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第40話 (颯太side)

蒼が女の子だって気付いたのは、このグループに入って一ヶ月も経ってない頃だった。

入った当初、デビュー時期の近かった俺たちはペアで見られることが多く、俺はあの頃、グループで活動するほとんどの時間を蒼の隣で過ごした。


「颯太、ちょっとごめん」

「ん、あぁ。大丈夫」

2人のパートのレッスン中、蒼は結構な頻度でトイレに立ったり休憩を取る日があった。それは大体、月に一回くらいだった。でも次の日にはケロッとしてあることが多いから俺は、病弱なのかな、くらいにしか思っていなかった。


俺が異変に気づいたのは、1番最初のライブ配信に向けてのペアレッスンを終えた後だった。

その日、蒼と2人で一緒に部屋に戻ろうとしたところで、蒼だけがマネージャーに呼ばれて、俺は先に1人で控え室に向かった。


控え室の扉を開けて中に入ると机の上に、この部屋を出る時には無かったコンビニのビニール袋が置いてあった。

俺はよく、マネージャーからの差し入れでおにぎりやらパンを買ってきてもらうから、その時も特に疑うこともなくその袋の中身を覗いた。


覗き込んですぐに、俺はパッと袋から離れた。

中にあったものには、見覚えがあった。ねーちゃんやお母さんが買ってるのを見たことがあるから。でも俺は使わないし、必要ない。


これは誰のものなんだ?

それと一緒に袋に入っていたものは、プリンとぶどうジュース、それから鮭おにぎり。

それらは全部、蒼がいつもマネージャーに買ってきてもらってるものだった。


真っ白な頭のまま自分のロッカーまで行ったところで、蒼が部屋に戻ってきた。無言で着替えていると、後ろから蒼に声をかけられる。

「颯太、この袋の中、見た?」

「え、袋?そんなんあったか?」

俺は咄嗟に、知らないふりをした。

「あぁ、なんでもない」

これ誰のだろ、くらいの反応をしてくれると思っていたのに、蒼はそれ以上何も言わなかった。


変な汗が流れていく。蒼って、そうだったのか?

いや、でもまだ分からない。もしかしたらマネージャーさんのやつかもしれないし。蒼はそういう話が苦手なだけかもしれないし。


蒼は隣で着替えながらいつも通り何か話していたが、俺の頭には全く入ってこなかった。

横にいるのが女の子なのかもしれないと思うと、変に意識してしまう。いつも着替えは一緒にしてるし、胸が出てるって思ったことはない。でも、明らかに細い脚とか、同じ運動量でも筋肉がつきにくい感じとか、蒼が女の子だとしたら、色んなことの辻褄が合っていく。


そして、控え室を2人で出る時。さっきのビニール袋は無くなっていて、その時に俺は確信した。

蒼は、女の子なんだって。



俺は事務所の玄関で蒼と別れた後、また建物の中に戻った。ちょうど横のブースでリーダーがレッスンしているのを知っていたから、俺はその部屋の入り口で終わるのを待っていた。

30分くらいして、タオルで汗を拭きながらレッスンを終えたリーダー出てきた。

「あれ、颯太じゃん。帰ったんじゃなかったのか?」

「駿さん、ちょっといいっすか」

「どうした?」

「えっと、その、蒼って…男じゃないですよね」

駿さんは明らかに、まずいという顔をした後、人差し指を口に当てた。

「言わないでほしい。周りにはもちろん、本人にも」

「はい。わかってます」

「やっぱり1番近くにいると分かっちゃうか」

「まぁ、はい…」

やっぱりそうだったんだ。リーダーの話を聞きながら無意識に握りしめていた手は、じっとりと汗をかいていた。



リーダーと話した後、家までの道のりを歩きながら俺は蒼のことを考えていた。

別に、蒼が女だったから失望したとかそういうことは絶対にない。ただ、今まで男だと思ってたチームのメンバーがいきなり女だと分かったんだから、俺は少なからず困惑していた。


これがバレたら俺たちはどうなるんだろう。ファンは、世間は、蒼が女の子でも変わらず受け入れてくれるんだろうか。

いや、きっと無理だ。

うちのファンには、メンバーにガチ恋している子達も少なくない。このメンバーの中に1人だけ女の子がいるのが分かれば、蒼が袋叩きにされるのは容易に想像できる。


俺はこのグループで生きていくと決めていたから、この居場所を失うのがなによりも怖かった。

ベッドに入っても、嫌な考えが消えてくれない。そんなことを考えていたからか、その日はうまく眠れなかった。



次の日、俺は寝不足のまま事務所に向かった。

控え室のソファーに座ってうとうとしながらスマホを見ていると、少し遅れて蒼が部屋に入ってきた。


「おはよー、颯太」

「ふぁ〜、おはよ」

「昨日眠れなかった?」

「んー、まぁ。そんなとこ」


いつもみたいに挨拶を交わして横に座ってきた蒼は、ぐいっと顔をこちらに寄せると、俺のスマホを覗き込んできた。

「何見てんの?」

「つ、次のダンスの、やつ…」

「へぇ〜、僕も見よっと」

俺も一応男だから、こんな近くに女の子がいると意識すると、心臓がドクッと跳ねた。今まで当たり前だった距離感が、たった1日にして分からなくなる。


ダメだ、普通にしないと。

俺はソファーの上で目をつぶって、そう自分に言い聞かせた。

幸い、蒼が女の子だということが他のメンバーにバレてる様子はなかった。

だから俺も、この日常がずっと続くことをただ願いながら、毎日の仕事をこなしていくことしかできなかった。



いつも俺の隣にいた蒼は、俺とは何もかも真逆なやつだった。

クールで、活発に何かを喋るタイプじゃないし、いつもなんともないような顔で歌もダンスもこなす。リーダーの駿さんと肩を並べるくらいに、うちのグループの中でも実力がある。

おれはそんな蒼のそばにいられるのが誇らしくて、でも少し不安だった。歌もダンスもそこそこの俺じゃ、いつか足を引っ張ってしまいそうだったから。

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