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第八章 第5話「りりん。新宿ダンジョンで撃沈する」

 新宿歌舞伎町、都立大久保病院の近くに『THEダンジョンBattleField 新宿』が開業して一か月。オープニング記念イベントで人気アニメとのコラボイベントが開催されているので、ビルの前には平日でも常に入場待ちの列ができる人気だった。

 その日、午後1時からは入場ストップがかかった。施設の公式エックスではYOUTUBEの撮影のためにスペシャルゲストが来ることが予告されていたのだ。ゲストを見ようとビルの前には人が集まって、ガードマンが通行整理を行うほどの混雑になった。

 午後1時半。歌舞伎町花道通りに停まった黒いアルファードから輝沢りりんが降りてきて、お客さんに手を振りながら『BattleField 新宿』に向かう。

「みなさん、こんにちはー!」

 りりんがビルの入口で見物客に向かって手を振ると、男女入り混じった大歓声が歌舞伎町の空気を震わせた。DQコミュニケーションのCMで認知度が爆上がりしたりりんは、皆が良く知る『ダンジョンアイドル』になってしまった。

「はーい! 皆さんこんにちはー! 戦うダンジョンアイドル、輝沢りりんでーす!」

 エレベーター前のエントリーカウンター前で撮影が始まった、これは施設の公式とりりんのユーチューブで実況も配信される。

「今日わぁー。新宿歌舞伎町にある、ザ・ダンジョンバトルフィールド新宿さんにやって来ましたぁ! なぁんと、歌舞伎町でダンジョン探検が楽しめる、最新鋭の体験型アミューズメントなんでーす!」

 エントリーを済ませると、ダンジョンの中で使用するセンサー武器『マテリアルソード』が渡される。

「え? これ? 何かカッコいい。武器? これで? 戦うんですか?」

 マテリアルソードを持って、りりんはエレベーターで屋上階へ。エレベーターの中でチャレンジャー(客)は壁に映る自分の姿がゲームのキャラクターに変わるのを目にする。

「あ、変身した! これ? あたし? わ、カッコいいかも!」

 屋上階は練習フィールドで、森の中を再現した中で3DCGのモンスターを狩る。

「ここはー、5階……って言うか屋上です。『還らずの森』って名前で、このー、マテリアルソードの使い方なんかを練習する。チュートリアル? なフィールドです。それじゃ、りりん、行きまーす? おりゃー!」

 所々に隠された3Dスクリーンに現れるモンスターを斬る。

「ここは、制限時間ありませんけど。4階の、『廃墟の町』って本番のフィールドからは制限時間があります。あ、出た! えいっ!」

 退治するとマテリアルソードに報酬ポイントが記録される。

「あ……今ので、1ベリス? モンスターを倒すと、ベリスってコインが手に入ります。貯まったベリスで、1階のショップでお買い物ができるそうです。あ、クリアって出た。次、あっち?」

 階段で4階へ降りると、狭くて薄暗い空間に出る。老人の弱々しい声が聞こえてきた。

『旅の剣士どの……この町に、もう生きている者はおらんのだ。逃げ遅れた者は、みんなダンジョンからやって来たモンスターに殺されてしまった。頼みがある……城へ行って、領主様にこのことを伝えてほしい。城へ入るためのプレートが、どこかに、あるはず……』

 老人の声が途切れて、正面に指令ガイドが映し出された『ミッション:廃墟の町を巡ってモンスターを倒し、城への通行証を手に入れる 制限時間10分』

「えーと……このフロアから、制限時間があります。時間内に、決められた数のモンスターを倒して、クエストを解かないといけません。タイムアップすると、ライフが1個減ります。やり直しはできますけど、3個使い切ったらゲームオーバーです!」

 りりんは迷路になったフロアの中を走り回り、悲鳴を上げながら3Dのモンスターを切り倒した。残り1分15秒で宝箱を見つけて通行証をゲット。

「やったー! クリアー! 次、次、どこ? あっち?」

 3階は『戦いの城』で、階段を降りてくる途中からもう悲鳴や絶叫、剣を打ち合う音が響いてくる。

「え? なんか、恐いんですけどー」

『おい! 何をしにきた!』

「きゃっ!」

 突然の大声にりりんは跳び上がった。

『ダンジョンのモンスターが城に入り込んでいるんだ! その通行証は……そうか、領主様は無事だが城の中はどこも兵士とモンスターが戦っている。巻き込まれたら命はないが、それでも行くと言うなら止めない』

