蒼が女の子だって気付いたのは、このグループに入って一ヶ月も経ってない頃だった。
入った当初、デビュー時期の近かった俺たちはペアで見られることが多く、俺はあの頃、グループで活動するほとんどの時間を蒼の隣で過ごした。
「颯太、ちょっとごめん」
「ん、あぁ。大丈夫」
2人のパートのレッスン中、蒼は結構な頻度でトイレに立ったり休憩を取る日があった。それは大体、月に一回くらいだった。でも次の日にはケロッとしてあることが多いから俺は、病弱なのかな、くらいにしか思っていなかった。
俺が異変に気づいたのは、1番最初のライブ配信に向けてのペアレッスンを終えた後だった。
その日、蒼と2人で一緒に部屋に戻ろうとしたところで、蒼だけがマネージャーに呼ばれて、俺は先に1人で控え室に向かった。
控え室の扉を開けて中に入ると机の上に、この部屋を出る時には無かったコンビニのビニール袋が置いてあった。
俺はよく、マネージャーからの差し入れでおにぎりやらパンを買ってきてもらうから、その時も特に疑うこともなくその袋の中身を覗いた。
覗き込んですぐに、俺はパッと袋から離れた。
中にあったものには、見覚えがあった。ねーちゃんやお母さんが買ってるのを見たことがあるから。でも俺は使わないし、必要ない。
これは誰のものなんだ?
それと一緒に袋に入っていたものは、プリンとぶどうジュース、それから鮭おにぎり。
それらは全部、蒼がいつもマネージャーに買ってきてもらってるものだった。
真っ白な頭のまま自分のロッカーまで行ったところで、蒼が部屋に戻ってきた。無言で着替えていると、後ろから蒼に声をかけられる。
「颯太、この袋の中、見た?」
「え、袋?そんなんあったか?」
俺は咄嗟に、知らないふりをした。
「あぁ、なんでもない」
これ誰のだろ、くらいの反応をしてくれると思っていたのに、蒼はそれ以上何も言わなかった。
変な汗が流れていく。蒼って、そうだったのか?
いや、でもまだ分からない。もしかしたらマネージャーさんのやつかもしれないし。蒼はそういう話が苦手なだけかもしれないし。
蒼は隣で着替えながらいつも通り何か話していたが、俺の頭には全く入ってこなかった。
横にいるのが女の子なのかもしれないと思うと、変に意識してしまう。いつも着替えは一緒にしてるし、胸が出てるって思ったことはない。でも、明らかに細い脚とか、同じ運動量でも筋肉がつきにくい感じとか、蒼が女の子だとしたら、色んなことの辻褄が合っていく。
そして、控え室を2人で出る時。さっきのビニール袋は無くなっていて、その時に俺は確信した。
蒼は、女の子なんだって。
俺は事務所の玄関で蒼と別れた後、また建物の中に戻った。ちょうど横のブースでリーダーがレッスンしているのを知っていたから、俺はその部屋の入り口で終わるのを待っていた。
30分くらいして、タオルで汗を拭きながらレッスンを終えたリーダー出てきた。
「あれ、颯太じゃん。帰ったんじゃなかったのか?」
「駿さん、ちょっといいっすか」
「どうした?」
「えっと、その、蒼って…男じゃないですよね」
駿さんは明らかに、まずいという顔をした後、人差し指を口に当てた。
「言わないでほしい。周りにはもちろん、本人にも」
「はい。わかってます」
「やっぱり1番近くにいると分かっちゃうか」
「まぁ、はい…」
やっぱりそうだったんだ。リーダーの話を聞きながら無意識に握りしめていた手は、じっとりと汗をかいていた。
リーダーと話した後、家までの道のりを歩きながら俺は蒼のことを考えていた。
別に、蒼が女だったから失望したとかそういうことは絶対にない。ただ、今まで男だと思ってたチームのメンバーがいきなり女だと分かったんだから、俺は少なからず困惑していた。
これがバレたら俺たちはどうなるんだろう。ファンは、世間は、蒼が女の子でも変わらず受け入れてくれるんだろうか。
いや、きっと無理だ。
うちのファンには、メンバーにガチ恋している子達も少なくない。このメンバーの中に1人だけ女の子がいるのが分かれば、蒼が袋叩きにされるのは容易に想像できる。
俺はこのグループで生きていくと決めていたから、この居場所を失うのがなによりも怖かった。
ベッドに入っても、嫌な考えが消えてくれない。そんなことを考えていたからか、その日はうまく眠れなかった。
次の日、俺は寝不足のまま事務所に向かった。
控え室のソファーに座ってうとうとしながらスマホを見ていると、少し遅れて蒼が部屋に入ってきた。
「おはよー、颯太」
「ふぁ〜、おはよ」
「昨日眠れなかった?」
「んー、まぁ。そんなとこ」
いつもみたいに挨拶を交わして横に座ってきた蒼は、ぐいっと顔をこちらに寄せると、俺のスマホを覗き込んできた。
「何見てんの?」
「つ、次のダンスの、やつ…」
「へぇ〜、僕も見よっと」
俺も一応男だから、こんな近くに女の子がいると意識すると、心臓がドクッと跳ねた。今まで当たり前だった距離感が、たった1日にして分からなくなる。
ダメだ、普通にしないと。
俺はソファーの上で目をつぶって、そう自分に言い聞かせた。
幸い、蒼が女の子だということが他のメンバーにバレてる様子はなかった。
だから俺も、この日常がずっと続くことをただ願いながら、毎日の仕事をこなしていくことしかできなかった。
いつも俺の隣にいた蒼は、俺とは何もかも真逆なやつだった。
クールで、活発に何かを喋るタイプじゃないし、いつもなんともないような顔で歌もダンスもこなす。リーダーの駿さんと肩を並べるくらいに、うちのグループの中でも実力がある。
おれはそんな蒼のそばにいられるのが誇らしくて、でも少し不安だった。歌もダンスもそこそこの俺じゃ、いつか足を引っ張ってしまいそうだったから。