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第38話(侑希side)

夏休み初日。

みんなはこれから数週間、実家に帰ると言っていたからしばらく暇になってしまう。

私はみんなみたいに実家に帰るつもりはなかった。帰ってもお父さんもお母さんも家にはほとんどいないだろうし、ここで一人暮らししてるのと変わらないだろうと思ったから。

それに実家に帰れば必然的に、近くに住んでる凛に会う確率も増えるだろうし。

課題は終わっててやらないといけないことは特にないし、まだ友達と出かける予定もないので、しばらくは家でゆったりとテレビを見たり、本を読んで過ごすことにした。



今日はテスト期間に溜めていたドラマを一気に見た。

気づけば部屋がだんだん暗くなってきて、見終わる頃には外は真っ暗になっていた。

喉が渇いていることに気づいてお茶を飲もうと思い立ち上がった途端、ふらっと立ちくらみに襲われた。そういえば、お昼ご飯食べるのをすっかり忘れていた。

お茶を取り出すために冷蔵庫を開けてみたけど、今日の夜ご飯になりそうなものは何もない。買い物に行かないと。


今まで全部家政婦さんに頼りっきりだったから、私は家事があまり得意ではない。掃除洗濯は人並みには出来るが、料理はほとんど出来ない。だから普段は学食や買ってきた惣菜で済ましているのだが、テスト期間は買い物に行くの時間がもったいなくて食べないこともよくあった。

洗面所に置かれた体重計におそるおそる足を乗せると、受験期から5キロ近く減っていた。

痩せるのは嬉しいけど、こういう不健康な痩せ方はよくない。夏休みはずっと暇だし、これを機に頑張って自炊でも始めてみるか。


そんなことを考えながら家の鍵とマイバッグをポケットに入れ、買い物に出ようとしたちょうどその時、インターホンが鳴った。

ネットで何か買った覚えはないけど、たまにお父さんからこうやって仕送りが届くことがある。私はモニターをろくに確認せずに玄関まで駆け足で行くと、すぐに玄関を開けた。


「な、なんで、いるの…」

「ねぇ、ちゃんとチェーンして出ないと危ないよ?」


ドアを開けた先にいたのは、配達業者の人じゃなかった。ずっと会いたくて、でも1番会いたくなかった人。


困惑している私にはお構いなしに、凛はドアの隙間からこちらに手を伸ばしてきて、私は思わず後ずさった。

そのまま扉を閉じようとしたけど、差し込まれた凛のスニーカーに邪魔されて、閉じることができなかった。


そういえば、高校の時にもこんなことがあった。確かあの時は私が勘違いして拗ねて、凛がわざわざ家まで来てくれたんだっけ。懐かしい気持ちと同時に、幸せだったあの頃を思い出して、どうしようもなく辛くなった。


「なにしに来たの」

「んー、様子見に?」

「帰って」

「まぁまぁ、そんなこと言わずにさ」


ちゃんと食べてなくてフラフラしていた私は、ろくに抵抗することもできず、あっけなく凛の侵入を許してしまった。そもそも私が力で凛に勝てるはずがない。


「おじゃましまーす」

「……」


追い返すこともできず、私は凛を部屋に通した。

あの日、簡単に住所を教えてしまったことが悔やまれる。そもそも、今更どういうつもりで私に会いに来たんだろうか。

相変わらず、凛の考えてることはよく分からない。


凛はソファーの前に立って、きょろきょろと周りを見回していた。

「座れば?」

「蒼くんのグッズは?」

質問を質問で返される。

「持ってきてないわ。もう、観てないし」

「え、推すの辞めちゃったの?」

「そうよ」

半分は嘘だ。グッズは実家に置いておくのも憚られて、家を出る時に丁寧に段ボールに入れて持ってきた。でもまた飾るほどの元気もなくて、今はクローゼットにしまったまま。それを本人に話すもなんだか癪なので、わざわざ言わないけど。


私がソファーに座ると、凛も続けて横に座ってきた。

「じゃあさ、もう私のこと好きじゃない?」

私の方を向いてそう聞いてきた凛は、なぜかひどく嬉しそうで、そんな無神経な質問と態度に無性に腹が立った。

「好きなわけないでしょ」

「じゃあさ、友達としてやり直そうよ」

「は?」

「侑希と一緒に居た時間が、本当に楽しかった。最後はあんなだったけど、やっぱり友達として一緒に居たいって思って」

「……」

思わず言葉を失った。なんで凛は、簡単にそんなことが言えるんだろう。私がこの数ヶ月どんな気持ちでいたか、そんなことも考えられないんだろうか。

怒りを通り越して呆れてしまう。


「やっぱりダメ、かな」

上目遣いでそう訊ねられ、思わず目を逸らした。どう足掻いたって、私はやっぱり彼女の事が好きらしい。

ここで凛を突き放してしまえば、もう絶対に次はない。でも、また友達としてやり直せたら、まだ付き合える可能性があるかもしれない。それが限りなくゼロに近いとしても。

「別に、いいわ」

「本当に?」

「うん」

パァッと笑顔になって、すぐに抱きついてきた凛。ふわっと香った懐かしくて大好きだった匂いに、すぐに胸が苦しくなって奥歯を噛み締めた。

絶対に同じ気持ちにはなれないって分かってるはずなのに、どうしても諦められない。

なんで私はこんな人が好きなんだろう。


絶対に好きになっちゃいけないという呪いをかけられて、私たちの関係は再スタートを切った。

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