「えー? えー? こわい、やめてもいいですか? だめ?」

 再び正面に指令ガイドが映る『ミッション:戦闘に巻き込まれないようにして領主に会う。モンスターは倒して兵士からの攻撃は避けること。制限時間10分』

 開いたドアから恐る恐る踏み出すと、そこはいきなりモンスター軍団と人間の城兵が戦うまっただ中。

「きゃあぁぁぁー!」

 通路の左右が延々と続くモニター画面で、右からも左からも兵士やモンスターが斬りかかってくる。そこを切り抜けると今度は壁の右からも左からもプラスチックの槍が突き出されてくる。それに3回触れたらアウトだ。

「きゃーっ! きゃーっ! きゃぁぁーっ!」

 スタートからたった30秒でりりんは『戦死』して、結局クリアできずにコンティニューのライフも使い切ってしまった。

「領主様に会えないで、ゲームオーバー……しちゃいました。あ……一人じゃ絶対ムリ? 3人パーティーじゃないとダメ?」

 『GameOver 退出口』と書かれたドアからバトルフィールドを出て、りりんは階段を降りながら疲れた声で中継を続けた。

「領主様に会ったら。次は地下ダンジョンに行って、そのあとボーナスステージでラスボスと戦えるそうです。クリアした人……あ、まだいないんですか? 」

 1階フロアに出る直前に、りりんはちょっと足を止めて階段の下をのぞき込んだ。

「この下……あ、ボーナスステージフロアですか。いえ……ちょっと、気になって」

 1階の出口からロビーに出ると、拍手と歓声がりりんを迎えた。1階にある待合室を兼ねたカフェでインタビューを受け、りりんはグッズ販売コーナー入口のガラスドアにマジックで大きくサインを描き入れた。

「ザ・ダンジョンバトルフィールドは、今年の12月に立川ダンジョン、来年4月に大宮ダンジョンが完成します。みなさん、ぜひ探検に来てください。それじゃ、ありがとうございましたー!」


 俺はりりんの公式チャンネルで実況を見ていた。

「立川? どこにできるんだ? 本物のダンジョンがあるのに……」

 ダンジョン・オブBattleFieldのホームページで調べると、どうもWINS通りとやすらぎ通りの間にあるらしい。

「うえ……2千5百円もするのかよ」

 新宿だとプレイ料金がひとり2千5百円、プレイを有利にするアイテムがひとつ200円。ずいぶん金がかかるゲーセンだ。

 俺はため息をついてガラス作りに戻ろうとした。日曜日に彩乃ちゃんが来るまでに、ペンダント用の薄ガラスを作り置きしておかなくてはならない。

 ラインの通知、りりんだった。

『見てくれました?』

『見た。あれは俺もムリ』

『階段で1階におりたとき、地下からダンジョンのニオイしたんです』

 俺はちょっと考えてしまった。

『ダンジョンのにおい、わかったんだ』

『何て言うかカビとも下水ともちょっと違うモワッとした感じでした』

 エリカと一緒に入ったゴールデン街のダンジョンみたいなものと、バトルフィールドはけっこう離れている。ゴールデン街の地下にあった暗渠が繋がっているのかどうか、下水道局の人じゃないとわからないだろう。

『いちおエリカに相談してみる。教えてくれてありがとう』

『今度いっしょに新宿ダンジョン入りませんか?』

『え? 今日のところ?』

『くやしいからリベンジしたいんです。圭太さんといっしょならクリアできるかも』

『本物のダンジョンじゃないとスキル使えないよ』

『スライム出ないからだいじょうぶです』

 それはそうだった。でも、もし地下に本物のダンジョンがあったらハンマーは必要になりそうだ。非常のときじゃない限りは、素手でスライムに触りたくなかった。


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