そろそろ前を向いてもいいのかもしれない。