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第七章 第5話「スイーパーの逆襲」

 俺と有藤さんがダンジョンに入ってもう3時間半たっていた。帰りにかかる時間を考えて、そろそろ今日の捜索を打ち切るかどうかの決断をしなくてはならない。

「そろそろ戻るか?」

 シリアルバーをかじりながら有藤さんが言った。

「そうですね……」

 牧原雅道の手がかりは見つからないまま、エリア27まで入っていた。そして、こんな深部なのに不思議なくらいモンスターは少ない。

 DQのケーブルは確か30まで取り付け済みだから、あとエリアを3つ進むかそれとも時間で切って戻るかここで決めなくちゃいけない。俺は何となく先の方を照らしてみた。

「あそこの分岐まで行って、そこで戻りましょう」

 Yの字に分かれている右のルートにだけケーブルが通っている。左は未探査のルートだ。

「左はまだダンジョンスターにも出てませんね……どうしました?」

 有藤さんが左ルートの奧を見つめている。

「……風だ」

「え?」

 言われて左に手をかざしてみた。確かに、スーッと空気が流れてくるのが感じられる。

「もう一箇所出入りできる場所があるとして……いま地上だと、どの辺だ?」

 西3丁目公園の入口は、方向で言えばJR立川駅へ向かっている。

「俺の勘ですけど、モノレールの立川南駅あたりじゃないかって思います」

「距離的にそんなところか」

 途中で分岐したりクネクネ曲がるから、いまどっちを向いているのか正確にはわからない。ダンジョンスターはまだ全体マップの表示ができないから方角は読めない。

「あれだ……諏訪ノ森公園の奥の、高琳寺のダンジョンに繋がってるって噂。案外本当かも知れないぞ」

「ああ……墓地にある入口ですか? でもあそこ塞いであるって聞きましたけど」

「空気ぐらい通るさ。それより、これで切り上げるか?」

 有藤さんが腕時計を見ながら言った。午後2時を回って、これから引き返しても出られるのは5時過ぎだ。

「戻りながら、もう一度横道覗いて行きます」

「よし……ん? いま、何か聞こえなかったか?」

 俺は息も止めて聞くことに集中した。左の分岐から、かすかな音が聞こえる。でも、俺も有藤さんもそのまま動かなかった。

『変化を感じたら動かずにそこで観察する』ダンジョン探検での鉄則だった。変化に立ち向かうか、それとも退いてやりすごすかをその場所で見極めるのだ。

「こっちに来るな……ライト消せ、右に入ってやりすごそう」

 俺もそれを聞き取れた。何かが走ってくる足音だ、それも複数の。俺たちの前に入ったパーティーはいない、昨日出てこなかったパーティーもいない。では走ってくるのは人間なのか何なのか。

 右ルートに入って、壁に体をくっつけて待った。どれだけ経ったのか、足音が大きくなって弱々しい明かりがダンジョンを照らした。

「あいつだ」

 よろめくようにして走って来た男。そいつを見た有藤さんが言った。その男は一瞬足を止めて、ちょっと迷ってから公園出口の方向によろよろ走って行く。

「牧原、雅道?」

「そうだ。今度は何やらかしやがった」

 牧原雅道の後を追おうとした俺を、有藤さんが手で止めた。足音、まだやってくる。手に手に何か持った3人。そいつらが持っているライトが牧原雅道の背中を照らし出した。

「まずい……」

 有藤さんがつぶやいた。牧原雅道が3人に追いつかれて、背中を突かれて転んだ。わめき声、日本語じゃない。

「ここにいろ」

 俺に声をかけると、有藤さんは牧原雅道を袋叩きにしている3人に向かって行った。来るなと言われたけど、思わず俺もハンマーを構えて加勢に出た。

 ライトも点けないで静かに有藤さんは動いて、わめきながら牧原雅道を殴って蹴ってしている3人の後ろに立った。その瞬間に一人が崩れるように倒れた、俺とりりんを助けた時と同じだ。

「アー!」

 声を上げた一人、次に何か言う前につっ立った姿勢のままでぶっ倒れた。残る一人、俺はそいつの腹にハンマーの突きをくらわせた。

「ぐはっ!」

 尻餅をついた男の顎を有藤さんが蹴り上げる。

「雅道さん!」

 這って逃げようとしていた牧原雅道が、有藤さんの声で動きを止めて振り返った。

「俺だよ。有藤だ」

「あ……ああ?」

 俺がライトを点けると、鼻血を流して這いつくばっている情けない男が浮かび上がった。

「あんたも、よく次から次とやらかすねー」

「なんで……ここに……」

 牧原雅道を追ってきた3人が、のろのろと起き上がって逃げだそうとしている。

「有藤さん、奴らが逃げる」

「ほっとけ……あんた、何であいつらに追われたんだ?」

「ダンジョン……」

 牧原雅道が手で鼻血を拭いながら言った。

「やつら、ダンジョンマッシュルーム作ってた」

「あんた、どんどん厄介なことに巻き込まれるな」

 有藤さんが笑いながら言う。

「頼む。ここから出してくれ」

「まあ、そのために俺はこいつと一緒に来たんだが……ちょっと、そこ案内してよ」

「え?」

 俺と牧原雅道が同時に声を上げた。

「ここから西3丁目公園に戻ると3時間かかる、あんたが見つけたのはたぶん高琳寺だ。そこから出た方が早い」

「え? え?」

「有藤さん。ダンジョンマッシュルームを作ってるんだから、それ犯罪組織ですよ!」

 そう言ってから俺は気がついた。こっちでダンジョンマッシュルームを作っているからマナが消費されて、それでモンスターが少ないのだ。

「そんなことは言われなくても知ってるよ。考えて見ろよ、さっきの3人が帰ってそれからどうする?」

 言われて、俺は事態がもっとヤバくなったことに気がついた。ダンジョンマッシュルームの密造を見られているのだ、あいつらは仲間を引き連れてまたやってくるに違いない。

「やつら、俺たちがわざわざ来るなんて予想もしてないだろ」

「いや、でも……」

「心配するな。俺たちがどんなに暴れて物をぶっ壊しても、奴ら警察は呼べない」

 誰もそんな心配なんかしないけど、有藤さんも普通の神経じゃなかった。牧原雅道を引っ立てるようにして、俺たちは3人が逃げて行ったルートに入った。

「有藤、何でマネージャー辞めたんだ?」

「『さん』をつけろ! もうお前に使われる身じゃないんだ」

「マネージャー、なんでいきなり辞めたんだ? 有藤さん」

「お前にも伯母さんにも愛想が尽きたんだよ!」

「やっぱり、輝沢りり……ぐうっ!」

 有藤さんが牧原雅道の腕を背中にねじり上げた。

「おめーの汚ねえ口がその名前を言うのは許さねえ」

「なぜだ……」

「うるせえ! 俺が何か訊くまでその口閉じてろ」

 3人が逃げて行った方向から、何か騒々しい物音が響いてきた。

「何が……有藤さん、まずいですよ」

「おお。大騒ぎしてるならかえって都合が良いぞ」

「ポジティブすぎます!」

「お前もダンジョン野郎なら、それぐらい大胆になれ!」

 俺と有藤さんは、牧原雅道を引きずるようにしてダンジョンマッシュルームの栽培場に出た。中はもうメチャメチャで、何人かが走り回って何かを投げつけている。残っている棚の間、何か大きな気味の悪いものが動き回っている。

「有藤さん! あいつだ! でかいヤツ!」


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